Our Ways

横館ななめ

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 とことん何かに打ち込んでいるか?

 そう質問されて、どれだけの若者が自信をもって答えられるのかは分からない。でも、私には百二十パーセントの自信を持って答えられるものがある。ゴルフだ。

 ゴルフを始めたのは小学二年生の時、きっかけは近所に住んでいたおじいちゃんだった。私の両親は共働きで、放課後や週末はおじいちゃんの家で過ごすことが多かったのだが、あるときご褒美のソフトクリームにつられておじいちゃんに付き合ったゴルフの練習場のテレビで、宮里藍選手に出会った。

 周りの外国人選手より一回りも二回りも小さい身体で、それでも堂々と渡り合い勝負に勝ってしまう藍ちゃん(勝手に友達になった)はたくましく、そして何より格好良かった。その日のうちに、おじいちゃんに頼み込んで、練習場のキッズコースに申し込んでもらった。

 ゴルフを始めた瞬間から、私の夢はプロになることだった。

 少しだけ才能もあったのかもしれない。でもそれ以上に、本当に全てをかけてゴルフに打ち込んできた。苦しいことも多かった。だけどそのおかげで、結果がついてきた。ゴルフ留学していた岡山の高校生時代には、中四国の学生大会で優勝もした。

 高校を卒業してプロゴルファーになったら、出来るだけ早いタイミングでアメリカに渡る。そして、あの日藍ちゃんが立っていた戦いのフィールドに私も立つ。これまでと同じように、躊躇することなくその目的に向けて突き進むだけだった。突き進んでいける自信もあった。

 だが躓いた。プロテストに二回連続して落ちたのだ。

 プロテストが合格率5%以下の狭き門だということは分かっている。しかも毎年のように新しいヒロインが生まれる近年の日本の女子ゴルフは全盛期を迎えていると言って良いほどだ。

 ただ、この間までしのぎを削っていて、プロテストに合格した同級生の女の子たちがツアーの大会で活躍しているのだ。私に実力がないわけじゃないはずだ。だからこそ、余計に悔しくて悲しくてしょうがなかった。

 一発勝負のプロテストは本当に時の運だと思う。でもその一方で、私自身に何か足りないものがあるんじゃないか、変えないといけないのがあるんじゃないか、そう悩んでもいた。そんな時に、テレビから出演の依頼が来た。

 ゴルフバトルロワイヤルという、プロを目指す若手女子ゴルファーが十人で一番ホールからスタートし、ストロークプレイで毎ホール一人ずつ脱落者を決定、最終ホールまで生き残った一名が優勝するという番組だった。

 出場者が自分の娘くらいの歳だから親近感が湧くのか、あらぬ妄想を思い描ているのかは知らないが、中年のおじさんゴルファーたちの中では一定の人気があるらしく、ゴルフ場のラウンジでおじさんたちが推しの選手について話ししているのを何度も聞いたことがあった。

 私はゴルフ以外で人前に出るのが苦手だ。それでも、私が番組のオファーを受けようと決めたのは、いつもと違った経験をすることが、何かのきっかけになるんじゃないかと思ったからだ。解説のご意見番的なベテラン男子ゴルファーが試合中に選手にアドバイスしてくれるのも魅力だった。

 ほとんどの選手は私と同じような思いで参加を決めるんだと思う。だがその一方で、ゴルフに関係なく、ただテレビに出たいというだけの目立ちがりやも確かにいる。

 そんな子たちには負けたくないと正直思った。いや誰にも負けたくなかった。出る以上は優勝しかない。番組スタッフからのメールを読み返しながら、めらめらと闘志を燃やしているとスマホに着信が入った。

「もしもし。最近何球くらい打ち込んでる?」

 広島にいる香苗だった。挨拶もそこそこに、練習量を聞いてくるのはいつものことだ。

 香苗とは岡山の高校で一緒だった。香苗は広島から、私は香川からと、ゴルフのために越境してきているという状況が一緒だということもあったが、香苗と私が仲良くなったのは、ゴルフに打ち込む姿勢・情熱が近かったからだ。

 お互い切磋琢磨しながら、同じ目標に向けて頑張ってきた。そしてプロテストに連続して落ちて、今は地元に帰り敗残兵のように雌伏の時を送っているところまで一緒だった。私にとって香苗は、親友というよりは戦友だった。

「局の人には言わないでくださいって言われたんだけど、由佳には、一言言っとこうと思って。私今度、ゴルバトに出る」

「え、何月の乱!?」

「10月」

「うそ!!私も出る」

「ほんと!ちょっと、なんでそれなら連絡くれないのよ」

 香苗は怒ったようにそう言ったが、その言葉にはどこかほっとしたような響きがあった。

「ごめん。確かに言うなって言われてたってこともあるんだけど、そこまで頭が回らなかった」

「あのねえ、まあ、由佳らしいって言えば、由佳らしいけどね。どうせ、ご意見番男子プロのローテーション調べて、このプロだったら何を聞こうとか考えたり、番組とはいえ勝負は勝負って闘志燃やしたりしてたんでしょう」

 さすが付き合いが長いだけあって、全部お見通しだった。

「・・・はい、図星です」

「相変わらずね。じゃあ、あんたのその燃え上がる闘志にさらに油を注ぐ情報教えてあげようか。こっそり教えてもらったんだけど、10月の乱、美紀も出るらしいよ」

 香苗の一言にまさに私の闘志は噴火した。

 篠田美紀。通称ミッキーも、高校のゴルフ部のチームメイトだった。だが、美紀は一言でいえば、香苗や私とは真逆な存在だった。私たちにとってゴルフは人生そのものだったのに対して、美紀にとってゴルフはあくまでも人生の一部でしかなかった。いや、自分を輝かせるための一つの手段だと言ったほうが良いかもしれない。

 実際、美紀は輝いていた。見た目のかわいさや、ユニフォームにさえ現れる着こなしのセンスはひとまず横に置いておこう。恋愛を頂点とする女子高生プライベートの充実も置いておこう。何より私にとって輝いて見えたのは、美紀のゴルフのプレースタイルだった。

 そのプレーには私にはない華があった。試合でも、ずっと冴えないプレーを続けていたのに、最後の最後にスーパーショットを放ち土壇場で優勝をさらわれたようなこともあった。

 もっと真剣にゴルフに打ち込めばすごい選手になれるのに、才能を無駄にしている美紀に私は腹が立ってしょうがなかった。もっと正直に言えば、美紀を妬んでた。

 その美紀と同じ戦いの舞台に上がる。私は胸の底から武者震いが湧き上がってくるのをこらえきれなかった。

「面白くなってきたじゃないの、ガチゴルフ女子の実力見せてあげようじゃないの」

「ガチゴルフ女子、良いねえ。一緒に見せつけてやろう。ガチゴルフ女子、頑張るぞ!!」

「おーー!!」

                  

 雄たけびを上げた一か月後の試合会場。あっけに取られるっていうのはこういうことなんだと思い知らされるくらい、私はあっけにとられていた。

「香苗・・・」

 私の目の前に、今まで見たことのないお嬢様ゴルフファッションに、メイクまで完全装備の香苗が立っていた。

「違うの!これはほんと違うの!勘違いしないで。私、こんな格好だけど、気持ちはいつも通りのガチゴルフ女子だから。でも、あんたなら分かってくれると思うけど。ゴルフってお金がかかるの。親にもいつまでも甘えられないし。この番組ってさ、結構企業のお偉いさんとかも見てるらしくて、スポンサーが決まったりしてるって聞いてつい・・・。由佳、怒ってる・・・?」

 無反応な私に、香苗は拝むように詫びを入れてきた。でも、私は怒ってなんかいなかった。香苗の言っていることは理解できたし、それが香苗がゴルフに向き合うために考えた策なんだということも良く分かった。

 私が無反応だったのは、ただ単に私の視線が香苗の向こう側に行っていたからだ。

 私の視線の先、そこにはゴルフカートにもたれかかってインタビューを受ける美紀の姿があった。さっきはばっちりに見えた、香苗の格好が逆に中途半端でダサく見えてかわいそうなくらい(これなら私の全身ジャージ地ゴルフウエアの方がまだましだと正直胸をなでおろした)完璧な着こなしの美紀の姿が。

 美紀は、馴れた感じでカメラを正面から見据えて答えていた。

「今回の目標ですか?最近ユーチューブ始めたので、フォロワー1万人突破です!!あは」

 めらめらと燃え上がった心の中の炎が酸欠で消火するんじゃないかっていうくらいに燃え上がってきた。

 上等じゃない!!

 私の頭の中で、ゴルフ場には似合わない、戦の始まりを告げる銅鑼の根が鳴り響いた。

                                     

 香苗から送られてきた広島の工務店のホームページのURLを開くと、会社のロゴを付けたゴルフウェアを着たピースサインの香苗が写っていた。この間来たLINEには社長がゴルフ好きで、すごく応援してくれて助かっていると書かれていた。

 スマホを閉じようかと思ったが、いやなもの見たさで美紀のユーチューブを覗いた。「ゴルバトチャンピオン・ミッキーの今日は何日和?」は順調にフォロワー数を伸ばし、1万どころか5万人に迫っている。香苗にしても、美紀にしてもゴルバトの威力おそるべしだ。

「毎日ゴルフ日和に決まってるだろ」と突っ込みながら、美紀がはしゃぎながらパフェを食べる動画を見た。次の瞬間、目が釘付けになった。メイクばっちりの美紀の顔でも、盛りすぎて食べにくそうなパフェでもなく、スプーンを握る美紀の手に、目が釘付けになった。

 華奢でネイルばっちりの美紀の手。でもその手のひらには、しっかりと私の手のひらと同じクラブだこができていた。

 なんだやってんじゃないの。

 愉快だった。最終ホールで美紀に敗れて涙を流すというこれ以上ない屈辱をお茶の間にさらすことになったわけだが、それもどうでも良くなった。私はクラブを持って立ち上がり、再び練習に戻ることにした。

 ご意見番プロに教えてもらったショートアイアンをマスターするまでひたすら打ち込み続けるつもりだった。

 たしかに泥臭い。でもこれが私の生きる道だ。

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