第6話

 綺麗なピアノ曲が流れています。


 私は流していませんし、蒼平さんも流していませんし、花子さんも流していませんし、首無しさんも流していませんが、部屋の中には綺麗なピアノ曲が流れています。


 音源はどこでしょうか。正直、探したくもありません。


「なんて曲? 首無しさん分かる?」


「音楽は花子さんの方が詳しいですよね。わたし、『エリーゼのために』しかクラシックの曲名なんて分からないですよ。でもこれ、よく流れている曲」


 幽霊さんたちの会話に、私は反応していました。


「クラシックピアノじゃないと思いますよ。クレイダーマン作曲だから比較的最近の曲です」


 言った瞬間、電子レンジから『チンッ!』ていう音が聞こえました。


「…………」


 まさか、このピアノの音源って……。


 私はキッチンに移動します。近づくほど、ピアノの音が大きくなります。


「す、素敵な演奏ですね……」


 言うと、透明な箇所ファインダーに女性の顔が映りました。巨大な目が顔の大部分を占拠していて、本来は演奏を褒めてくれた人を驚かせる幽霊だということに気付きました。


 電子レンジでピアノの演奏ってできるのですね──いや、できるはずないと思いますけど。とにかく私は尻餅をついたまま、彼女の演奏に拍手を送りました。



***



 結局、ラブイベントもないまま、蒼平さんとお別れすることになりました。そして同時に、最後にして最大の難関が私の前に現れます。


 夜です。これだけのホラーイベントのあと、一人で夜道を歩いて帰れるわけがありません。


「蒼平さん。途中まで送っていただけないでしょうか……」


 しかしピンチはチャンス。私は勇気を振り絞って、その一言を発しました。


「蒼平。送って行きなさい」


「え、でも」


「遊びに来た女の子を玄関で見送るなんて、最低だよ」


「乃々さんに迷惑かなと思って。送らせてもらっても良いのかな」


「はい! お願いします!」


 花子さんの後押しのおかげで、私と蒼平さんの一日は、延長戦に突入したのでした。



***



 でも玄関で見送ってもらった方が幸せでした。


 蒼平さんにも思うことがあったのでしょう。ずっとずっと思っていることがあったのでしょう。幽霊たちに囲まれていても、それに気付かないほどの鈍感さ。おそらく子供のときからその状況が当たり前で、疑問に思うことさえなかった。


 それでも記憶を改変したり、事実を歪曲することもなかった。だから彼は二人きりで歩いているそのとき、以前からあった疑問を口にしたのでしょう。


「乃々さん」


「はい」


「俺が乃々さんに傘を貸したのって、十三年前だよね。乃々さんって何歳いくつなの?」

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