第19話 週末の土曜

 期末試験も終わって軽やかな気分の土曜日、幸いにもいいお天気に恵まれた。

 だんだんと蝉しぐれの音が大きくなって、耳に心地よい季節。


 今日の大まかな予定は、10時ごろに集合して朝ブラしてからランチ、そこからカラオケに行ってスタジアムへ向かう、ほぼ一日がかりのコースだ。


 俺はいったん姫乃と合流してから待ち合わせ場所に向かうことにしていて、約束した時間の電車の到着を待っている。


『前から3両目ね』

『了解』


 指定された車両に乗りこむと、近場から姫乃が片手を上げて、爽やかな笑顔とともに挨拶をしてきた。


「おはよう」

「おはよ。今日も似合ってるね、その服」

「そ、そお?」


 今日の彼女はベージュのちょっとゆったりとしたパンツ姿で、サンダルから覗く白い脚が大人っぽく感じる。

 オレンジ色のノースリーブから覗く白い肩、つい視線が惹きつけられる。


「うん。なんだか大人っぽい」

「……あなたって、そんなことが普通に言える人だっけ?」

「え、いや、普通にそう思ったからさ」

「ふうん…… もしかして、前の彼女さんにも、そんなこと言ってたの?」

「あ、うーんと、どうだったかなあ…… 確かにあいつも服のセンスは良かったけどな。白っぽい感じが似合うとか、青色も結構いいなとか言うと喜んでたり、そんなことを……」

「もう。そんなの、真面目に応えなくていいのよ!」

「あ……そっか。ごめん」


 なぜか姫乃が不機嫌顔になる。

 怒られる理由がよく分からないけれど、気を取りなおして、そのまま他の二人との待ち合わせ場所に向かう。


 そこに純菜と葵はもう到着していて、見つけた姫乃が声を掛けた。


「おはよう、お待たせ!」

「よう、二人とも」

「おはよう、姫乃、陣!」


 原色系のラフなシャツにデニム姿の純菜は、自分に似合うものを知ってるようで、それはそれでセンスの良さを感じた。

 葵の方は、正直見入ってしまった。

 空手で鍛えているせいか姿勢がよく、すっとしまったスタイルにも関わらず、胸もとが服の下から所狭しと主張をしている。

 同級生なのに、年上のお姉さんといった感じで。


「……どうした、陣?」

「え、いや……」

「もしかして陣、葵に見とれてたんじゃないの?」

「ち、ちが…… 変なこと言うなよ!」


 図星を突かれてつい反論してしまったが、とにかく三人とも、目を奪われる美少女なのだということが、よく分かった。


「休日にみんな揃うのも久しぶりだね。どうしようか?」

「私、洋服見たいなあ!」

「あ、私もそれな」

「私は、靴でも見ようかなあ。林間学校って山の中だろうけど、それ用の持ってないし」


 それぞれ希望があるようで。


「じゃあ、ぶらっと回る?」

「うん!」


 ということで、早速街ブラをすることに。

 見たい物があるなら別れてさっと見てしまった方が早そうにも思うが、それだとみんな集まった意味もないのだろう。

 全員で一緒に、目に付いた店を物色していく。


 俺は特に目的もないので……

 あ、そう言えば俺も靴がなかったな。

 サッカーをしていた時のやつは、ぼろぼろで見るに堪えないだろう。


「そう言えば俺も、山歩き用の靴持ってなかったわ」

「じゃあ、後で一緒に見てみる?」

「そうだなあ」


 いいんだけども、ここで買ってしまうと、これからスタジアムに行くのに邪魔じゃないかとも思うのだが。

 でも、彼女らはあまり気にしていないようだ。


 近くのショッピングモールで葵と純菜の買い物に付き合ってから、靴の売り場へと向かった。


 さて、どうしようか。

 ブランドも値段も色々で、どれを選んだらいいものか。

 とりあえず、一泊二日もてばいいだけだけれども。


「あ、これいいなあ」


 と姫乃が手に取ったのは、茶色がベースで所々緑がかったトレッキングシューズだった。

 値段も手ごろで、デザインもスタイリッシュなので、普段使いもできそうだ。


 店員さんを呼んで、試し履きでサイズを確かめてから、


「私これにしようかな」

「うん、いいんじゃない!」


 と、純菜と一緒にうんうんと頷いている。


 さて、俺はどうしようかと見回していると、


「陣も、これでいいんじゃないの?」


 とツインテール娘の純菜が声を上げた。


「なるほど、お揃いか」

「ちょっと、二人とも……」

「だってそれ履きやすそうだし、デザインもいいよ。陣も、推しの姫乃と一緒だったら、嬉しいんじゃない?」

「……確かに、悪くはないけどさ。姫乃が嫌じゃなければ……」


 別に拒みはしないけれど、それって姫乃の方が気にするんじゃないのか?

 と思ってしれっとしていると、


「ま……いいんじゃない。どうせあなた、こういうの無頓着っぽいから。こっちで選んであげた方が早いかもね」

「はは、そうかなあ……」


 姫乃がいいと言うなら、確かにそれが速いかも。

 自分のこだわりとかは、特に無いのだし。


「分かった。ちょっと試してみるよ」


 履いてみると結構しっくりくるので、何も支障なく。

 結局、俺と姫乃は、お揃いの靴を買うことになった。


 それからも色々と回った後で、みんなで買い物袋を抱えながら、


「そろそろお昼だね。どうしよっかあ?」

「そうね。みんな、何がいい?」

「あ、スタジアムの周りって混むと思うから、しっかり食べといた方がいいかもよ?」

「……じゃあ、肉かな」

 

 実は肉食系女子かも知れない葵の提案だったが、後の予定も考えるとあまりランチに時間も掛けられないので、手早く済ませられる牛丼屋さんに向かうことに。


 オレンジ色の看板がかかった店に入って、


「えっと、牛丼大盛2つに、カルビ丼に、牛皿定食、あと玉子セット2つで……」

「あ、牛丼は1つつゆだくで」


 店員さんに注文を入れると、すぐにほかほかの丼が運ばれてきた。


「陣って、つゆだく派なのね?」

「うん。牛丼はつゆだくプラス玉子って決めてるんだよ。ささっと流しこめる感じがいいんだ」

「うん、気持ちは分かるぞ。肉と玉子って、よく合うよな」


 妙なところで葵と意見が一致してしまった。


「ねえ、カラオケの予約、2時間でいい?」

「……いいんじゃない、とりあえず」

「じゃ、入れとくねえ」


 カルビ丼を頬張りながら、純菜がスマホを操作して。


「そういえば、林間学校が、木原と榎本が一緒だったよな。どんなやつらなんだ?」

「あ、そうそう。私も気になるう」


 そういえば、この三人とあいつらって、ほぼ接点がなかったんだよな。

 俺もついこの前までは、そんな感じだったけど。


「まあ、目立たないけど、悪いやつらじゃないよ。確か榎本は、オーディションで姫野に投票してたって」

「えっ、そうなの?」

「おお~、いいやつじゃないかあ!」

「姫乃がオーディション受けてるの聞いたのも、あいつらからだったからなあ」

「よしよし、なら、それなりに相手してやろうじゃないか」


 純菜が得意満面で頷き、葵がクールに忍び笑いをする様を、姫乃が複雑そうな笑みを浮かべながら見入っていた。




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