第37話 一寸先は闇

 万有の斥力によって吹き飛ばされた万里がたどり着いたのは、広大なゴルフ場だった。


 自分が足から着地することを知っていた万里は、五点着地という方法を使って着地のダメージを最小限に抑える。


 ゆっくり立ち上がる万里。そんな万里の目の前に、またしても遠くから何かが墜落してくる。


(エルフ、着地に失敗し全身を複雑骨折。即座にヒビは治れど、以後五分間、何をするにも骨折の痛みが脳裏にチラつき全力の40%以下の実力しか出せなくなる)


 五日前に万有と会う、そのさらに数日前。万里はその時から既に、エルフとする戦いの一部始終を事細かに設定していた。


 エルフが持ついくつもの厄介な特性が瞬殺を阻んだものの、万里はなんとか勝利を確定させている。


(とはいえかなりの無理をする予定だから、どうあっても無傷ではいられないでしょうね)


 思考を巡らす万里の隙を突き、エルフは地面に手を突いて起き上がろうとする。しかし万里はそれを見逃さず、一気に距離を詰める。


(至近距離に近づいたとき、エルフは太腿に提げた小型の連射式クロスボウを抜く。なら私は――)


 エルフが右手にクロスボウを持つと、万里は右手首に蹴りを入れてクロスボウを落とさせる。それから万里はクロスボウを拾い上げ、両目に一発ずつ、そして残りの八発を全て額に打ち込んだ。


(普通ならこれで死ぬけど……まあ、そうはいかないわよね)


 額から矢を抜きとり、それを弓につがえて次々放つエルフ。矢は万里の思い通りの軌道を描いて飛び、万里はそれを難なく避ける。


(賢い。両目はもう治らないとみて、眼球が飛び出て邪魔になるのを防ぐために刺さったままにしてるんだわ。確かにエルフなら両目が無くても、皮膚感覚で空間と敵の認知が出来るから戦えるわね)


 エルフは両手に緑色のエネルギーを溜め、地面に叩き付ける。すると辺り一帯がみるみる内に森林と化し、さらにエルフも姿を消す。


 万里の周囲には大量の木が密集しており、葉っぱによって日光が遮られたせいで真っ暗になる。


(一寸先は闇、とはこの事ね。葉ずれの音がうるさくてエルフの位置を特定できないわ。けど向こうからは一方的に撃てる……ああ、コイツの相手が私でよかった)


 どこからか、矢が風を切って進む音がする。万里は矢の存在に気付く前に左手を上げ、飛んできた矢を掴んで止める。


「私じゃ無きゃ、務まらない相手だった」


 矢を地面に投げ捨て、5時の方向を向いて駆け出す万里。木を盾にして降ってくる矢を交わしながら、万里はまっすぐ進み続ける。


 そうしてしばらく走り続けてると、遂に万里はエルフが枝に乗っている木を見つける。


「初めてかしら? 自分が得意な森の中で、得物の方から見つけられるのは」


 腰に提げた脇差しを抜き、木の幹にスッと刃を通す万里。それから万里が幹を蹴ると木は音を立てて崩れ、それと同時に森林も姿を消して元のゴルフ場に姿を戻す。


「エルフの結界、『簡易樹林』は半径50mの範囲を一時的に密林に変えるもの。その解除条件は居場所を特定して木を切り倒すこと、で間違いなかったようね」


 エルフは息を切らしながら、地面に手と膝を着いている。


「私の能力の効力は木を切り倒した時点で終わり。ここから先は貴女次第だけど……もう完全に死ぬ気でいるわね? エルフは誇り高い種族って聞いてたけど、まさかここまで潔いとはね」

「……」

「まさか組織から産まれたモンスターでも元の種族の性格を引き継ぐとは。こうなったエルフはしっかり解釈してあげるのが礼儀だけど……ごめんね、貴方の事は殺してあげられないの」


 その言葉を聞いたエルフは顔を上げ、犬歯を剥き出しにして万里を睨む。


「貴女を殺したら、世界を滅ぼす計画に手を貸すことになってしまう。それは見過ごせないわ」


 万里はエルフに背を向け、来た道を戻ろうと歩き出す。


「この騒ぎが落ち着いたらまたここに来るから、その時殺してあげる。だからそれまで――」


 その時、一発の大きな銃声が辺り一帯に響く。その音に振り向くと、エルフの頭部がまるごと消滅していた。


「なっ……!?」


 頭を失ったエルフは地面に倒れ、そのまま消滅する。驚いて何も言えなくなる万里は、エルフの居た方角からゆっくりとやってくる1号の姿を見る。


「酷い事をしますね、敗軍の将となったエルフ相手に生殺しとは。世界を滅ぼさんとする私よりよっぽど外道でしょう」

「それは……!」

「ほう、貴女には効くんですね。ところで私が来た事に驚いているようですが、当然この事実は予見できていたのですよね?」

「……」

「よもや、外れを引いて違う未来を見ていたとは言いますまいな」

「な、なぜそれを!?」

「手下達が適応した能力の詳細は自動的に私に伝達されますので。しかしまさか今その外れを引くとは。アレ、天文学的な確率の低さでしょう?」

「くっ……」

「惨めですねぇ。貴女より6つもランクが下である小金井碧は土壇場で豪運を発揮したというのに、貴女は引けて当然の幸運も引けずに事態を悪化させた」

「そ、そんな、事……」


 目に涙を溜める万里。その様子を見た1号は、邪悪な笑みを浮かべる。


「貴女は引退したまま引き籠もってればよかったんですよ。助けて欲しいと言われたからってしゃしゃり出て、頼まれた以上の事をするからこうなるんです! これに懲りたらもう二度と――」


 次の瞬間、1号の顔を何者かが殴りつける。拳を振り切ると同時に1号は4m程横に吹き飛び、うつ伏せに地面に倒れ込む。


 その何者かの正体は、ミトラだった。そんなミトラの姿に驚く万里の傍らに、万有は急いで駆け寄る。


「大丈夫か万里姉!」

「……ごめんなさい。エルフ、取り込まれちゃった」

「謝らないでください万里姉。俺達も、ヤツに一泡吹かされちまった身ですから」

「き、君も? そんなの未来視の映像になかったわ」

「そりゃそうですよ。ゴーレムは未来視に適応してますから、勝敗は分からなくて当然です。にしても……クソ、してやられた」


 歯ぎしりをする万有。その表情には、1号に対する憎悪が露わになっていた。

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