第15話 女子会

「うっわ、これめちゃくちゃ美味しい! 陣君が作ったの?」


 俺の目の前の席で、真壁さんが大げさなほどに目を見開いている。


「いや、それはマスターの直伝でね。俺もまだ、そこまでは作れないんだよ」

「うむ確かに。これもいけるな……」


 その隣で黙々と箸を進めていた戸野倉さんも、首を縦に振る。

 真壁さんが俺と姫乃の方に交互に目を動かせて、


「ねえ二人とも、こんないいお店、私達には内緒にしようとしてたの?」

「そんなことないけどさ……」

「俺が、秘密にしてってお願いしたんだよ」


 姫乃に代わって割って入って、フォローを入れた。

 真壁さんが怪訝そうな表情に変わり、


「ええ、なんで?」

「だって、知り合いがいっぱいきたら、面倒くさいじゃないか。学校に知られたりしても、面倒だしさ」

「ふうん。じゃあ私達も、面倒なんだ?」

「いやまあ、君たちは姫乃の友達だから、問題はないけどさ……」

「ふーん。まあいいわ。ここを二人の愛の巣にしたかったわけじゃあないのね?」

「まっ…… 何をいうのよ。そんなんじゃないわよ! ねえ、陣?」

「ああ、そうだよな、姫乃……」


 黙って料理をかっこんでいた戸野倉さんが不意に目線を上げて、


「別に、私たちには気を使わなくていいぞ? 『姫乃』に『陣』」

「え…… 何よそれ、葵?」

「普通に呼び合えばいいんじゃない? 姫乃に陣って」


 しまった、夢中でつい姫乃と呼び捨てにしてしまっていて、そこを拾われたようだった。


「まあ、そうだけどさ、学校ではさすがに目立つかなってさ……」

「まあ確かにね。じゃあこの四人では、おんなじ呼び方にしとけば、別によくない?」


 ロリっ娘の発言に三人ともうんうんと頷いて。

 こうして俺たちは、下の名前を呼び捨てで言い合うことになった。


「ねえ、これって、サッカーチームの旗よね?」


 すぐ傍の壁に貼られたフラッグを見つけて、純菜が呟いた。


「ああ、『東京アークナイツ』の旗だよ。ここのオーナーが大好きでね。純菜は知ってるの?」

「たまにテレビで見るくらいだけどね、結構格好いい選手がいるんだあ」

「え、誰だよそれ?」

「倉本選手! この前もゴール決めてたよね、恰好いいなあ」

「倉本選手って、確かこの前この店にいたんじゃ……」


 何気なく姫乃が返した一言が、純菜の琴線に触れたようだ。


「えっ、なにそれ?」

「倉本さん、俺の先輩でさ。たまにこの店に来るんだよ」

「えええ、なんなのよそれ!? 私も見たいいい~~!!」


 トレードマークのツインテールを揺らしながら、駄々っ子のように椅子の上で飛び跳ねる彼女に、他の女子二人は、やれやれと言った目を向ける。


「全く、そんなの初耳よ。ちょっと前まで、K-POPアイドルがいいって言ってなかったっけ?」

「そんなの、どっちもなのよう!」

「一応トップチームの選手だから、ここもいつ来るかはわからないよ。試合観にスタジアムへ行った方が、会えるとは思うよ?」


 実は倉本さんの連絡先は知っているので呼び出せないことはないのだけれど、さすがにこんな理由では恐縮してしまう。


「そうかな。それって、どうしたらいいのお?」

「試合のチケット買って、スタジアムに行けばいいんだよ。ベンチ入りしてれば、そこで生で見られるよ」

「そっか…… じゃあ陣、お願いできる? 一緒に行ってよ」

「は? 俺?」

「ちょっと、純菜!?」


 急な申し出に、俺と姫乃が呆気に取られる中で、純菜は平然としている。


「だってえ、私、サッカーの試合見に行ったことないし、一人じゃ寂しいし。ねえ姫乃、陣を貸してよ?」

「な…… なんでそんなこと、私に訊くのよ!?」


 そんな二人の会話に、葵が割って入った。


「私も興味があったから、一度行ってみたいと思ってたんだ。陣、私も連れて行ってもらえないか?」

「ちょっと二人とも、なんでそれ、陣に頼むのよ!?」

「だってえ、このお店にいるってことは、陣もサッカー詳しいんでしょ?」

「あ、まあ、それなりにはね……」

「ちょっと、陣!?」


 自分だけ乗り遅れたせいか、姫乃があたふたしているのが可愛らしい。

 そういえば、最近Jリーグのスタジアムに足を運んだことはなかった。

 自分的にも、ちょっと興味はあって。


「じゃあ、期末試験が終わってからでも、一回行ってみるか? 倉本さんがそこにいるかどうかは、分からないけどさ」


「「行く!」」


 純菜と葵が即答して。


「じゃあさ、チケットって、陣にお願いしていいの?」

「そうだね、出来るだけ近い日程で、ちょっと探してみるよ」

「よろしくう!」

「たのむよ、陣」


 三人で盛り上がっている中で、姫乃がぽつんとしていたので、声を掛けた。


「ねえ、姫乃はどうする?」

「……そんなの、みんな行くんだったら、私が行かない訳にはいかないでしょ」

「わああー、みんないっしょだあ――!」


 純菜の天使のような大声が店内にこだまし、何人かいた他の客が、何事かと振り返った。


「全く、急に押しかけて来て、なんなのよ一体……」


 少し冷静にもどった姫乃が、冷めかけたクリームコロッケを切り分ながら呟いた。

 そんな姫乃に、葵が静かに応じて。


「姫乃、悪く思わないでくれ。こいつはこいつなりに、申し訳なく思っているみたいなんだ」

「え?」

「お前をオーディションに送り込んだのは、こいつだからな。それなりに、責任は感じているんだよ。だから今日も、お前を心配してだな」

「だから、私たちをつけてきたと?」

「ごめんなさい~、反省してますう~~……」


 よく分からない理屈だけれども、多分この二人は、姫乃のことを気遣って、ここまでやって来たのだろう。

 この俺の素性も含めて、確認したかったのかもしれないけれど、俺はこんなやつだからさ。


「まあ、試験明けならいいわよ。あんたたちは大丈夫なの?」


 そんな姫乃の一言に、二人ともカチンと固まった。


「うああああ…… そんなのもあったあ……」

「私は今日から部活もないから、これからまくるわよ」

「まあ葵はあんま心配してないけどさ、問題はこいつよね」

「うう~~」


 机の上に突っ伏して、ツインーテールがぶんぶんと揺れている。


「この前英語で赤だったから、今度も赤だったらまずいよなああ」

「まあそう思うなら、がんばんなさいな」

「姫乃う、助けてよお~!」

「知らないわよ、私だって英語は苦手だし」

「この三人は、そろって純日本人だからな……」


 どうやらこの三人組は、みんなそろって英語が得意ではないようだ。


「陣はどう?」


 と姫乃に訊かれて、


「俺は英語よりも、数学が問題かなあ。数学っていいながら文字がいっぱい並んでるのが、未だに慣れなくってね」

「ふうん。じゃあ、全員赤点なしだったら、Jリーグツアー行きましょうか」

「えええ~、そんな薄情な、姫乃お~」

「いいから、ちょっと根性見せなさいな。このファンシー娘!」


 結局、俺が四人分のチケットを手配して、期末試験の後にスタジアムに行く約束をして、少女三人組は一足先にわいわいと店を後にした。


 バイト上がりで店を出て、スマホの着信に目をやると、姫乃から『ゴメン(お辞儀)』のメッセージが入っていた。


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