聖女はただ微笑む ~聖女が嫌がらせをしていると言われたが、本物の聖女には絶対にそれができなかった~

アキナヌカ

聖女はただ微笑む ~聖女が嫌がらせをしていると言われたが、本物の聖女には絶対にそれができなかった~

 私はシュタルクという黒髪に黒い瞳を持つこの国の大神官だ、その私が今日は至急の用事があるからと、第一王子のフリーデン様から神殿の広場に呼び出された。正確には私ではなく聖女ユエ様が第一王子から神殿の広場に呼び出されたのだ、銀の髪に蒼い瞳を持つユエ様はとても大人しくされていた、私は聖女である彼女の為に天幕つきの椅子を用意した。


 そして万が一にも聖女であるユエ様が、日焼けなどしないように何重にも長いベールを被せて、それから王宮から来られた方々にお会いすることにした。聖女ユエさまは今日も私が話しかけると笑ってくれて、そして突然こんな神殿の広場に運ばれたことにも文句を言わなかった。いつものように聖女ユエさまは愛くるしいお方で、私はこの聖女ユエ様にお仕えできることを幸せだと思っていた。


「本物の聖女と偽り、僕の婚約者になった偽物の聖女ユエよ。貴様には本当に心から失望した、貴様が偽物の聖女であることはもう分かっている!!」

「ああ、フリーデン様」


 そして王宮から神殿にやってこられたのはユエ様の婚約者である、フリーデン・リュクス・カルキトロという金の髪に緑の瞳をした第一王子だった、その傍には見たことのない貴族令嬢が一緒に来ていた。私は第一王子のお付きの方にその女性の名前を聞いて初めて、その桃色の髪と瞳をもつ女性がサージュ・プリウス・エクセレンテという男爵令嬢だと知った。


「ここにいるサージュが本物の聖女である、そのサージュへの数々の嫌がらせも分かっている。僕と貴様の婚約は破棄すると決めた、これはもう王家の総意であると心得よ」

「フリーデン様、わたくしは貴方を愛していますわ」


 そう一方的に言いだしたフリーデン様は、サージュとかいう女性を抱きしめていた。私は聖女ユエ様が嫌がらせなどするお方でないと知っていた、彼女が潔白であり真の聖女であること誰よりもよく分かっていた。だから第一王子のフリーデン様に詳細を聞いてみることにした、聖女ユエ様はその間も何も喋らずに大人しくベールを被って椅子に座っていた。


「私は大神官のシュタルクと申します、聖女ユエ様がサージュ様に嫌がらせをされたそうですが、それは一体どのような嫌がらせでしょうか?」

「ふむ、サージュよ。言ってやるが良い、この僕が君にはついている」

「はっ、はい。フリーデン様、わたくしは偽聖女に階段から突き落とされました。それにフリーデン様に近づかないように言われて頬をぶたれました、それから昼食に毒を盛られてもう少しで死ぬところでした」


「………………」

「これで分かったか、大神官シュタルクよ。真の聖女であるサージュへこのような嫌がらせは許せぬ、だから僕との婚約を破棄して偽聖女ユエにはカルキトロ国を出ていって貰おう」

「国外追放だけで許されるとは、フリーデン様はお優し過ぎますわ」


 私はひとまず聖女ユエ様が行ったという、サージュという女性への嫌がらせの数々を聞かされた。そしてそんなことはまずあり得ないと思ったのだが、一応は反論せずに最後まで彼女の話しを聞いていた。それから私は第一王子のフリーデン様が、聖女ユエ様をどうして偽物の聖女であると思うのか、それも一応は知りたかったので詳しく話を聞いてみることにした。


「ではフリーデン殿下、どうして聖女ユエ様を偽物の聖女と決めつけるのです。我が神殿で聖女ユエ様が本物であることは確認しております、それでも何故に聖女ユエ様が偽物だと思うのですか?」

「それはだな、このサージュが広範囲の回復魔法を使えるからだ。これこそが聖女である証であろう、それなのに偽聖女ユエは碌に魔法も使えぬと聞いたぞ!!」

「まぁ、フリーデン様。わたくしもそんなに褒められると、少し照れてしまいますわ」


「それではその広範囲の回復魔法を、今すぐにサージュ様に使って貰えるでしょうか?」

「ふむ、サージュよ。お前の力を見せつけてやるがいい、そして本物の聖女とは誰なのか神殿に教えてやるのだ」

「はっ、はい。フリーデン様、それでは『大いなるラージスケール治癒ヒール』!!」


 私は確かにサージュという女性が広範囲の回復魔法を使うのを見た、でもこれくらいの中級魔法なら聖女ではなくても私でもできることだった。私はこの第一王子は頭に何も入ってない空っぽなのか、それとも精神的に悪い病気にかかっているんじゃないかと思った。そうしてもう一度だけ私は第一王子であるフリーデン様に、聖女ユエ様への王家の総意だという罰を確かめた。


「それでは聖女ユエ様は偽物の聖女として、フリーデン様との婚約は破棄でよろしいですね。それから聖女ユエ様が国外追放というのも間違いありませんね、貴方たちの言葉だけでは不安ですから今すぐ魔法契約書を作らせます」

「ふむ、ちと軽い罰のような気がするが、それでまぁ構わんだろう」

「本当にフリーデン様はお優しくて、わたくしは惚れ直してしまいますわ」


 私はこれが本当に王家の総意だとしたら、あまりにも酷い対応なのでかなり怒っていた。だからきっちりとした魔法契約書を部下に作らせた、そうしてその魔法契約書をフリーデン様にお渡ししたら、この馬鹿は中身を碌に読まずにサインをしてしまった。こんな婚約者など聖女ユエ様には、もう必要ないと大神官の私は判断した。


 そして同時にこんな大馬鹿者の第一王子を、のさばらせている王家なんて潰れろと思った。だが最後に聖女ユエ様の名誉のために誤解を解いておく必要があった、だから私は聖女ユエ様に声をおかけしてそのお姿を皆に見て貰うことにした。聖女ユエ様はいつものとおり愛くるしかった、私がベールをどかしてお顔を覗きこんだら、眠そうにしていたがにっこりと微笑んでくれた。


「聖女ユエ様、おや眠っておられましたか。ご快眠中に申し訳ございませんが、少しだけそのお顔を皆にお見せください」

「あい、シュタルク、分かった」


 そうして私は聖女ユエ様に何重にも被せてあったベールをどかして、私は恐れ多いが聖女ユエ様を抱き上げて天幕から外に出してみせた、すると第一王子フリーデン様とサージュとかいう女性はポカンと口を開けて驚いていた。どう考えてもそれは当たり前のことだっただろう、聖女ユエ様は今年でやっと三歳になるまだ幼い子どもだったからだ。聖女ユエ様は私に向かって微笑んだ、それはとても可愛らしい笑顔で私も微笑み返した。


「ご覧のとおり今年で三歳になる聖女ユエ様に、サージュとかいう女性に嫌がらせなどできません」


 サージュとかいう男爵令嬢は真っ青な顔色になって、第一王子のフリーデン様にすがるように抱き着いていた。そのフリーデン様も同じく真っ青な顔色になって、ポカンと口を開けたままその場に立ち尽くしていた。私はさっさとこのカルキトロ国を離れる用意を神殿の皆にさせ始めた、そうしていたら第一王子のフリーデン様から私に抗議する声が上がった。


「僕の婚約者がこんな三歳児なわけがあるか!? 僕と婚約していた偽物の聖女であるユエはどこだ!!」

「大神官である私シュタルクがフリーデン殿下に申し上げます、私のお仕えする神に誓ってこの方が聖女ユエ様ご本人でございます!!」


「そっ、そんな。確かに婚約は三年前に結んだものだが、こんな子どもだったなんて僕は聞いていないぞ!!」

「いいえ、神殿から王国に確かにお伝え致しました。私も当時まだ赤ん坊だった聖女ユエ様とフリーデン様、いえ聖女ユエ様と貴方との婚約は早過ぎるとも進言致しました」


「そっ、それじゃあ。その聖女には本当に聖なる力があるのか? 本当に本物の聖女なのか?」

「それは当然でございます、現に聖女ユエ様が生まれて三年の間、このカルキトロ国は平和でした。魔物がこのカルキトロ国を襲うことは一度もありませんでした、それに加えてこの三年間このカルキトロ国ではずっと豊作が続きました」


 そこまで言うと私の部下がもうさっさと荷物をまとめてくれていた、だから私も何よりも大切な聖女ユエ様を抱き上げたまま神殿の馬車に乗ろうとした。そんな私たちを慌ててフリーデン様は止めようとした、サージュとかいう女性はフリーデン様から腕を振りほどかれて地面に倒れ込んだ、でもそれ以上フリーデン様は少しも動けなかった。


 それはさっきの魔法契約書に王家の関係者は、国外追放される聖女ユエ様を追わないことにすると書いておかせたからだ。私をはじめとする神殿関係者たちはこの可愛くて小さな聖女ユエ様を、全くなんて酷いことに国外追放にすると聞いて皆が怒っていた。だから皆でそろってこのカルキトロ国を出て行くことにしたのだ。


「さぁ、聖女ユエ様参りましょう。どうせなら貴方を待ち望んでいた、隣国のロクトール国に向かいましょう」

「あい、シュタルク、いいよ」


 隣国のロクトール国は聖女ユエ様に強い関心を持っていた、聖女ユエ様が生まれたと言ったらロクトール国からは、沢山の贈り物がこちらの神殿に届けられた。そして良い機会があったらぜひ聖女ユエ様に、ロクトール国を訪問して欲しいという書状を送ってきていた。その際には聖女ユエ様の願いを、何でも叶えるとも魔法契約書で書いてきていた。


 だから私も聖女ユエ様を碌に信じないカルキトロ国よりも、人を見る目があるロクトール国に一目置いていた。そういう理由で私は隣国のロクトール国に向かうことにした、カルキトロ国は追っ手を出そうとしたが、フリーデン様が書かれた魔法契約書に反することはできなかった。そうして私たちは十数日の馬車の旅をして、隣国のロクトール国の神殿へと受け入れられることになった。


「シュタルク、いないと、嫌!!」

「すっ、すぐにシュタルク神官を呼んで参ります!!」


「シュタルク、早く、来て!!」

「聖女ユエ様、シュタルク神官はすぐに参ります!!」


 そして私は大神官ではなくなったが、聖女ユエ様の世話係の神官になった。私としては位は下がったが聖女ユエ様に、直接お仕えできるのでとても光栄で幸せな仕事だった。私は二十歳で回復と浄化の上級魔法を使える、所謂天才という者でそれでカルキトロ国で大神官になった。でもそこにいるだけで国内に魔物を寄せ付けなかったり、その国を豊作にしてしまう聖女ユエ様には敵わなかった。


「シュタルク、ユエは、しゅき!!」

「なんという勿体ない有難いお言葉、聖女ユエ様どうか他の者にもお声をおかけください」


「やだ、私がしゅき、シュタルクだけ!!」

「それでは聖女ユエ様がお嫌でなければ、私はずうっと聖女ユエ様にお仕え致しましょう」


 こうして私は聖女ユエ様にずっと仕えることになった、そして聖女ユエ様が十五歳の大人になったら、なんと三十二歳になっていた私は彼女から求婚されるのだった。でもそんなことは今の私は何も知らずにただ真剣に聖女ユエ様にお仕えした、そしてロクトール国はとても豊かで幸せな国へと変わっていくのだった。聖女ユエ様のおかげで魔物の襲撃はなくなり、そして毎年のように作物は豊作になった。


 逆に聖女ユエ様がいなくなったカルキトロ国は落ちぶれていった、沢山の魔物があちこちに出現して民を殺してまわった。雨も碌に降らなくなり日照りに苦しみ、作物は僅かにしか実らなくなっていった。フリーデン第一王子とサージュという女は本物の聖女を追い出した、そんな愚か者として民の前で長く苦しむように火刑に処された、二人は悶え苦しんで死んでいったと噂話に私は聞いた。


 やがて立派な大人になった聖女ユエ様は、私にずっと求婚を繰り返し続けて、そして私たちは結婚することになった。私は神官という職を失ったが、聖女ユエさまの夫になり従者として仕えるようになった。私はずっと聖女ユエ様を妹のように思っていたが、ユエ様は違っていて最初から私を狙っていたと教えてくれた。私は魔法では天才だったが、女性の扱いはど素人だったので簡単にユエ様に篭絡された。


「ふふっ、とうとうカルキトロ国が隣国に攻め滅ぼされるそうね」

「ええ、このロクトール国が巻き込まれなければ良いですが」


「大丈夫よ、ロクトール国は私に何も悪いことをしていないもの」

「聖女ユエ様、神がそのようにおっしゃるのですか?」


「そうよ、だって私は神の娘だもの」

「そうだったのですか、それでは私たちはこれからも、ずっと二人で幸せに暮らせますね」


 そしてカルキトロ国の陥落の知らせを聞いて、聖女ユエ様はそれが分かっていたかのように微笑んでいた。幼い頃も大人になってからも聖女であるユエ様は、私にだけは微笑み慈悲深く接してくれた。逆に言えば私以外の者に聖女ユエ様は無関心で、時々きまぐれに奇跡を起こして人々から尊敬されていた。聖女であるユエ様の私への微笑みはずっと変わらなかった、彼女は欲しいものを全て手に入れることができた。


「ふふっ、私はずっとシュタルクだけが大好きだった。だから、あんな馬鹿な王子もカルキトロ国も大嫌いだったわ。今の私はとっても幸せよ、だってシュタルクはもう私だけのものだもの」

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