第18話 期末試験

 そして金曜日、今日で今週も終わりだ。


「わーん、ここも分からないい!」

「歴史の年号は、ゴロで覚えた方がいいぞ? いいくに作ろう鎌倉幕府、1192年みたいにな」

「だってそれ覚えるのにも、頭を使うんだもん!」

「めいっぱい省エネの覚え方なんだがな、これ」

「あんたしばらく寝られないかもね」

「姫乃お~!」


 目の前での純菜と葵、そして姫乃の掛け合いが、見ていて和むと言ったら、怒られるだろうか。


 期末試験も目前、俺達四人組は、放課後に居残りして、勉強会をしている。

 勉強会というよりも、純菜に赤点を取らせないようにするにはどうしたらいいか、その対策会議のような意味が強い。


「いいなあ、なんか楽しそう。私も入れてくれない?」

「いいよ、琴音。ここ座る?」

「ありがとう」


 学級委員の白石さんがやって来て、姫乃の隣に腰を下して、文化祭実行委員のメンバーでの教え合いになった。

 学年内でも成績上位の白石さんはなんでもすらすらと答えてくれて、姫乃はここぞとばかりに質問をしていた。

 俺も数学の分からないところなどを質問できたし、あまり話をしたことがない学級委員が意外と普通っぽい子なんだなと分って、身近に感じることができた。


 暗くなるまで居残ってからみんな集って家路につき、悲壮感が漂う純菜に不安は感じつつも、さよならをしてそれぞれ我が家へ向かった。


 自宅の冷蔵庫の残り物でつくったチャーハンを腹にいれてからシャワーを浴び、濡れた髪の毛は自然乾燥にして、勉強机に座った。


「あんま時間がないから、暗記物を詰め込むかなあ」


 そんなことを思いながら黙々と時間を使っていると、スマホの着信音が鳴った。

 それは姫乃からで、


『陣、なにしてる?』

『勉強してた』

『ちょっと分からないとこあるんだけどさ』

『じゃあ電話で喋ろうか? ちなみに俺、今髪が濡れたまんまな』

『いいわよ、そんなの気にしないし』


 それから電話をつないで、お互いの顔を見ながら、距離を挟んでのお勉強会になった。

 

「長文読解も苦手なんだよなあ」

「ある程度、単語を知ってれば、なんとかなるんだけどね」

「そこは楽はできないかあ……」

「はは、多分ね。あとは接続詞の位置から、内容が変わることが多いからさ……」


 相変わらず英語が苦手なような姫乃に1つ1つ話をしながら、合間に雑談などを交えて時間が過ぎていく。

 画面の向こう側で笑みをくれる彼女を見ていると、試験勉強の重たい荷物が軽くなるような気がするから不思議だ。


「そうだ、来週の土曜日のチケット、何とかなりそうだよ」

「え、ホントに?」

「うん、四人分」

「そっか、ありがとう。じゃああとは、純菜次第かなあ」

「……赤点だったら、本当に置いてくの?」

「来週の土曜日だと試験結果とかまだ分かんないから、それはないかな。けどこのくらいプレッシャーがあった方が、あの子の励みにもなるでしょ」

「ははは…… そういう姫乃は、英語以外は大丈夫そう?」

「大体こんなもんかな~って感じ? 後は先生との相性と、運次第。陣は?」

「おんなじ感じだよ。分かんないのがでたら、多分他の人もできないだろうって、思うことにするよ」

「あ、それ、そうよね」


 雑談交じりで1時間ほど喋って、また何かあったら連絡するねと約束して、電話を終えた。


 それから土曜、日曜も同じ感じでぼぼ勉強漬けで、夜になってから姫乃から電話があったので、結局毎日お喋りしながらの試験勉強になった。


 そうして試験初日を迎え――


「ふええ~、難しかったよおお~」

「なかなか骨が折れたな……」

「何よあれ。あんなの授業で習ったっけ?」


 初日の試験を終えて、三人娘がへろへろ状態で文句を言い合う。


「確か先生が、口頭でさらっと言ってたことが、いっぱい出てたんだよね」

「え、じゃあ陣はできたの?」

「全部じゃないけど大体ね。教科書の端にメモってたからさ」

「え~?」


 姫乃から、裏切者に向けられるような冷ややかな目線を浴びせられて、何だか居心地が悪い。


「ねえねえ、明日の分がまだ終わってないから、助けてよお~!」

「どうする、勉強会やってくか?」

「いいけど……陣は?」

「俺も別にいいけど、それだと、昼飯買ってこなきゃね」


 今日の試験は午前中までなので、午後からは丸ごと空いている。

 こんな感じの日が4日ほど続くのだ。


 購買へ行ってパンと飲み物を仕入れてから、教室でまた勉強会が始まった。


「うう、これが終ったら夏休み、旅行にプールにお祭り……」

「はいはい、その前に、工業地帯の名前覚えましょうね?」

「あ、みんな、土曜日は予定通りでいい?」


 そんな俺の一言に、特に純菜が目を輝かせた。


「うん。てことは、カラオケとスタジアム行き?」

「……いつの間にカラオケが入ったのか知らないけど、チケットはOKだよ」

「やったあ、楽しみ!」


 その脇で澄ました顔の葵が、


「すまないな、陣。お金はいつ払ったらいいんだ?」

「それは当日話すから、その時までいいよ」

「連絡先の交換でもしておくか? 当日の待ち合わせもあるだろうし」

「あ、それいい。そうしよ!?」

「うん、いいんじゃない」


 葵の意見にみんな賛成して、グループチャットを作った。

 

『(真壁)みんなよろしくう♡』

『(戸野倉)よろしく』

『(畑中)どうぞよろしく』

『(一条)はい。じゃあ、勉強に戻りましょうね?』


 姫乃の締めの言葉で、またみんな勉強モードに戻った。

 それから夕方まで教室で過ごしてから、一緒に家路についた。


 家に帰ってからは、たまに姫乃から、勉強の相談の電話があって。

 

 こんな感じで試験期間を乗り切っていって、とうとう最終日。


「ふああ、やっと終わったよう」

「よしよし、よく頑張ったね」


 姫乃と純菜が抱き合って健闘を讃え合っているのが微笑ましい。

 葵はこの後から早速部活があるようで、教室を後にしていった。


「どうする、打ち上げいく?」

「打ち上げって、どうせ土曜日にまた集まるんでしょ?」

「それはそれ、これはこれ。今日という日は、今日一日しかないんだよ?」

「なんか訳のわかんないことを言ってるけど。どうする、陣?」

「まあ、いいんじゃない? 確かに気晴らしはしたいしね」


 開放感に浸りながら少し街をぶらついて、お洒落なスウィーツ屋さんに入って休憩タイムに。


「どう純菜、赤点は回避できそう?」

「まだ分からないなあ。結構頑張ったんだけどなあ」

「まあ、純菜だけ補習とかになったら、私達だけで遊んどくからさ」

「そんなあ、姫乃~! 陣も何か言ってやってよお」

「ま、そのうち結果は出るからさ。楽しみにしてようよ」

「みんな、余裕でいいなあ……」


 ややあって、オーダーしたものが運ばれてきた。


「陣のそれ、美味しそうね」

「よかったら、食べる?」

「あ、あたしも頂戴~!!」


 三人で、艶やかな色合いの甘味に浸りながら、


「そういえば、土曜日どうしようか?」

「そうだなあ。スタジアムはT市だから、こっからだとちょっと遠いんだ。どっかで待ち合わせして、少し早めに着く感じがいいんじゃないかな」

「じゃ、朝この辺で合流して、途中から移動かなあ!?」

「うん。とりあえず、待ち合わせの場所と時間だけ決めようか?」

「そうしよっか。葵には後から、グループチャットで送っとくし」


 ひとまず、明後日は朝から、サッカー観戦素人三人組を連れてのイベントが、予定通り行われることになった。


 ただ、実は俺にはもう1つ、大きなイベントが待っている。

 その次の日、麗華との約束があるんだ。

 彼女の方から、どこかで会えないかとの連絡が、何回かあって。


 その件は、なんとなく、姫乃には話さない方が良さそうだ。



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