第20話 特級剥奪

 太陽が完全に昇りきっておらず、当たりに冷風流れる早朝。どこまでも広がる草原の真ん中で、ミトラは赤い龍と相対していた。


「混合獣、メテオイエティ!」


 ミトラの背後に青い体毛を携えた巨人が現れ、巨人はすぐに龍に向けて青いオーラをまとった拳を突き出す。龍は巨人の拳を受けてのけぞり、地面に崩れ落ちる前にミトラの右手に吸収される。


 巨人も消えたのを確認した後、ミトラは一息ついて肩の力を抜く。


「さあ、出てきて良いのらよ」


 直後、ミトラの少し後ろの方にドアが現れ、そこから四人の男が出てくる。


「お疲れ~っ! いや~助かったよ、遊ぶ金が足りなくてさ。討伐に行こうにも、討伐いくの久々で自信なくて」

「……」

「それじゃ俺ら遊びに行ってくるから、後の処理よろしくね~」


 再びドアの中に入っていく男達。一人残されたミトラは、右手をぎゅっと握り込み溜息をつく。


 吐き出す息は白く、ミトラはワンピースの上に着た黒いジャケットを貫通する寒さに体を震わせていた。


 ◇  ◇  ◇


 数時間後、協会を訪れたミトラは椅子の上に立って協会員のミラに討伐の顛末を報告していた。一通り話を聞き終えた後、ミラは眉を少しひそめる。


「……ミトラさん、何か隠してますよね」

「? 何のことですのら?」

「貴女の役割はあくまでも彼等のサポートをするだけだったはずです。なのに、その報告からは同行を依頼した側の人々が何をしてたか全く見えてきません」

「それは――」

「ごまかさなくて良いですよ。ミトラさんに同行を依頼する殆どのクランが討伐に参加してないって事、協会員みんな知ってますから」

「……」

「時間、ありますよね。話がありますので、着いて来てください」

「……はい」


 椅子から降り、ミラの後を追って施設の奥に向かうミトラ。そんなミトラが通されたのは、ふかふかの椅子が向かい合わせに二つ設置された会議室だった。


 同時に椅子に座って向かい合う二人。しかしミトラは、今にも泣きそうな表情で俯いている。


「まず、モンスターを操って派手に戦うアタシの戦法は援護するには向かないのら。だから依頼者が見る側に回るのも仕方がない、ということは分かって欲しいのら」

「暴れさせずして、モンスターを活躍させられる訳がないですもんね」

「同行を頼んできた人が安全な所から見てるだけ、これだけならまだ許せたのら。でもいつからか、依頼してくる誰もが上からモノを言うようになってきたのら」

「というと?」

「倒す事以外にも雑用を任せてきたり、『もっと安全に戦えないのか』って文句を言ってきたり。奴隷になった気分だったのら」

「厳しい上下関係はこの世界の雇用関係の常とは言え、こんな子供相手にそんな……」

「万有が人間関係からの解放を臨んだ理由がよく分かったのら。彼みたくアタシも……もう……解放されたいのら!」


 瞼をぎゅっと閉じ、涙を流すミトラ。ミラはその様子に一瞬驚くも、すぐに真顔に戻って頭を深く下げる。


「まずは謝罪を。迂闊な特級認定で貴女に多大な迷惑を掛けたこと、心よりお詫び申し上げます」

「スタッフの皆さんは悪くないのら」

「ありがとうございます。では次に処分を」

「しょ、処分?」

「『特級冒険者は討伐の補佐のみ許される』という規定を破った罰として、貴女の特別級を剥奪いたします」

「ええ!? そ、そんな説明受けてないのらよ!?」


 驚いて立ち上がるミトラ。


「当然です。このルールは昨日、私が無理矢理制定させたルールですので」

「根回しが早いのら……」

「日に三度協会に通う貴女を見て異変を感じ、それっぽい理屈を並べて案を通しました。貴女がいつ、助けを求めても良いように」

「……ミラさん」

「さあ、私からすべき話は以上です。新しいランクは再審査が終わり次第伝えますので、それまではゆっくり休んでてくださいね」


 そう言って微笑みかけたのち、席を立って部屋を出るミラ。一人残されたミトラは膝を抱え、声を上げて泣き出してしまう。


 ◇  ◇  ◇


 夕方、自分の家に戻ったミトラの手には大きな封筒が握られていた。


 ベッドに座り、封筒の中身を取り出すミトラ。その封筒の中身は、万有がスライムと繰り広げた戦闘の記録が載った二枚の紙切れだった。


(『きっと貴女の知りたい情報がある』ってミラさんから帰り際に貰ったのらけど……スライムとヒュドラに、何の関係性があるのらかね?)


 疑心暗鬼になりつつも、上から下までじっくり目を通すミトラ。しっかり二枚目の最後まで読み通したミトラだったが――


(紫色のクソ強いスライムと戦って勝った。その情報に感心はすれど、それ止まりのら。やっぱりこれにアタシの知りたい情報は無かったのらね)


 封筒に紙を戻そうとするミトラだったが、空の封筒を掴んだ際、まだ中に何かが残っている事に気づく。封筒を逆さにすると、1枚の写真がベッドの上に落ちる。


 紫色のスライムが収められたその写真を見た瞬間――ミトラの脳内で過去の記憶がひとつ、高速で流れ出した。


(……思い出した。コイツ、村に居た頃に洞窟で会った事があるのら。でも、どういう経緯で会ったのかはまだ思い出せないのら)


 封筒の中身を全て戻し、乱雑に投げてベッドに寝転ぶミトラ。


(となると、紫色のモンスターがアタシが無くした記憶を解く鍵になってると考えるのが自然のらね。次にその手のモンスターの討伐依頼が来たら、是非アタシも――)


 その時、突然ドアがバタンと手前側に倒れる。その音に驚いて入り口を見たミトラの視界には、サイレンサー付きの散弾銃を持った銀髪の少年が映っていた。


「ミトラ・ハルだな。その命、もらい受ける」

「なっ!? ちょ、ちょっと待って――」


 少年はミトラの頭に狙いを定め、再び引き金を引く。排莢したシェルが床に落ちる音を聞いた少年は、銃を投げ捨てて部屋を後にするのだった。

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