第23話 寧楽


新幹線で新大阪まで出てから

在来線で奈良市街地へと向かう。

 京都で降りても良かったが、

大阪の中心部にある『封』

通称『鵺の墓所』を確認して

置きたいと思ったのだ。


淀川の側にあるその『封』には

特段の異常は見られなかったが、

穢土と同様、この 逢坂 も。

古より有象無象の御魂が行き

交う不穏な土地ではある。

 今でこそ活気に溢れ、西の文化を

牽引する大都市ではあるものの、

それも大阪城を中心に張られた

結界と『封』とのパワーバランスが

上手く相乗した結果と言える。




「御厨さん。」


丁度、奈良へと向かう電車の

ホームで声を掛けられた。

 声音からは男か女か分からない

それどころか、まるでこの世の

ものとは思えない摩訶不思議な

音から成っている。


「…何処に消えたかと思えば。

空蝉など使って、季節外れにも

程がある。」

 彼の本心は 呆れ だったが、

声音には敢えてやや怒気を込めた。


「好奇心は命とり、ってアンタは

言ったが。ソレそっくりお返し

するよ。ウチの 緋衣御前 が、

ガチオコだぜ。

 アンタのせいでこっち、左手の

感覚、半分彼岸に飛ばされた。」


砕けた物言いが無機質な音に乗り

耳に不快な余韻を残す。


「解咒の仕方が乱暴過ぎる。何なら

指一本だけ飛ばせば良かったのに。

…でもまぁ、難しいのでしょう。

所詮、アレ は 緋紗子さん では

ない訳ですから。」

「あァ⁈ アンタ、殺されるぞ?」

「ご心配なく。それより貴方は

何か私に用事でも?ただ恨み言を

述べに来た訳ではないでしょう?」

「ああ。まぁ、な。一応、言って

おくが、富山の開坑は俺のせいじゃ

ないぜ?」

 「知っています。」


ホームに列車到着のアナウンスが

響く。


「知ってりゃ…いいけど。」

俄に声が小さくなる。

「今後、不用意に我々の前に姿を

見せないで頂きたい。ハッキリ

言って目障りです。一応、警視庁の

公安部に属している。余計な事を

するなら罪状 公務執行妨害 で

逮捕しますよ。」


宣言と同時にホームに列車が

入ってきた。


三門優也はまだ妙な音でボソボソ

何かを呟いていたが、ドアが開く

喧騒と共に何処かへ消えて行った。





奈良には古より結界が張られて

いる。それは大陸から渡来した

技術と日本古来の真技が結びつき

『封』へと応用されてきた物だ。


御厨が到着すると、すぐに和装の

男女が彼を迎えた。

 東京よりも南に位置するせいか

梅の花がちらほらと咲いている。


「この度は、遠路ご帰還まことに

御足労様でごさいました。」

 男の方は執事長であり、代々

御厨の家に仕えている。

「留守中、変わりはないでしょうが

引き続き良しなにお願いします。」

「忠興様、お召し替えの用意が出来て

御座います。既に、皆様方も続々と

お集まりですが、会合は夕刻から。

少しお休みになられますか?」

 一方、女の方は女官長といった

所だろうか、家事など細かなこと

全般を取り仕切っている。

「いや、構いません。取り敢えず

着替えは済ませて置きましょう。

直前に慌てて着崩れなんて洒落にも

なりませんからね。」


彼はそういうと、勝手知った屋敷の

奥へと足を向けた。




  同日の同刻。


國護篤胤も又、奈良の結界の内に

到着していた。

 茲許の『封』の件で、定例の

会合の頻度を上げてはいたが、

今回は臨時の集まりだ。

 既に魚津の一柱が解き放たれた。

規模こそ小さいが、決して看過して

良い場所ではない。

 戸隠、御嶽、大津、門司、出雲

石鎚、熊野、三輪山。主要な

『封』には既に配下の者たちを

監視として派遣しているが、兎角

様々な場所に大小『封』は存在して

いるのだ。この件に関しては警察で

いう所の張込みが、如何に効率面で

劣るのかは言う迄もない。


「頭領、お電話で御座います。」

帯同した簶守の凪啓からスマホを

渡される。

 陰で『携帯しない携帯電話』と

揶揄されているのは実は承知だ。

「申し申ーし、國護ですが。」

ふと見ると凪啓の肩が微かに震えて

いる。電話の出方にも、どうやら

文句があるらしい。



「…いや、又これはどういう。」


電話の相手は御厨だったが、話の

内容は又しても頭の痛い事だった。



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