第17話 曖昧な関係

「日和! 変なことされなかった⁉」

「うん大丈夫だよ。あの人、良い人だったよ」

「嘘でしょ⁉」


 野依達の所へ戻るとそこには野依と吉柳くんだけで朱音先輩と彼氏さんはいなかった。野依いわく彼氏さんの嫉妬が爆発したようで先に帰ったようだった。私は申し訳なさでいっぱいですぐに朱音先輩へ連絡をすると気にしないで、と言った旨の連絡が返って来た。


「これから何する? もう日も傾いてきたね」

「一旦海から出ようか。陽太、それでいい?」

「……俺もうちょっと日和といたいから別でもいいか? 俺が歩き回ってたからなんだけど、」

「もう仕方ないわね。私達は着替えて先に帰ろっか」

「悪い」


 突然言われたそれに固まってしまった私に野依は手を振る。よく考えると繋がれた手はそのままなことに今更気づき、恥ずかしくなって離そうとすると今まで以上に強い力で握られた。まるで離さない、と言われているみたいで顔に熱が集中するのが分かる。


 陽太くん、なんて慣れないこと言ったし初めて自分から手を握り返した。恋愛的なことを言えば初歩のことだって分かってるけど慣れないことで。名前は優吾くんのときみたいに最初から名前で呼んでいたわけじゃないから今更変えるのに緊張して。心臓が突き破って来るかと思うぐらい早く鳴っていた。


 でも頑張ったおかげで陽太くんが今傍にいるのはたしかで。頑張ってよかった、なんて思った。健太さんのおかげだけど彼には無許可で触れられたので少ししか感謝しないことにする。


「日和見て。夕日、綺麗だよ」

「わあ。本当だ」


 思っていたより時間が過ぎるのは早くて。綺麗な夕日が見えた。昼間は一人で見た海は陽太くんと綺麗な夕日で塗り替えられた。ここに来れてよかった。一緒にいれて、好きの気持ちを誤魔化さず自分から言えるようになれて、本当に良かった。


 夕日を見て今日の余韻に浸っていると陽太くんは握っていた手を離した。突然のことに私は動揺して彼を見上げる。するとあの時、学校で告白された日みたいな真剣な表情をしていた。


「日和。言いたいことあるだけどいい?」

「……うん。なに?」

「前に、告白した日のこと覚えてる?」

「覚え、てるよ」

「俺あの日のこと後悔してる。今でも」


 告白したことに後悔してる、とも言い換えられるその言葉に私の視界が歪みそうになった。溢れそうになる涙を隠すために顔を背け、海を眺める。


 でもそれは許されなくて、肩を掴まれ強制的に顔が見える位置に戻された。


「勢いだけで告白して、ずっと考えてた言葉で言えなかったことに後悔してたんだ」

「え」

「斎藤日和さん。俺は貴方のことが好きです。貴方の悲しい顔はもう見たくない。俺が必ず幸せにします。だから付き合ってください」


 真っ直ぐな視線。両手を包むように握られた。高鳴る鼓動は彼に隠しきれているか分からない。溢れ出る涙を堪えることはもうできなくて、涙を見られたくなくて俯く。


「ここで、返事。貰ってもいいかな」


 好き。私は陽太くんが大好き。でも、臆病な私はここですぐに付き合うって判断ができない。


 裏切られたらどうしよう。夏の間に色葉さんに目がいったらどうしよう。不安ばっかりで、でも期待はしていて。入り混じる感情の制御の仕方なんて、私はまだ知らなかった。


「今すぐには、返事できない。ごめんなさい、」

「……」

「でも。前向きに、考えてもいいかな?」


 私の顔は涙で濡れ、好きが隠しきれていないと思う。陽太くんだって目に膜を張っていて。


 私達は両想い。でも付き合っていない。

 そんな曖昧な関係が出来上がってしまった。





「え⁉ 陽太に告白された⁉」


 翌日。私は野依の家にお邪魔して昨日のことを話していた。眼球が飛び出そうなぐらい目を見開いている野依に私は少し、笑ってしまった。


「で、返事どうしたの? 付き合った⁉」

「保留、って形にしてもらった。まだ付き合える自信がないの……」


 優吾くんのことを吹っ切れてから、陽太くんへの好きって気持ちを自分の中で消化してから一日だって経ってない。いっぱいいっぱいの私には相手のことを考える余裕なんてなくて、嫉妬でバイトだっていってほしくないしずっと傍にいてほしい。でも現実はそう上手くいかないもので。


 重い女は振られる。どこかで聞いた情報に私は怯え、抱える不安も消化できない今、付き合うって判断ができなかった。


「今のところ次の予定は立ってないし離れてゆっくり考える時間とってもいいんじゃない?」

「野依……」

「夏休み終わったら文化祭だってあるし! またそこで頑張るために今は休息するのも私はいいと思うよ」

「ありがとう。そうしてみるね」

「よし! なら夏は朱音先輩誘って女子会しよ! みんな好きな男いるし!」

「うん!」


 色々提案してくれた野依には感謝の気持ちしかない。今度、何かプレゼントでもしようかななんてぼうっと考えた。 

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