No.77【ショートショート】あなたの声を届けるために

鉄生 裕

あなたの声を届けるために

“あなたしか頼れる人がいないの。あの子には、この先もずっと笑顔でいてほしいから”




「お嬢様!お待ちください!」


久美浜町累々(くみはままちるいるい)、8歳。

女子ではあるが女性と呼ぶには少し早すぎる、幼女と少女の狭間の歳。

彼女は生まれて初めて家出をした。


「お屋敷に戻りましょう。旦那様と奥方様が心配なさいます」

「一稟(イーピン)がいれば大丈夫だよ」

「私の充電はいつ切れるか分かりません。やはり屋敷に帰りましょう」

「絶対に嫌だ!」

「そもそも、どうして突然家出なんてしようと思ったのですか?」

「…それはまだ言えない。とにかく、ずっとずっと遠くまで行くの!」

「お嬢様!どうかお待ちください!」



人間とアンドロイドが共存を始めてから半世紀以上が経った近未来。

累々は父、母、一稟の三人と共に街外れの屋敷に住んでいた。

アンドロイドの一稟はこの屋敷で家政婦兼累々の遊び相手として働いていた。



辺りはすっかり暗くなっていた。

たくさん歩き回って疲れたのか、累々はぐっすり眠っておりピクリとも動かない。

「本当に、世話の焼けるお嬢さんですね」

一稟は累々を抱きかかえると、屋敷まで引き返すことにした。




翌朝、累々は自分の部屋のベッドの上で目を覚ました。

「おはようございます、お嬢様。よく眠れましたか?」

目覚めたばかりの累々は状況がいまいち飲み込めなかった。

「…一稟?」

「はい、何でございましょう?」

「…もしかして、私が家出をした理由が分かったの?」

「そんなこと、最初から分かっていましたよ」

「ずっと気付いてないフリをしていたの?」

「はい、申し訳ございません」

「この事はパパとママには?」

「いえ、何も言っておりません」

「どうにでも出来たはずじゃない。なんで何もしなかったの?記憶を消したり、作り変えることだって出来るんでしょ?なんで何もしないの?」

「一度、お嬢様ときちんとお話をした方がいいと思ったので」

それが全ての答えだった。

改めて尋ねる必要は無い。

一稟のその返答が、累々が知りたかった全てなのだから。

累々は全身から一気に力が抜けたような気がした。けれども、涙は出てこなかった。

ほんのちょっとだけ、“寂しい”という気持ちが全身を巡っただけだった。

しかし、それが本当に“寂しい”という気持ちなのかは、今の累々にはもう分からなかった。

「ねぇ、一稟。………やっぱり、私は人間じゃないんだね」




『あなたの声を届けるために』




三年前の交通事故、累々は即死だった。

両親は累々と瓜二つのアンドロイドを購入し、死んだ累々の記憶の全てをアンドロイドの累々に移植した。


「もしかして、私が知らないだけで今までにも同じような事があったの?」

「はい、お嬢様がご自身の正体に気付いたことは既に何度かあります。その度に私が記憶をリセットしていました」

「私が自分の正体に気付くたびに?」

「記憶のリセットは毎日行っておりました。何か不測の事態が起きるより、その方がお嬢様にとっても安全だと考えたので」

「つまり私だけこの三年間、毎日同じ日をずっと繰り返しているようなもんだったってこと?」

「そういうことになります」


毎日記憶をリセットする。

それが両親の指示だという事はわざわざ聞かなくても分かった。


「ここ最近はずっと同じことの繰り返しでした。お嬢様の様子がいつもと違うので、どうしたのかと尋ねても何でもないと答える。すると突然、出て行くと言って屋敷を飛び出す。何かお体に不具合でも?」


累々が目を覚ますと、左上の方に砂嵐のようなものが見えた。

砂嵐と言っても、テレビなどで見かけるノイズの方の砂嵐だ。

最初は何かの病気かと思ったが、目が痛いとかそういうのではない。

すると今度はキーンという機械音が聞こえてきた。

そこでようやく何かがおかしいと思い始めた。

謎の機械音が、自分の体の中から聞こえてくるのだ。

累々は思い切って、自分の指を針で刺してみた。

痛みは感じるが、なぜだか血が出てこない。

どれだけ深く刺しても、血は全く出てこない。


「なるほど、そういう事でしたか」

「最近になるまで、私は自分がアンドロイドだって気付かなかったの?」

「そうですね」

「私も随分と能天気だったみたいね」

「そんなことはありません。人々は皆、自分が人間であることを大前提として生活しています。もしかしたら自分はアンドロイドかもしれないなんて、そんなこと考えすらしません。それが人間ですから」


アンドロイドは生まれながらに自身がアンドロイドだという事を認識している。

そうプログラムされており、法律でもそう定められている。

自身がアンドロイドだという事を認識していなかった累々は、いわば違法のアンドロイドでもあったのだ。


「さっきも聞いたけど、どうしていつもみたいに記憶をリセットしなかったの?」

「どうしてでしょう、なぜだかこれ以上は隠し通せないと思ったんです。これ以上嘘はつきたくなかったのかもしれません」

「…ありがとう。それじゃあ、これからすることも見逃してくれる?」

「やはり、この屋敷を出て行かれるんですね」

「うん。やっぱり、もうここにはいれないかな」

「分かりました」

「止めないの?」

「止めても無駄だと顔に書いてありますから。ですが、一つだけ条件があります。お嬢様がこの屋敷を出て行くというのなら、私もご一緒します」

「絶対ヤダ」

「どうしてですか?」

「昨日みたいに私の充電が切れるのを待って、また屋敷に私を連れ戻す気でしょ」

「では逆にお尋ねしますが、もしお一人でいる時に充電が切れたらどうするつもりですか?人間に見つかれば廃棄品と間違われて解体されてしまうかもしれないんですよ。それでも一人で行くというんですか」

「それは…」

もし累々が上手い返しをしたとしても、一稟は同じような質問を何度も繰り返して一緒について来ようとするだろう。

「いかがいたしますか?このまま不毛なやりとりを続けるか、一刻も早く私と一緒にこの屋敷から逃げるか。あいにく旦那様と奥方様はご予定があり明日の朝まで屋敷に帰ってきません。逃げるなら今のうちです」

「…分かった。一緒に行こう」

「かしこまりました」


二人は屋敷を出ると当てもなく歩き続けた。

とにかく、屋敷から少しでも遠い場所を目指して。


何時間も歩き続け、案の定、累々の充電の方が先に底を尽きた。

「………お嬢様、申し訳ございません」

一稟は累々を担ぐと、屋敷のある方角へ足を向けた。




「お嬢様、おはようございます」

「おはよう、一稟」

「よく眠れましたか?」

「うん。パパとママは?」

「お二人は今日はご予定があり、朝早くから屋敷を出ています。帰ってくるのは明日の朝になると仰っていました」

「え~、つまんない~」

「我儘を言わないでください。今日は私と二人で遊びましょう」

「しょーがないなー、一稟と遊んであげるよ」

「ありがとうございます」


その日も、二体のアンドロイドの楽しそうな声が屋敷中に響き渡っていた。

昨日も、一昨日も、そのずっとずっと前から、聞こえるのは二体のアンドロイドの声だけであった。




【後書き】

最後までお読みいただきありがとうございます。


本文では書いていないお話というか、ざっくりネタバレみたいな感じですが、

そもそも三年前の交通事故の際に累々だけでなく彼女の父と母も死亡しています。

累々は即死ですが、父と母は事故の直後も少しだけ意識はありました。

そこで累々の両親は同じく一緒にいたアンドロイドの一稟に、累々の記憶を累々そっくりのアンドロイドに移植するようお願いします。

そして累々の母は一稟に、『あなたしか頼れる人がいないの。あの子には、この先もずっと笑顔でいてほしいから』とお願いします。

悩んだ末に一稟は、累々に彼女がアンドロイドであることを伝えず、更に同じ日々を繰り返そうと決めます。(もちろん事故の記憶などは消したうえで)

その方が累々に自身がアンドロイドかもしれないと悟られるリスクも減るし、なにより“父と母は出かけていて今日は家にいない”という嘘が何度だって使えると思ったからです。

一稟は累々と二人きりで、楽しい毎日を繰り返すことを決意します。

累々を悲しませないため、そして天国にいる累々の両親に彼女が楽しく遊んでいる声を届け続けるために。


本文に物語として書こうかなと思ったのですが、今回は後書きを利用したほうが良いなと思ったのでこっちに書きました。

後書きを読んだうえで、改めて最初から読み直していただければ、また違った見え方がしてくるのかなぁ、、、と。そうなったらうれしいなぁ、、、と。


長くなってしまいましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。

この作品が少しでも貴方様の心の片隅に残る作品になれたら嬉しいです。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

No.77【ショートショート】あなたの声を届けるために 鉄生 裕 @yu_tetuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ