第5話 元姫様と、元婚約者と


 演習場を後にしてドーブルスの部屋に来るとまたお茶を淹れて労ってくれた。カップを温めてから紅茶を淹れたり淹れ方がいちいち丁寧なんだけどおかげで味の違いの分からない俺にも美味しさがよくわかるんだなぁ。


「ところでカッちゃん」


「どうした急に……いや何故急にカッちゃん呼びなんだ?」


 急に変な渾名で呼ばれると驚くよね、別に嫌ではないけど。


「いやぁ、“『か』つとし”で“『カ』ストル”ならカッちゃんかなって」


 あぁ、なるほどそういう……しかしグイグイ距離詰めてくるなぁ~この王子様。


「2人でいる時は好きに呼んでもらえればいいけどカッちゃんだと色々なネタに引っかかるような……」


「カッちゃんといえばやっぱ超・爆・弾・王・ボンバーガイ!!“俺のヒロイックキャンパス”とかめっちゃ好き読んでた!!」


「それ以上いけない―――はさておき、異能バトル系の異能は俺のものまねの再現対象外なのでカッちゃんの爆弾を産みだしたりする能力はものまねできないぞ」


 ヒロキャンは異能を持つ学生たちのバトルもの漫画で、アニメになったり世界的にもヒットしてたもんね、やっぱり見てるよなー俺も見てたし。カッちゃんというのは主人公のライバルで仲間なキャラクターなのである。


「そういえば前もそんな事言ってたっけ。じゃあ主人公のウド君が使う“エブリワンフォーエブリワンの能力の『STAMP!!』”みたいな超強化パンチとかキックは出来たりするの?」


「多分できるんじゃないかな、確かこんな感じだっけ」


 同じくヒロキャンの主人公、ウド君は身体を超強化してパンチやキックで戦うのだが折角だしやってみようかと漫画やアニメでみたウド君の構えを取りながらものまねを発動してパンチをしてみると――――


「STAAAAAAAMP!!」


 声と一緒に拳を突き出した瞬間、衝撃波と暴風が起きて部屋の棚やテーブルがひっくり返って部屋の中がかなり荒れてしまった。かなり控えめに力を使ったんだけどやっぱり異能バトルの主人公の必殺技だけあって威力エグいわこれ……!


「うわ、しまったごめん!!」


 思わず素で謝ると、ドーブルスが宙を舞ったティーポットやカップのお茶会セットをソーサーで器用にキャッチしていた。さすがプリンスなんともないぜ!というかやる事がスマートすぎる何このイケメン。


「うっわぁ、いいなぁ超かっこいいじゃん!めっちゃ“はりきるって感じのウド!!”してるじゃん!!俺もそんな能力が良かったな~っ」


 こんな状況でもマイペースなので、この王子様結構大物なんじゃなかろうかと思わず苦笑してしまう。

 ひっくりかえったテーブルを起こし、その上に再びお茶会セットを置きなおしながらドーブルスが思い出したように言ってきた。


「そういえば俺の方の能力の説明してなかったっけ。俺は全部の属性が使えるのよ。“万能”っていうスキルらしいんだけど、火とか水とか雷とかそういう色々な属性をまんべんなくつかえるみたい」


「なんだよ、充凄い能力じゃん」


 いかにも主人公って感じの能力じゃんさすが完璧王子。どんな相手にも効果抜群で2倍取れるのって強いと思いますぞ、役割論理は大事ですぞ~。ヤケモンですぞ~なんてしてたらコンコンとドアをノックする音がした。


「お兄様!?すごい音がしたけどなにかあったんですか?」


 そんな声の後にドアが開かれ、どこかドーブルスに似た顔立ちの女の子が部屋に駆け込んできた。栗色の髪とボブカットの髪に、学園の制服を着ている。年のころは俺達と同じくらいだろうか?


「あぁ、すまないヘイゼル。何でもないんだ」


 悪戯を叱られたように困り顔の苦笑をみせるドーブルス。女の子なら思わず胸がときめいて許してあげたくなるものだが、ヘイゼルと呼ばれた女の子は気にせず部屋に入ってきて驚きの声を上げる。


「あ~っ、お部屋が滅茶苦茶じゃない。なんでもなくないじゃない、もうっなんでこんなことになってるのよお兄様っ」


 腰に手を当てながらプンスカという様子で怒る女の子の勢いにシュンとしている。どこもお兄ちゃんは妹に弱いんだよね……わかるよー。俺も前世では妹が居たけど妹に怒られると頭が上がらなかった。


「申し訳ありません。これは私が粗相をしました」


 会話に割って入って頭を下げる。ドーブルスをお兄様、と呼んでいるのと……よく似た顔立ちからこの女の子がドーブルスの妹、王族であることは想像がつく。なので礼を失しないように丁寧に対応をしようと咄嗟に気を回す。


「……あっ、貴方ね!お兄様が言っていたお友達って」


 俺の言葉にこちらを向いて笑顔を浮かべる女の子。にこり、とドーブルスによくにた笑顔を浮かべながら自己紹介をしてくれた。


「はじめまして、私はヘイゼル・ディンゲン。兄様―――ドーブルスとは異母兄妹だけど私に王位継承権はなくて、母方の姓を名乗らせてもらっているのだから元姫様ってところ。……気を遣わず気軽にヘイゼルって呼んでね」


 そういってウインクと一緒にぺろっと舌を出すヘイゼル。兄妹だけあってそういう仕草は本当にそっくりだけど、王位継承権がないというのと母方の姓を名乗っているということはなにか事情があるんだろう。家族の事に立ち入るのは失礼なのでそこは触れないでおく。


「―――わかりま」


「わかった、だよ?」


 ヘイゼルが俺の敬語を遮る。……ドーブルスといい結構フランクなんだなこの兄妹。うーん、と唸った後で両手を挙げて諦めるジェスチャアをして観念する。


「……わかった、ヘイゼル。俺はカストル・フェンバッハ。以後お見知りおきを」


 そんな風にお互いの自己紹介を簡単に済ませた後、それじゃあ……とヘイゼルが咳払いをしてから言った。


「……皆でこの部屋を片付けましょうか」


 そんな言葉に促されて、ひっくりかえった家具を戻したり、倒れた棚を起こしたりと部屋を元に戻していった。余談だけど身体強化する“エブリワンフォーエブリワン”の能力自体もものまねで発動できるので倒れた重い棚を起こしたりするときには大いに役に立った。

 ……ものまね、属性攻撃非対応っていう欠点はあってもそれ以外が結構ガバ判定だなぁ。


 今更だけど学園の中でもこの区画は王族などの部屋が集まっている区画で、ヘイゼルは丁度通りすがりにこの部屋の異音に気づいて駆け込んできたようだ。

 そこから成り行きでヘイゼルを交えてのお茶会の続きとなったが、ヘイゼルもまたドーブルスに輪をかけて朗らかで人懐っこい子だった。

 俺たちの会話に加わり、一喜一憂ころころと表情が変わる姿はなんとなく前世の妹を思い出してセンチメンタリズムを感じずにはいられなかったので嫌いじゃないわ!


 ドーブルスにお前の弟凄く失礼じゃない?と聞かれたので弟や幼馴染について話しととてもつらそうな顔をして聞くのでこっちが恐縮してしまった。あと同席しているヘイゼルが泣き出してしまったので宥めるのが大変だった。この兄妹はなんというか本当によく似ているな、思って胸が温かくなるのだ。

 

 その後は重くなった空気を飛ばすように面白い話に切り替えて場を盛り上げて話し込み、楽しい雰囲気の中で解散となった。

 王子の部屋を後にし、臭くて汚いタコ部屋に帰ろうとしていたところで聞き馴染んだ声に背後から呼び止められた。物心ついたときから一緒だった相手なのでその声の主を間違えるはずもない。


「待ちなさいよカストル」


「……アンジェラか」


 振り向く前からわかっていたが、振り返ればそこにいたのは俺の幼馴染―――元婚約者、アンジェラだった。少しツリ目がちでスタイルの良い美人だが、その表情は険しい。

 何しに来たんだろう……ねぇねぇ、君の婚約者ゲロと汚物まみれで担架で運ばれて行ったけどなんでこっちに来てんの??

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