第43話 遺志継ぐ者たち

 塔の外。先に目を覚ましたのは、ミトラだった。


 寝ボケ眼を擦り、ゆっくりと体を起こすミトラ。


「あれ、ここは一体……というか、あんなに酷かった痛みも引いてる……」


 首筋を触り、血管が一本も浮き出てないことを確認するミトラ。そんなミトラはふと、胸ポケットに異物感を覚える。


 ミトラはポケットに手を入れ、中にあった封筒を取り出す。そして封筒の表に書いてあった字を見て、ミトラは青ざめる。


「そ、そうだ! 確かあの場にはアレン兄ちゃんも乱入してたのら! 兄ちゃんを助けに――」


 その時、ミトラの脳内に毒を浴びて得た苦痛が呼び起こされる。一瞬で冷や汗ダラダラになったミトラは、封筒の上部を破って手紙を取り出す。


「……て、手紙を見てからでも遅くないのらよね! うん」


 手紙を開き、両手で持って中身を読むミトラ。しばらく黙って読んでいたミトラだったが、やがて目から大量の涙をこぼし出す。


 そして膝から地面に崩れ落ち、手紙をぐしゃぐしゃに潰して胸に押し当てすすり泣く。


「アレン兄ちゃん……まだ話したいこと、いっぱいあったのに……!!」


 手紙を取り出したあたりで起きていた万有は、ミトラに自分が起きている事を悟らせないよう寝たふりを続けている。


 ひとしきり泣いた後、溜息をつき手紙をポケットにしまうミトラ。それから万有の元に歩み寄り、肩を軽く叩く。


「気付いてるのらよ」

「……そうか」

「アレン兄ちゃんが死んだのら」

「さっき仕舞った手紙にそう書いてあったのか?」

「うん。アタシ達から毒が抜けたのは、アレン兄ちゃんが破壊弾を撃って毒を無力化してくれたからのら」

「……今俺達が苦しんでない事こそ、アレンが1号と戦って死んだ揺るがぬ証拠って訳だな」

「そう言う事のらね」

「なんか、やけに冷静だな?」

「兄ちゃんは手紙で、例え自分が死んでもあまり悲しまないで欲しいって言ってたのら。だから一気に悲しみを放出して、これからもう悲しまなくていいようにしたのら」

「そんな事まで出来るようになったのか――」


 そう言った直後、万有はミトラが唇を強く噛み締め、瞼を痙攣させている事に気づく。


「……何にせよ、これ以上ここにいると危ない。碧の待つ山小屋に帰るぞ」


 無言で頷くミトラを抱え、万有は空中に飛び出して帰路に就くのだった。


 20分ほど空中を移動し、二人は山小屋へ帰還する。ドアを開けて真っ先に目にしたのは、机の上に乗った大量の料理と、エプロン姿の碧だった。


「おっ、やっと二人共帰ってきた! 久しぶりだね」

「これは一体?」

「私に出来る事は無いかなーって考えたら、これしか思いつかなくって。激闘を乗り越えてきたお二方に、サプラーイズ!」


 その場に、少しの沈黙が流れる。


「……碧、アレン兄ちゃんが――」

「知ってるよ。私、彼が出かけようとする所を見かけたし」

「……見かけたんならなんで止めなかったのらか!」

「ごめん。あまりに綺麗な目で『死にに行く』って言うもんだから、止められなかった。アレを止める事、その方が非道徳的な気がして」

「……」

「少なくとも、やけくそじゃなかった。あの時の彼には……君の未来を切り開くために死ぬという決意に満ちていた。だから――」

「やっぱりのらか。薄々そうなんじゃ無いかと気付きつつ、碧に非がありそうなのを知って当たろうとしちゃったのら。ごめんなさい、碧。そしてありがとう、兄ちゃんの気持ちを汲んでくれて」


 目に涙を溜めながら深く一礼するミトラ。それからミトラは後ろを向き、ドアを開けて小屋を出る。


「碧、ミトラはアレンからあまり悲しむなという遺言を貰っている。無理にとは言わんが、今からテンションを上げることは出来るか?」

「……任せといて! 明るいだけが私の取り柄なんだから!」


 笑顔を取り戻し、シンクから食器を拾い上げる碧。


「おい、まさかそれをそのまま使わせるつもりじゃ無いだろうな」

「え、何かまずかった?」

「お前25歳だろ? それでよく生きて来れたな。とりあえずそれ貸せ……おいおい、調理器具もシンクに投げっぱなしかよ? 全部洗ってやるから、座って待ってろ」

「あまりにも家庭的すぎる……結婚して?」

「パチンコ中毒が治ったらな」

「そんなに結婚したくないの?」

「無理難題をけしかけた見たいに言うな」


 少しの沈黙が訪れた後、二人はせきが切れたように笑い出す。涙が出るほどの爆笑が収まった二人は向かい合って座り、テーブルの上にある料理を食べ始めた。


 ◇  ◇  ◇


 そして翌朝。テーブルに座った万有とミトラは、向こう側で座る碧にここ一週間で起きた出来事を話していた。


「まさしく激動だね。休憩しなくて良いの?」

「そうしたいところだが、してる暇がないのさ。アレンに出し抜かれた1号は怒り心頭だ、準備が整えばすぐにでもヒュドラを外に出すだろう」

「アタシはもう大丈夫のら。昨日泣きまくったお陰で、兄ちゃんを失った悲しみとケリがついたのらから」

「……無理、してないよね」

「碧のあのキレっぷりを見たら、もう無理をしようとは思えないのらよ」

「そんなに怖かった……? っていうのは置いといて、いつヒュドラに攻撃を仕掛けるの?」

「明日の早朝に仕掛ける。本当は今すぐと言いたいところだが、行く前に返しておきたい借りがあるからな」

「へえ、君が借りを作る事なんてあるんだ」

「ああ。冒険者を辞めるときに、凄まじい迷惑をかけたクランがあってな。もしもの時の為に、悔いが無いようにしておきたいんだ」

「そんな事言わないでよ」

「もしもって言ってんだろ、死ぬ気は無い。と言うより、最近は対策バッチリのモンスターとばかり戦わされて自信を失ってきた頃だったんだ。一回ぐらい瞬殺できる相手とやりたい」

「そうだった、万有の能力って大抵のモンスターを瞬殺出来るんだったね」

「って訳だ、早速行ってくる。帰りは夕方になるから、まあ適当に過ごして英気を養っておけ」

「じゃあ10万貸して!」

「……しょうがねえな。決戦前だから今回は満額やるが、そっから先は二万でやりくりしろよ」

「えー!? ケチ!!」

「文句言うな。電車に乗ってから振り込むから、それまで良い子で待ってろよ」

「うん!!」


 万有は微笑み、山小屋を後にする。

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