第17話


 オロバスが大魔術を発動する直前、レオンは絶空の放っていた。即座に魔術の押し合いを諦めて、絶空を選ぶ胆力と判断にオロバスは驚愕した。


 斬撃を受けながら大魔術の発動という余裕が乏しい状況、彼はもろに絶空を浴びせられる。体感時間を引き伸ばせなくなり、迫りくるレオンは目で追えない。


 しかし、場数が違うのだ。くぐり抜け、体に刻んだ戦いの歴史が違い過ぎる。


 目前に迫りくる斬撃程度は恐れない。魔術の構築は乱れず、発動を迷うなどありえない。


 不可視の斬撃ごと焼き尽くせば、それで終わりだとオロバスは無意識に結論付けていた。一切の遅れなく、大魔術は完璧に発動する。これこそが体に染み付いた経験の差であった。



「――――っ!」


 荒れ狂う炎の中でオロバスの首が宙を舞う。彼の首がない胴体は地に伏し、レオンは剣を鞘に収めていた。


 炎の渦は霧散し、周囲は山一つ分ほど焼けて消滅している。しかしレオンとアリスに目立った外傷はない。


「今の異能は……、私と同じ……」


 アリスは目を見開いて驚く。彼女はレオンの呪具を見て察した、恐らく異能を模倣できるのだと。


「やってくれたな……! オロバス……!」


 レオンはため息交じりに歯噛みして、掌の上で光る2つの結晶を生成した。そっと彼は結晶を懐に入れて、その場を全力で離れた。


 最期にオロバスが放った魔術。それには異能が付与されていた。大地に埋め込まれた結晶化された魂が肉体を得る。


 恐らく結晶体は遮魔で作られた場所に備蓄されていたのだ。故にレオンとイーリスでは気配を感知できなかった。


 地中で数十体のワイバーンが禍々しい産声を上げる。炎で焼かれた地面を裂いて、ワイバーンは現れて群れを成した。


 圧倒的な魔力と存在感。殆どの個体はレオンと同等の魔力を有していた。


「……死んでも迷惑な奴だな」


 街に被害を出すわけにないかない。逃げずに全てを始末すると覚悟を決め、レオンはワイバーンと対峙した。




 アリスは自分より優れた同世代を知らなかった。全て格下で尊敬できる人など知らなかった。そんな彼女の前に、自分を遥かに超える少年が現れた。


 彼は災厄と恐れられた伝説の魔族――オロバスを倒し、ワイバーンの群れを相手に立ち向かう。


 魔力、技、成長速度、全て理解できない。常識が通用しない天才――レオンの力にアリスは陶酔していた。


「…………ッ!」


 レオンは空気を蹴りながら、ワイバーンに急接近して剣を振るう。簡単にワイバーンは殺さず、あえて一体を盾にしつつ周囲の攻撃を防ぐ。そして隙を突いて殺し、次のワイバーンを盾として使う。こうやって手堅い立ち回りを繰り返す。


 単純に数の有利は侮れない。自分の方が強くても油断せず冷静に対処し、ワイバーンを狩り続けた。手早く群れを半分まで減らす。


「……ほう」


 レオンは挑発的な笑みを浮かべ、後ろを振り返る。


 群れの奥で静観していた赤い個体――赤竜が雄叫びを上げる。憤りが感じられる好戦的な瞳。レオンと赤竜の視線がぶつかる。


「…………ッ」


 何の迷いもなく、赤竜は大魔術を発動した。本能的に気づいたらしい、侮っていい相手ではないことを。


 一瞬だった。眩い炎の発光が山脈を包む。大型のモンスターほど魔術の攻撃範囲が広い。それが大魔術ともなれば、攻撃範囲は山を幾つも同時に消し去るほどの規模となる。


 この赤竜こそが、オロバスの切り札だったのだろう。普通のワイバーンより遥か格上の魔力。単純な魔力だけならオロバスすら凌駕している。


 当然、周囲のワイバーンも巻き込まれて死に絶えた。この場で生き残っているのは赤竜と――


「…………ッ!」


 赤竜の腹部を剣が貫く。臓器がズタズタに引き裂かれ、魔力が著しく低下する。激痛で悲鳴を上げて距離を取ろうと藻掻いた時、0距離で雷の大魔術が迸る。


 雷属性は初動が早い。そしてオロバスと違って赤竜には長年の蓄積や知性はなかった。判断が遅れ、魔術の構築は乱れる。


 雷は容赦なく赤竜の巨体を包み、肉体を容易く斬り裂いた。藻掻く間も、叫ぶ間もなく、赤竜は全方位から雷を浴びて跡形もなく消滅した。


「…………!」


 霧散してゆく炎の中で、雷撃を浴びて消え失せた赤龍を見てアリスは感動していた。


 通常であれば誰もが一つの属性しか扱えない。しかしレオンは当然のように二属性を使用していた。


 もはやアリスの中で驚きはない、彼なら何でもありだと納得していたから。自分と同年代が大魔術を使用しても違和感を持たず、自然と感嘆で笑みがこぼれる。


「やっと片付いたか……」


 嘆息しながらレオンは焼け焦げた地面に降りる。周囲を見渡すと、山の幾つかは綺麗に吹き飛んでいた。


「アリスを先に助けていなかったら、流石に死んでいたかも知れん」


 レオンは噛み殺すように笑う。後ろを振り返るとイーリスが立っている。「随分と派手に暴れましたね」と彼女は呆れた様子でレオンに近づく。


「暴れたのは赤竜とオロバスだ……。まぁそれより、これを見てみろ」


 レオンは懐から2つの結晶を取り出して、イーリスに渡した。



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