第2話 転送

 日々の業務に忙殺される。さらに感染症はまん延し、世間では自宅待機の期間があるらしい。残念ながら仕事は休みとはならない。供給側だからだ。結局は通常業務を回すことが、この地域での自分の役割となる。平時でも非常時でもやることは変わらなかった。いつもの朝を迎え、ルーティンワークをこなす。地方紙の記事を見ることだった。


 なんてことはない。お亡くなりの掲載欄を見ることだ。つくづく因果な商売だな、と思う。非常時でもやることは同じだ。もう一つの日課であるドリップコーヒーをがぶりと飲みつつ愚痴る。コーヒーは前から好んで服用している。コーヒーに含まれるカフェインは意識を活性化させるからだ。脳が活性化していないと仕事にはならない。自家焙煎をすることもある。飲み続けるのは業務に近い。もちろん飲みすぎるのは、デメリットもある。前に服用しすぎて、目が明転したこともあった。いわゆる急性カフェイン中毒だ。自分の中の上限を知るいい機会とはなったが。食品でも効果によっては中毒になることもあるので注意は必要となる。

 

 この職種・職業についたら、さまざまなことを記憶する必要がある。大学に入ってからは、記録と定着の能力をつける項目が多かった。薬の名前はもちろん、その構造式、薬理作用、製剤の特徴、相互作用、類似薬剤の数々。記憶力が必要な職業とみている。すべて頭の中に入っていなければ対応できない。頭の中に引き出しがあり、そこから欲しい情報を取っていくイメージだ。もちろん、それらを引っ張り出し、いかにわかりやすく説明する・納得してもらう・行動変容を促すことがより重要ではある。客の名前は、5年も同じ業態に勤務していれば名前と顔の一致くらい大したことではない。そのリスト化された情報の中から、患者名を拾う。新聞の掲示を自分の近隣の市町から確認する。


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兵流 三偉(ヒョウリュウ サンイ)さん 87歳 19▲▲年▲月〇日 老衰 野美市田中町〇▲ 2月10日 ……斎場

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 おや?もしかして、あの時配達した爺さんかもしれない。確証を得るべく、その当時の記憶を辿る。脳内では、あの大天狗と鉱石の爺さんの心像を掬い取れた。 爺さんから頂いた鉱石は、正月のお参りで買ったお守り袋に入れていたな。そのままバックにしまい込んでいたので、こちらも記憶の底に沈みこんでいた。残念ながら1回の訪問だけの印象なので記憶はここまでだ。確証を得るべく記録と一致させる。終了記録まで取るまでが一通りの仕事。聞き取りしていた住所を調べて一致したようだ。


「ああ、あの爺さんも逝ってしまったか…」

心の中で合掌。記録にメモ書き。心のメモの中にも。そのメモも脳の引き出しにしまう。


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 いつもの日常が繰り返され、数日が経過した。薬局にて業務をしていたときのこと。

「田中町の兵流さん亡くなったみたい」

「あそこのところのお婆さんは祈祷師で随分有名だったみたいよ」

「もうそろそろあの土地も更地にして息子さんが売りに出したいみたい」

お客さん同士の会話を拾った。訪れる方にとっては同窓会の会場のようなものらしい。年が近い年齢の方が病院と薬局に集まる。ご近所さんと同級生の噂はよくある話だ。軽く聞き流す。家族関係などを拾っていくことも多いので侮れない。業務をこなしながら、片耳はそれとなく意識する。こうゆうことも最近はよくできるようになってきた。

 そういえば、あの黒い石、溝が刻まれていて何か書いてあったなと記憶が蘇る。あとで確認してみよう。とさらに心のメモ帳に記載して日常業務に戻った。


******


 さらに数日経ったある深夜。何故かざわざわと胸さわぎにて突如起きる。

思い出したお客さん同士の会話が気になりだす。思い出して気になることは多い。お守り袋に入れてあった黒い石が無性に気になった。家族に断るのも憚る深夜。コンビニに行くと書き置きを残し、外に出る。


 袋から石を取り出す。石に刻印され線と文様が光っていた。石からはレーザーのように光のラインが伸びている。石を動かしても線の先は変わらないようだった。どうやらラインはある一定のところに向かって伸びているようだった。


 外は新月。月明かりもなく暗い。ここは地方都市といっても田舎だ。深夜と重なった結果、対向車は全くない。街頭の明かりのみが道路を照らす。その中で車を北に走らせる。

 何回か停車して、確認のため袋から石を取り出す。ある程度進んだところで、光の先の行き先は鉱石で有名だった地域のようだった。田中町のあの家かと目星をつける。記録を頼りに旧老人宅に向かった。自宅を出てから対向車のすれ違いもなく、旧老人宅に到着した。遠巻きに観察すると、老人の家は早くも壊されているようだ。半壊した家屋と重機が解体を物語っている。


 おもむろにお守り袋の中から石を取り出した。出発よりも光は強くなっていると感じる。ラインは解体中の家の中ではなく、外の祠を示していた。前に訪問したときは、こんな場所あったか? ごめんください、と軽く断ってから敷地内に入り、祠に近づいた。


 祠に近づくたびに石からの発光は強くなる。5メートルというところで祠からも発光する。引き返すほうが良いのでは?と思いつつも好奇心が勝った。祠に触れた瞬間、ビルから落ちたような感覚を最後に、意識が暗転した。


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