どうして私にだけセクハラするのよ!

マノイ

本編

「きゃっ! どこ見てるのよ!」


 なんてこった。

 まさかラブコメ時空に巻き込まれてしまうなんて。


「変態」


 俺、膳頭ぜとう 一輝かずきのクラスメイトの女子、象谷ぞうたに 麻都香まどかさんと廊下でぶつかった時に彼女が尻もちをついてしまい、その拍子にめくれ上がったスカートの隙間から見えてはいけないアレが見えてしまったのだ。


 父親いわく『いつの時代のラブコメだ』とのことだが、ラッキースケベならば今だって漫画で良く見るのだからいつの時代も男は……これ以上はやめておこう。


「やっぱりわざとやってるんでしょ」

「違う、誤解だ!」

「もう信じられないわよ!」

「ですよねー」


 今は高校二年の四月。彼女と同じクラスになってからまだ一か月も経っていないにも関わらず、今日で五回目のラッキースケベだ。抱き締め、下着を見て、胸を軽く揉んでしまったこともある。最初の頃は不幸な事故だと笑って許してくれた象谷さんも、流石にここまで短期間で事故が続くと俺への不信感が募ってしまっているようだ。


 もちろん俺が意図してやったことではない。それなのにここまで事故が続くというのは、ラブコメ時空に巻き込まれたようにしか考えられなかった。でもここから象谷さんとラブの方向に進むなんてことがあり得るのか? 好感度マイナスだぞ?


「と・に・か・く。もう近づかないで!」

「……はい」


 象谷さんに近づくと事故が起きるかもしれないと思えば、彼女の命令を聞く以外の選択肢は無かった。


 この時点で俺は象谷さんとの関係について甘く考えていた。

 ラブコメ時空だなんて考えながらも偶然が重なったに過ぎないだろうと。

 あるいは仮に本当にラブコメ時空だったとしても、彼女には悪いけれどそれはそれで楽しい学生生活が待っているのではないかとすら思っていた。


 しかしまさかあんなことになるなんて……


 俺と彼女の関係を大きく変えることになる出来事、それはゴールデンウィーク中に起こった。




 CASE1


 ゴールデンウィークの初日、小腹が空いたのでコンビニにおやつを買いに行こうとした時のことだ。


「はい、はい、やりました。はい」


 お婆ちゃんが誰かと電話をしながらATMを操作している姿が目に入った。


 もしかして詐欺にあっているのではないか。


 そう思った俺は店員さんに相談しようと思ったが、レジの列が長くとても忙しそうにしていた。しかも店員さんは新人のようで動きがぎこちない。この状態で割り込んで相談したとしても焦って真っ当に対処してくれるか分からない。


 だから俺は自分でなんとかするべくお婆ちゃんに声を掛けた。


「あの、お婆ちゃん」

「え? あの、ごめんなさい、もうすぐ終わりますから」


 お婆ちゃんは俺が早くしろよと催促しているのだと勘違いしているようだ。


「そうじゃなくて、電話の相手はどなたですか? 詐欺ではありませんか?」

「え? あれ、もしもし? もしもし?」


 俺の声が聞こえたのか電話の相手は諦めて電話を切ったようだ。お婆ちゃんは見るからに焦っていたので優しく声掛けして落ち着かせてあげた。


 よくよく話を聞いてみると、本当に詐欺だったことが判明。

 警察を呼んで事情を説明したらお婆ちゃんからも警察からもとても感謝された。


「ありがとう。あなたのおかげで助かったわ」

「ご協力感謝致します」


 こんな風に他人から感謝されるなんて慣れていないから気恥ずかしいが、悪くない気分だ。

 警察から感謝状をもらえるかもしれないらしいし、たまには人助けもしてみるもんだ。


 ただ一つだけ気になることがある。

 警察がお婆ちゃんと話をしている時のこと。


「お婆ちゃん、お名前は?」

象谷・・です」


 どこかで聞いたことがある苗字だけれど、まさかね……




 CASE2


 コンビニにおやつを買いに行っただけのつもりが、詐欺にあわれていたお婆ちゃんを助けたことでかなり時間を食ってしまった。早く帰って家でゲームの続きでもしようかと思い足早に帰っていたら、今度は道端でおじいちゃんが蹲っているのを目撃した。


 住宅街のど真ん中で周りには誰もおらず、俺は慌ててそのおじいちゃんに駆け寄った。


「大丈夫ですか!?」

「う……うう……水……」


 おじいちゃんは意識が朦朧としながら水を求めていた。偶然にもコンビニで水を買ってあったので急いでそれを飲ませてあげると、少しだけ症状が落ち着いたようだ。


「おじいちゃん、大丈夫ですか? 俺の声が聞こえますか?」

「……うん……うん」

「お名前は分かりますか?」

…………」


 またかよ!

 いや、今はそれはどうでも良い。


 こういう状況は詳しくないけれど、俺の言葉に反応出来ているってのはポジティブな状況だよな。

 俺は自分の体で影を作りおじいちゃんを陽射しから守りながら救急車を呼んだ。


「あり……がとう……」

「どういたしまして。元気になって下さいね」


 救急車で運ばれるおじいちゃんは少しだけど笑顔を見せてくれた。その様子に少しだけ安心できた。


 ちなみに救急車と一緒に警察も来てその場で事情聴取された。


「ご協力感謝いたします」


 一日に二回も同じことを言われてびっくりだ。

 警察の人に詐欺の話もしたら向こうも驚いていた。


 なお、おじいちゃんは一人で散歩していたら脱水症状で動けなくなったらしく、すぐに退院して元気にしていると後日報告を受けた。良かった良かった。




 CASE3


 ゴールデンウィークの三日目。


 ゲーム三昧の俺の様子を見かねた母親から、それだけ暇なら買い物に行って来いと家を追い出されてしまった。


「明日出かける予定なんだよ」

「はいはい、分かったから行って来て頂戴。お釣りはあげるから」

「行ってくる」


 現金な奴だ、などとは思わないで欲しい。

 少し分かりにくいが、買い物を手伝ってくれたら明日遊びに行く時用のお小遣いをくれるって意味なんだよ。だからお釣りが数百円だけなんてことにはならず、そこそこまとまったお金が余るように渡してくれた。


「うげぇ、重い物ばっかりじゃねーか」


 いくらなんでもお米十キロを歩いて持ち帰れとか酷くね?


 重い足取りでスーパーに向かったが、休日の午後だからか店内は大混雑。この中を歩いて買い物するだなんて考えるだけで更に気が重くなる。


 とはいえお金のためにはやるしかない。

 広い店内を歩きながら買い物かごに目的のものを入れて行く。


 あれ?


 試食品コーナーで珍しく人だかりが出来ている。

 いつも閑散としているのに人気の商品でも売ってるのかな。


 その人だかりの最後尾に立つ年配の女性。

 俺がそれに気づいたのは本当に偶然だった。


 若い男がその女性の後ろを通過しながら、その女性が肩から下げている鞄の中に手を入れて財布を抜き取ったのだ。


「おい!」


 思わず反射的に声が出てしまった。

 周囲のお客さん達は驚いてこちらを見て、男は慌てて逃げようとした。


 だがそうはさせない。


 俺は男にラグビーのタックルのように組み付いてその場に倒したのだ。


「放せ!」

「この人スリです!」


 騒ぎを聞きつけた店員さんの手により男は拘束され、またしても警察沙汰になってしまった。


「ありがとう! あなたのおかげで盗まれずにすんだわ」


 財布を盗まれかけた女性が何度も何度も頭を下げて来るから、これまた少し気恥ずかしかったな。


「また君なの?」

「はい、またです」


 かけつけた警察官の一人が、お婆ちゃんの詐欺の時にやってきた人と同じで驚かれちゃった。

 そりゃあ立て続けに何度も警察を呼ぶことになったら驚くだろうね。


 でも俺としてはもっと驚くことがあったのだけれどな。


「お名前を教えてもらってもよろしいですか?」

「象谷です」


 なんと財布を盗まれそうになった女性もまた象谷だったのだ。

 こんな偶然ある?




 CASE4


 ゴールデンウィーク四日目。


 俺は友達と遊ぶために朝早くから電車を使って繁華街へと移動していた。

 運良く席に座ることが出来たが、電車の中は満員に近いくらい人が乗っている。


 しかも目の前に立っている男性なんかはスーツ姿でこれから出勤しますって感じだ。

 世間は休日なのにご苦労様です。


 目的地は数駅先なので、それまで俺はスマホを見ながら時間を潰していた。

 そうして何駅か過ぎた時のこと。


 あと何駅くらいかなと車内のディスプレイを確認しようと思った時、異変が目に入って来た。


 俺の左前に立っているスカートを履いている若い女性。

 その女性の腰回りに不自然な手があてられていた。


 まさか痴漢か?


 その女性の顔を見ると、少し顔を赤くして嫌そうな顔をしている。


 声をすぐにあげようとして思いとどまった。

 女性は痴漢されているのを知られることも恥ずかしいから、席を変わってあげるなどの対応をする方が良い場合もあると聞いたことがあったからだ。


 その気付きにより少し悩んでいる間に、女性は自らの力で解決する道を選んだようだ。


「この人痴漢です!」


 自分の尻を触っていたと思われる男の手を掴み、高らかに上に持ち上げたのだ。

 当然車内の全ての人の注目を浴びて、痴漢は逮捕されることになるのだろうと誰もが思った。


 しかし……


「え?」


 手を掴まれたのは俺の前に立っていた男性だった。

 女性と乗客達から激しい敵意の目で睨まれた男性は困惑している。


「ち、違う。俺じゃない……俺はやってない!」


 自分が置かれた立場に気付いたのか、男性の顔は蒼白だった。

 痴漢をしたとして捕まってしまえば、勤めている会社を解雇される可能性が高いだろう。

 左手薬指に指輪をしているから家族もいるはずで、その家族からも信頼を失い家庭崩壊待ったなしだ。


「その人じゃないですよ」


 だが俺は知っている。

 犯人はこの男性では無く、女性は犯人とは違う人の手を掴んでしまっていたのだ。


「痴漢してたのはあなたの後ろに立っている男性の方です。間違いありません」


 俺の発言を皮切りに他にも犯人の不審な動きを見ていた人の証言が飛び出し、痴漢の真犯人は無事にお縄になった。


「君は私の恩人だ。本当にありがとう……」


 うわぁ、大人の男性を泣かせてしまった。

 確かにあの状況は絶望的だったから気持ちは分からなくもないけどさ。


 この男性の苗字?

 この流れで象谷以外ありえないだろ。




 CASE5


 まだ続くのか、と思った貴方。

 残念ながら続きます。


 今度はゴールデンウィークの五日目のこと。


 近所のスーパーに美味しい焼き鳥屋のキッチンカーが来ているから買って来いとの母親の命により出動。今回は不満無いぞ。そこの焼き鳥って俺も大好きだからな。それに帰りながら一本二本と食べ歩きで先にアツアツを食べられるのもまた買いに行くメリットだ。


 つくねや皮も良いけどやっぱりネギまだよなぁ。

 なんて考えながら、あま~いタレを口に付けながら食べ歩くと幸せな気分になれるのは俺だけだろうか。


 そんな幸せな気分などすぐにぶち壊しになってしまったのだがな。


 ピリリリリリリリリリリリリリリリリ!


 突然けたたましい音が鳴り響き、慌てて音の出どころを探した。

 何故ならこの音は、子供が持っている防犯ブザーの音だから。


「そこか!」


 近くの曲がり角を曲がった先で男の子が防犯ブザーを握りしめて地面にへたり込んでいた。その目の前で見るからに不審な黒いコートを着た人物が男の子に手を伸ばして防犯ブザーを奪い取ろうとしていた。


「止めろ!」


 俺は慌てて走り、その人物に体当たりをして男の子から距離を取らせた。そして男の子とその人物の間に立ち、男の子を守ろうと立ち塞がった。


「チッ」


 防犯ブザーの音を聞きつけた人が近くの家から出て来たこともあり、怪しい人物は諦めて逃げていった。


「大丈夫?」


 男が見えなくなり安全が確保されてから、俺は振り返ってしゃがみ、男の子に優しく語り掛けた。


「うわああああああああん!」


 それまでは怖くて声も出せなかったのかもしれないな。

 男の子は俺に思いっきり抱き着いてわんわんと泣いたのであった。


 はい、もちろん警察タイムです。


「こんなことってある?」

「俺もそう思います」


 いつもの警察官の人が会う度にフランクになっている気がする。


 後は例のアレことだけど、説明する必要ある?


「お名前は?」

「ぞうたにです」


 マジでこれどうなってんのよ。


 ちなみに不審者はすぐに捕まりました。良かった良かった。




 CASE6


 しつこい?

 じゃあ簡潔に。


 公園を散歩していたらリードをつけた犬が走って来た。

 どこかの飼い犬が散歩中に逃げ出したのかなと思って捕まえて遊んで待っていたら、予想通りに飼い主が探しにやってきた。


なろうなろう~」


 その名前はどうかと思うぞ。


 その飼い主が驚くことに痴漢冤罪から助けた男性と、不審者から助けた男の子だったのだ。


「まさかまた助けて頂けるとは!」

「おにいちゃんありがとう!」


 うんうん、昨日のことがトラウマになっていないようで元気で良かったね。

 じゃなくて、ついに犬まで助けちまったよ。


「はっはっはっはっ!」


 しかも妙に懐いているし、なんでやねん。


 それにやっぱりご家族でしたか。

 珍しい苗字ですものね、知ってた。


「家族を沢山助けていただいたようで、なんと感謝したら良いか……」

「あはは、皆さん無事で良かったです」


 そしてやっぱり他の助けた人達もご家族だったんですね。

 だと思ったよ。


「それで今度お礼にお伺いしたいのですが……」

「え?」


 ここで問題が起きた。

 家族の誰かが助けられたのならば、そのお礼に行くのは助けられた本人と家族の代表者の二名くらいが丁度良い人数だろう。たくさんで押しかけても相手の家に迷惑になるからだ。

 しかし今回は俺が助けてしまった人が沢山いる。


 両家で相談した結果、象谷家総出 (犬以外)で我が家にやってくることになった。

 相手方はそれは流石に失礼だろうと考えていたのだが、父親と母親がノリノリだったからしゃーない。




 つまり俺はゴールデンウィーク中に、象谷家の面々を助けまくってしまったのだ。


 そしてゴールデンウィーク七日目、象谷一家が俺の家にやってきた。

 一家総出・・でやってきたのだ。


 つまりどういうことか、分かるかな?


「…………」

「…………」


 俺の家のリビングにギュウギュウ詰めになって並ぶ象谷一家。


「この度は、膳頭一輝さんに助けて頂き、大変感謝しております」


 その一家に頭を揃って下げられるのは気恥ずかしくもあるがまぁ良いさ。

 自分でも自分がやったことが誇らしいとは思っているからな。


「…………」

「…………」


 だが俺は困っていた。

 とても困っていた。


 彼らにどう言葉をかけて良いのか分からない、ということではない。


「…………」

「…………」


 俺が唯一助けてないどころか、学校でセクハラをしまくって困らせている象谷さんクラスメイトにどんな顔をして話せば良いのか分からないからだ。


 彼女はこの場にいることを嫌がっている様子は無く、素直に家族を助けたことに感謝してくれているっぽい。でもそれとは別に何処となく不服そうな顔をしているのがとても気になる。


「一輝さんがいなければ我が家は破滅でしたよ」

「とても格好良かったわ」

「あの時はありがとうねぇ」

「かっかっかっ、おかげで孫が嫁に行くまで生きられそうじゃ」

「おにいちゃんおにいちゃん、なろうもよろこんでたよ!」


 父さんも母さんも感謝される俺を微笑ましそうに見るの止めてくれませんか。

 特に象谷さんクラスメイトに見られているのがどうにもこそばゆいからさぁ。


「俺は偶然居合わせただけですから。皆さんが無事で本当に良かったです」


 無難なことを言ってひたすら耐えよう。

 象谷一家が感謝する気持ちはマジで分かるからな。


 自分の両親が似たような目に遭うことを想像すれば、土下座レベルでは済まない程に感謝したくなるのも当然だろう。


「ところで、一輝さんは娘と同じクラスだとか」


 うわ、象谷さん(父)その話をしちゃいますか。


「まぁ、はい」

「娘がご迷惑をかけていないでしょうか」

「ちょっとお父さん!」

「少々お転婆なところがありますが、根は優しい良い子なので仲良くしてやって頂けると嬉しいです」

「ホント止めてってば!」


 それは俺も声を大にして言いたい。

 迷惑をかけているのは俺の方だからな。


「なんなら貰ってやってくれ」

「お祖父ちゃん!」

「一輝くんのような心優しい人物ならば安心じゃ」

「そう言う話はしないでって言ったのに!」


 あ、察し。


 これ多分家で散々似たような揶揄われ方したな。


 父親に『彼なら認める』とか言われたり、母親に『彼なら安心して任せられるわ』って言われたり、弟に『おねえちゃんはおにいちゃんとつきあわないの?』なんて言われたり、その度に困惑している姿が目に浮かぶようだ。


 悪い、俺が象谷一家の好感度を最大値までぶち上げて外堀を完全に埋め尽くしてしまったせいだ。

 苦労かけるな……


 結局その日は和気藹々といった感じで象谷一家のお礼を受け取り解散となったのだが、帰る間際の玄関でまさかのアレが起きてしまった。


 玄関で靴を履いていた弟君がバランスを崩して後ろに倒れてしまい、後ろに立っていた象谷さんクラスメイトがドミノ倒し的に倒れそうになったのだ。


「きゃっ!」


 慌ててそれを支えようとしたところ、右手が滑って胸を横から大きく掴むような形になってしまった。傍から見ると後ろから抱きかかえながら胸を揉もうとしているかのような体勢だった。


「~~~~っ!」


 彼女は反射的に怒ろうとしたのだが、ここは俺の家でしかも自分の家族からも見られているとなっては激しく文句を言う事が出来なかったのだろう。その黙って照れているだけに見える反応がいらぬ勘違いを生んでしまった。


「なんだ、もう付き合ってたのか」

「あらあら、そういうのは人目が無いところでやるのよ」

「ち、違っ!」


 事故だったとしても男に胸を掴まれて文句の一つも挙げないのは、相手に気があるからなのだという勘違い。

 しかもその勘違いをしたのは象谷家だけでなく俺の両親もだった。


「そうだ一輝、送って行ってあげなさい」

「そうね、それが良いわ」

「は!?」


 象谷家は車で来ているのに、何故か俺に歩いて送れと言う。

 いらん気を利かせたってやつだ。

 しかも象谷家までその提案に乗ってしまい、俺は象谷さんと二人っきりで家まで送ることになってしまった。


「…………」

「…………」


 当然会話なんてあるわけがない。

 というか、俺から極端に離れて歩いているくらいだ。


 近づいたらラッキースケベの餌食になるのだから当然の反応とはいえ、気まずくて困る。


「なんだ、その、悪いな」

「……謝らないでよ。こっちはお礼を言う立場なのに」

「それとこれとは話が別だろ」


 俺が象谷さんの家族を助けたことと、象谷さんにセクハラしてしまったことは全く別のことだ。悪い事をしたのなら謝らないと。


「……はぁ、まったく。膳頭くんが悪い人だったらこんなに悩まなかったのに」

「え?」

「な~んでもない、くすくす」


 おかしいな、どうして象谷さんは複雑な表情から一転して笑顔になったのだろうか。

 でも機嫌が治ったなら良いか。


「ねぇ膳頭くん」

「なんだ?」

「膳頭くんって私のことそんなに好きなの?」

「ぶっ、なんでだよ!」


 突然なんてこと言いやがるんだ。


「だって私の家族を次々と助けるんだもん。外堀埋めようと頑張ってるのかなぁって」

「冤罪だ!」

「それにセクハラばかりしてくるし」

「それもわざとじゃないんだって!」

「え? それじゃあ私の体に興味無いの?」

「…………」

「あ~今やらしいこと考えたでしょ」

「その誘導尋問は卑怯だ……」

「くすくす」


 ああそうか、揶揄われてるだけなのか。

 でもよ、象谷さん。


 楽しそうにくすくす笑う姿を見ていると少しだけドキドキしてきちゃったぞ。


 学校では敵意しか見せなかったからな。

 気を許してくれるとこんなに楽し気な雰囲気を纏う女の子だったんだな。

 そのギャップでやられてしまっているのかもしれん。


「ねぇ、膳頭くん」

「なんだよ」


 象谷さんは歩みを止め、俺の方を向いた。

 俺もまた足を止めて彼女と向かい合う。


「私からもちゃんと言っておくね」


 象谷さんは優し気な表情で俺の顔を見つめて何かを言おうとしている。


「家族を助けてくれてありが」

「危ない!」

「きゃっ!」


 突然乱暴な運転をするトラックがやってきて、俺は反射的に象谷さんを壁際に押し付けて回避した。


 どうにか異世界転生は回避したかな、なんて馬鹿なことを考えていたら、右手に柔らかな感触が伝わっていることに気が付いた。


「あ……」

「~~~~っ」


 今度は尻ですか、そうですか。

 俺ってやつはどうして象谷さんだけスマートに助けられないのかな!


「ご、ごめん!」


 慌てて右手を離したけれど、もう遅い。

 彼女は顔を真っ赤にして怒り出す。


「どうして私にだけセクハラするのよ!」


 それは俺も知りたいよ……


「普通に感謝させてよ馬鹿ぁ!」


 逃げるように家に帰った象谷さんの背中を俺は追うことが出来なかった。

 だって追ったらもっと酷いラッキースケベやっちゃいそうだもん!


 なんとなくだが思う。

 これから先、俺は彼女の家族に更に気に入られ、それに反比例するかのように彼女に対してだけはラッキースケベが発動するのではないかと。


 いやほんと、象谷さんマジでごめんな。

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