第19話 特異体スライム(終)

 真っ二つにされ地面に崩れ落ちるスライム。中から出てきた万有の手には、一丁の銃が握られていた。

「『斥力弾』! 着弾した部位の左右にそれぞれ性質の違う斥力を付与し、反発し合う力を使ってその身を裂く弾丸だ。感謝するぜ、お前が俺を取り込んでくれたお陰で間一髪この斥力弾を作れた」

 万有が銃から手を離した瞬間、銃は紫色のゲルとなって地面に落ちる。

(だが、スライムには再生能力がある。通常種や変異体の正攻法は『生き返りたいと思えなくなる程に殺す』だが……)

 再び蘇生しようと、散らばったゲルを万有を中心に集めようとするスライム。すぐさまそれに気づいてその場を離れた万有は、たった五秒で完全復活するスライムに眉をひそめる。

(コイツはどこか機械的だ。意思があるかどうかも危うい以上、心をおろうとするのは賢明とは言えん。どうしたものかな)

 即座に触手を万有に向け射出するスライム。咄嗟に強力な重力場を展開して触手の軌道を逸らす万有だったが、ジワジワと触手が万有に近づいていく。

(まずい! これ以上強い重力を俺の周りにかけたら、ブラックホールが出来ちまう! そしたら俺も無事じゃ済まん――)

 その時、万有に天啓が降りる。

「……俺にも多少は危険が及ぶが、それしかないか」

 空気を蹴り、一気にスライムの懐へ飛び込む万有。スライムの体を目と鼻の先に捉えた万有は、スライムの体にギリギリ触れない程度にまで、右の人差し指を腕と一緒に伸ばす。

(展開時間は0.1秒、重力圏の中心は今掴んだ塵に設定、加えて重力を今の俺が設定可能な最大値にまで引き上げる。ブラックホールの展開なんて初めての経験だが……)

 万有、不敵な笑みを浮かべる。

「どんな目に遭おうが、神様は飴をくれるんだろ? ならどうなろうと構わん」

 刹那、人差し指の先に極小のブラックホールが展開される。現れていた時間は瞬きほどの短さだったが、それでも辺り一帯の木々とスライムを吸い込むには十分だった。

 万有の足元にはどこまでも広がる荒れ地が広がっており、万有はソレを見下ろして唖然としていた。

(……見誤った。まさか1mmのブラックホールを0.1秒出しただけで、ここまで自然が破壊されると……)

 突如、万有は大きく咳き込む。思わず手で口を押さえた万有だったが、手の平には血がべっとり付いていた。

(スライムの攻撃とブラックホールを作った負荷で、大分体がやられてるとみた。さっさと飛行船で帰らなきゃ――そうだ、飛行船は!?)

 あちこち飛び回って飛行船をさがす万有。しかし、船はどこにも見当たらない。

(まさか、ブラックホールに吸い込まれたなんてないよな? だとしたら、俺は協会に大きな損失を――)

 その時、万有の懐から着信音が鳴り出す。懐に手を伸ばして携帯を取ると、着信が協会の人間からである事が分かった。万有は即座に電話を受け、謝罪の言葉を述べようとする。

「万有さま、特異体スライムの討伐お疲れ様です。ただいま緊急避難先から迎えに行きますので、その場でお待ちくださいね!」

「……緊急非難?」

「彼等は船に溜めていた非常用のエネルギーを使って、1000km先の森へワープを行ったんです。貴方の戦いの邪魔になってはいけないと思ったので」

「じゃ、じゃあ無事なんだな?」

「危うく巻き込まれかけましたが、なんとか。あの大規模な消滅からスライムも消えたと判断したのですが、あってますよね?」

「ああ、倒したぞ」

「ならよかった! では身共は航行準備に入りますので、失礼します!」

 電話が切れたことを確認し、携帯を懐にしまう万有。ほっと一息ついた後、万有は荒野へゆっくりと降下し、片膝を立てて座り込む。

「しばらく……戦いはいいや。すっごい消耗した……」

 口元から血を垂らしながら、力なくうなだれる万有。協会の飛行船が到着するまで、万有はずっとその姿勢のまま動かずにいた。


 ◇  ◇  ◇


 山小屋のドアを開けて帰宅する万有。中に入って一番に万有が見た光景は、机の上で突っ伏す碧の姿だった。

「だ、大丈夫か?」

「……万有君、やっぱり三日で5万円じゃ足りないよ……もうちょっと賭けさせて……」

「その様子じゃ10万でも足りないとか言いそうだな」

「まあ、うん」

「うんじゃねえよ。そのギャンブル癖、治さんと身を滅ぼすぞ」

「じゃあ治すの手伝ってくれる?」

「当然だ。俺の元に来た以上、ソレをいつまでも放っておく訳にはいかんからな。ベッドは散らかしてないか? 疲れてるから俺はもう寝るぞ」

 ローブを脱ぎ捨て、ベッドに仰向けで倒れ込む万有。しかしその目はぱっちりと開いており、閉じる様子もなかった。

「……とか言う割には寝られなそうだけど?」

「ああ、厄介なことにな。ここ三日間ずっと寂しくて、かつスライムとの戦闘中もいろんな事が起きて疲れてるはずなのにな」

「ちょっとやそっとで悲鳴を上げない君がそう言うくらいだ、結構な苦労をしてきたんだろうね」

 碧は席を立ち、万有の傍らに立って顔を覗き込む。それから、碧は万有の頭を撫で始める。

「頑張ってて偉いぞ。頑張らなくても偉いのに頑張るとか、もう偉すぎて抱きしめたくなるくらい」

「……なんだそりゃ」

「なんだって何よ! 今の私に言える精一杯の励ましだったんだけど!」

「騒ぐな……今寝れそうなんだ……言われて、悪い気はしなかったからな……」

 瞼を閉じ、すぐに寝息を立てる万有。そんな万有を見て、碧は微笑む。

「本当、素直じゃないんだから」

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