第39話 新学期

 あっという間の夏休みが終わり、今日は新学期の初日。


「陣、早くしないと遅刻だわよ!」

「分かってるよ、もう準備できたから。朝ごはんはいらないから」


 休み中はこんなに早起きはしなかったので、怠惰な生活に慣れ切った体にはこたえる。

 今日提出しないといけない宿題が詰まっていてずっしりと重い鞄を抱えて、母さんに挨拶をしてから、家を後にする。


 姫乃の助けもあって、夏休みが終わる一週間前には、全部の宿題は終わっていた。

 それからは心置きなく、残り少ないバケーションを楽しむべく、バイトがなかった日は全部姫乃がうちに遊びに来た。

 そのお陰で、目的だったアニメ観賞は全部完遂できた。

 大量の食材を買ってきてくれて、豪華な夕飯を作ってくれ、母さんともども感激をもらったりもした。


 ある時姫乃が、「ねえ、脚、見せてくれない?」と言ってきた。

 俺が事故で怪我をした脚のことを心配してくれてのことだろう。

 逡巡したけれども、いいよと言って傷跡が生々しい脚を見せると、彼女はそこに手を置いて、「痛かったよね、これ……」と呟いて、大粒の涙をこぼしていた。 


 そんな中、姫乃から提案があった。


「ねえ陣、朝同じ電車に乗ったら、一緒に学校にいけるよね?」

「あ、そうだね。行く方向一緒だもんね」

「じ――」

「あの、じゃあ、一緒に行こうか?」

「仕方ないなあ。どうしてもって言うんなら、そうしてあげようかな」

「いや、どうしてもってわけじゃ……」

「陣!?」

「はい、是非お願いします」


 そんなわけで、学校に遅れるよりも、姫乃と約束した電車に乗れない方が一大事なのだ。


 とはいえ、通勤通学が重なる朝の時間、電車の中は人で埋まっている。

 約束の時間に、示し合わせた車両に乗り込んで。

 どうにか姫乃を見つけ、人の間を割って進んで彼女の前に立つ。

 そんな俺に、彼女は柔らかく笑い掛けた。


「おはよ、陣」

「おはよ。やっぱすごい人だね」

「もう二本ほど早い電車だともっと空いてるけど、陣って無理でしょ?」

「はは…… そうだね。その分、布団の中にいたいかな」

「全く…… ちょっとでも早く、推しの子の顔が見たいとか、思わないの?」

「ごめん、その気はあっても、朝は体がいうことを聞かないんだ」


 通学路を歩いて教室までたどり着くと、見知った面々の中に葵がいた。


「おはよう、葵!」

「おはよ…… あれ、珍しいな、陣も一緒か?」

「うん。電車で一緒になってね」

「そうか…… まあ、いいんじゃないか?」


 そう言って葵は、ふふんと意味あり気な笑みを見せた。


 それから始業間際になって、純菜がばたばたと駆け込んで来た。


「ふああ~、間に合ったあ……」


 今日はトレードマークのツインテールではなく髪を下しているので、よほどあせって登校したのだろう。

 髪型が違うせいか、いつもよりも少しだけ、大人っぽく見えたりする。


 今日は初日ということで、担任の先生から新学期に向けての心構えやら、提出物の説明とかがあって、その後の授業はない。

 その代わりにHRが延長になって、文化祭についての話し合いの時間になった。


 実行委員リーダーの白石さんが前に立って、説明を始めた。


「出し物の『コスプレ喫茶』のコンセプトを決めたいと思います。誰か、意見ありませんか?」

「委員長、例えばどんなものですか?」

「何かの物語で統一するとかですね。童話とか、漫画やアニメの話とか」

「だったら、ツーピースがいい!」

「粉雪姫!」

「歴史ものにして、家康なんていいんじゃないか?」


 盛り上がりはするが、意見が色々と出過ぎて、白石さんがたじたじになりつつある。

 そんな中で、純菜が手を挙げた。


「みんな、異世界ものなんかどう? 綺麗なドレスや鎧なんかが着られるし、メイドさんも登場したりするよ?」

「なに、メイド?」

「ドレス……お姫様とかが着てるやつ?」

「そうよ。王子様もいるし、魔王になってみるなんてのも、面白いと思うよ? ヒールは物語には、欠かせないものだからねえ」

「真壁さん、それ、何のお話?」

「この前まで映画でやっていた『転生聖女のお騒がせ日記』だよ。結構人気だから、うけるかもよ?」

 

 この提案は、結構利いたようだった。

 このクラスの男子はなぜかメイドさん好きが多いらしくその言葉に共感し、女子も普段着られない衣装が着られるかもということで、概ね好評だった。


「じゃあ、みなさん、このお話でいいですね? 小説や漫画も出ているみたいですから、できるだけ見といて下さい」

「それだったら、クラスで買っておいた方がよくね?」

「あ……」


 男子生徒の一人の何気ない発言だけど、確かにそれはそうだ。

 各人に任せると、多分温度差も大きいだろうし。


「先生、活動費の中から、何冊か買っといてもいいですか?」

「あ、まあ、いいんじゃないか? 先生も、一回見てみたいしな」


 といった具合にコンセプトは無事に決まり、白石さんが本屋さんで本を仕入れてくることになった。


 これでこの日の予定行事は終わりなので、帰ろうかと準備をしていると、木原が真剣な面持ちで、こっちに向かって歩いて来た。


「なあ、陣。ちょっと相談があるんだが」

「ああ、いいよ」


 言われるがままに人気のない場所までついて行くと、木原は言いづらそうにしながらも、やがて口を動かした。


「あのな、陣。真壁さんって、彼氏とかっているのか?」

「? いいや、よくは知らないが、なんでだ?」

「その…… 告ろうかと思ってるんだ」

「なに!?」


 木原は顔を真っ赤に紅潮させて、真面目な表情を真っすぐこちらに向けてくる。


「お前、それ……」

「この前の林間学校で喋ってて、いいなって思ったんだ。可愛いし、お互いにアニメ好きで趣味が合いそうだし」


 一瞬、大柄なこいつと、小さくて華奢な純菜が並んでいるところを想像して、まるで巨人と子供だなと思ってしまった。

 しかし、純菜とその手の話しはしたことがないので、よく分からない。


 普段は姫乃や葵にべったりだけれど、夏休みのかなりの部分で彼女が何をしていたかとかは、全くの謎である。

 彼女は彼女で結構な美形だし、特にロリ系が好みの男子からすると、捨て置けない存在だろう。


「俺が止める理由はないけど、彼氏がいるかどうかは、残念ながら知らないな」

「そうか。もうちょっと考えて頑張ってみようと思うから、何か分かったら教えてくれよ」

「ああ、分かったよ」


 さてどうしたものか。

 さらっと姫乃にでも訊いてみるか。


 再び教室に戻ると、姫乃と純菜が楽し気に雑談をしていた。

 葵は例によって、空手部の方に顔を出したらしい。


「陣、待ってたよ。一緒に帰ろうよお~!」


 今しがた話題になっていた純菜が、無邪気に笑い掛けてくる。

 

 校舎を後にして、帰りの道すがら、


「今日の純菜のフォロー、ナイスだったね。白石さんも助かったみたいだし」

「ありがとう、褒めて褒めて!」


 すかさず、姫乃に抱きつこうとする。

 この子の彼氏になったら、このテンションに付いていくことになるのだろうが、果たして木原は大丈夫だろうか。

 それとも彼氏とかに対しては、意外と大人しかったりするのだろうかな。


 いつものように純菜が電車を降りて、姫乃と二人になってから、


「なあ姫乃、ちょっと訊きたいんだが」

「なに?」

「純菜って、付き合ってる人とか、いるのか?」

「え…… どうしたの、急に?」

「実はさ、彼女に告白したいって奴がいてさ。それで、どんなものかと」

「なるほど。多分今はいないと思うけど。けどかなりの面食いだから、覚悟しておいた方がいいよ」

「げ…… そうなのか?」

「だって、王子様や騎士様に憧れている口だからさ。結構苦労するかもよ?」

「それって、現実世界の男じゃだめってこと?」

「そこまでは言わないけど、よっぽど話が合うとかじゃないと、厳しいかもね」


 ひとまず木原にはそのまま伝えて、作戦を練るようにアドバイスしよう。

 無策で突っ込んで、木っ端みじんに散ってしまわないように。



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