第22話 御岾


四季があるこの国は、実は

とても奇跡的な偶然の上に成り

立っている。

それを知ったのは、学生の頃の

世界地理でだった。


都心にある庁舎の高層階にある

『分室』は、仕事をする分には

特段の不都合はない。

 けれども、此処から東京の街を

見渡せたらと、つい想ってしまう。


この『分室』に、所謂『結界』が

施されていることは、以前太田から

聞かされていた。

 それには霊峰 富士 が関わる。

けれども『室長執務室』だけは

苦慮の末、辛うじて窓を設ける事が

出来たのだ、という。


太田は 室長代理 の肩書きを

持っており、実際の警察手帳の

階級は『警部補』となっていた。



「代理ー!太田代理いますかー?」

そこに、居る。それを承知でわざと

ひづるが声を張る。


「うるせぇよ鬼塚…何なんだよ。」

如何にも面倒臭そうな態度が何だか

気の毒にも思えて来る。

「連続休取りたいんですが、非番に

合わせて三日ほど。」

「取りゃあいいだろ、ここン所は

特段、早急な調査対象も上がって

来てないし。」

 常々思うのだが、太田は生来が

マネジメントする側ではない。

寧ろ、プレイヤーとして力を発揮

する側の人間だろう。


「言質、頂きました‼︎ じゃあ、

国ちゃんもいいですよね?」

「はぁ⁈ お前ら同時ってか?」

「別に、分析官は彼女だけじゃ

ないんだし、この分室って

班だって六つもあるんだから!」


警察ではあるものの所轄がある

訳ではないのだ。

 逆に言えば、日本各地の事件や

事故に『封』が関わる疑いがあれば

遠近関わらずに即応する。


「…おっと。御厨室長に相談とか

言いっこなし。太田代理は実質

権限委任されてる訳でしょう?」

「辻浦どうすんだよ?仲間外れで

可哀想だろうが。」


「あ、僕の事は心配無用です。」

横で何かパソコン作業をしていた

辻浦武史が口を挿む。

 彼は彼で、案件がない時には

独自の分析をやっているか、

古い文献資料を読んでいるのが

常態だった。

     さすがに切替が早い。



そもそも、私をひづるの祖母に

会わせるというのが休暇取得の

目的なのだ。

 本来なら私からも願い出るのが

筋というもの。

 けれども、ひづるのテンションに

入り込む隙が見つからない。


「どうしても取りたいのか?」

「どうしても!どうしてもです!」

「…御厨さんに直接、交渉しに

行けよ。何で俺に言うんだよ?」

「あの人、今いないんで。暫くは

出張じゃなかった? 何より

太田代理の方が相談し易いんで!」

「……。」満更でもない、という

太田の顔を初めて見た。と同時に

ひづるの顔には してやったり の

笑みが。


「…俺、知らねーからな。後で

あの人に死ぬほど怒られろお前ら。」

「勿論、何かあれば呼ばれる覚悟の

現着上等です!」




かくして、ひづると一緒に彼女の

生まれ故郷へと、そして自分自身の

見知らぬ 過去 へと。

 その覚悟は、もう既に出来ている。




東京から新幹線で名古屋まで行って、

そこからは近鉄在来線に乗り換える。



 鬼塚ひづるの生家は、三重県と

奈良県の県境にあった。

「メッチャ山でしょ?実は奈良って

県の殆どは 山 なんだよね。」

木漏れ日の中を走る列車の窓からは

白い花を付けた木々が、時折顔を

覗かせている。

「ねぇ、あれ見て。梅の花かな?」

「…あぁ、野生の梅なのかな。多分

御岾はもっと凄いと思うよ。」

 ひづるは車窓の景色に目を細めて

言った。

「御岾って?」「ウチの婆ちゃんの

信仰の地…総本山、って所かな。

ぶっちゃけ、ウチの裏山だけど。

 山岳信仰の人達には今もガチで

ヤバい場所らしいんだよね。よくは

わかんないけど。」


 鬼塚ひづる


御厨の話によると、彼女は

『オニ』と呼ばれた天才行者の

直系の子孫にあたるという。

 そうと知れれば 怪異を見る

能力も腑に落ちるのだが、当の

彼女にとって、それは現実的な

問題であり、原因などはどうでも

良かったのだろう。


それは、自分も同じだ。


例え過去に何があったとしても。

自分自身の 軸 を、決して

手放してはならない。


  もし、手放してしまったら、 

きっと闇に呑まれてしまう。


覚悟は出来ている。

         でも


私は、矢張り酷く緊張していた。






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