第九話 軍人としての道、或いは 3
ハインツの勧めにより当面の拠点としてノーザンライツ本拠地を使用させてもらえることとなり、
来た時と同じように徒歩を交えた行程で森の横穴へと戻り、皆を連れて再びルメルシュへと向かう。
「ノーザンライツのハインツ・ベルクールだ」
「お初にお目にかかります。レイチェル・フロイデンベルクと申します」
「いやチェルモッカで会ってるんだが……」
それぞれの自己紹介を終えたところで、早速全員でブリーフィングを開始する。
王城へのゲート設置に関しては問題があるが、ノーザンライツの協力を得ることができた今となっては先行して彼らに城内に入ってもらい、
「それはちょっと……厳しいな」
ハインツが眉間に皺を寄せる。いくらゴールドランクと言えど、用もないのに城内をうろつくことは出来ないらしい。
「――だが、さっき言ってたゲートの件なら何とかなりそうだ」
ハインツは椅子から立ち上がり、室内を歩きながら言葉を続けた。
「実は明日、俺は王城に出向いて地下牢補修についての方針を決める会議に出席することになっている」
どうやら地下牢の補修にはノーザンライツも駆り出されていたらしい。
「で、だな……」
ハインツはメンバーの一人に歩み寄る。
「こいつはサフィール。ノーザンライツの紅一点で、王城お抱えの薬剤師だ」
他のメンバーの陰に隠れるようにして立っていた小柄な人物。
丈の長い真っ白のコートに、同じく真っ白の大きな三角帽という出で立ち。帽子の周囲に大きく伸びたつばによって顔は完全に隠れ、ゆったりしたシルエットの衣服のせいでその体形に関してもいまひとつ判然としない。
紅一点というからには女性なのだろうが、サフィールと呼ばれたその人物は数時間前に
「明日の会議はこいつと二人での出席なんだが……サフィール、すまないが帽子を取ってくれないか」
そう言われておずおずと帽子を脱ぐサフィール。その姿を見て、
レイチェルと似た背格好、髪色。
要はレイチェルがこのサフィールと入れ替わり、会議への出席に乗じて王城へ潜入しようという事なのだ。
レイチェルの髪が腰まで伸びているのに対してサフィールは肩までと長さの違いはあるが、白装束に大きな三角帽を被ったこの見た目であれば、衣服をまとえばそれと分からないだろう。
「これなら……!! 髪はまとめ上げて帽子の中に――」
「だろ? その上俺と一緒なら怪しむヤツはいない」
「そうですわね。でも、万全を期すならば――」
レイチェルはつかつかとハインツに歩み寄ると、その腰のナイフに手をかける。
そしてその次の瞬間――彼女の美しい髪は彼女自身の手によって、ばっさりと切り落とされていた。
しなやかな金色の髪が宙を舞う。
唖然とする一同。けろりとした表情のレイチェル。
止める暇がなかった。それほどに迷いがなく、流れるように自然な動作であった。
「――やはりナイフでは上手く切れませんわね。申し訳ございませんが後でどなたか整えて下さいまし」
「オ、オ……オイィィィィィ――――!!!!」
その後――。
この一件でレイチェルを除く全員が激しく動揺し集中力を削がれる事態とはなったものの、なんとかゲートの設置箇所を地下牢内とするところまでは決定し、ひとまずこの場は解散という事になった。
「よし、じゃあこれからの予定についてだが……」
ハインツたちが王城に出向くのは明日の朝。今からでもまだ時間は十分にある。まずは休息をとるのが先決という事で、
「どうぞ、こちらです。皆さんそれぞれに個室を用意していますよ」
キリエの案内で廊下を進む。
「でもほんとよかった。正直、ずーっと野宿だとキツいなーと思ってたのよねぇ。……お風呂とか」
「どうぞご自由に使ってください! 香油に蜂蜜、各種ハーブもご用意してありますよ」
――さすがの女子力。
ぼやきにも近いリリアナの呟きにさらりと完璧な返しを行い、キリエはレイチェルの方へ振り返った。
「あ、そうだ。姫様」
「レイチェル、で結構ですわ」
「はい、レイチェルさん。……その髪、よければ僕に任せていただけませんか? 僕、普段からメンバーの散髪もやってますし、結構得意なんです」
「まあ! 感謝いたします。是非お願いいたしますわ」
「後で準備してお部屋に伺いますね。……あ、
キリエはドアを開け室内へ進み入ると、明かりを灯した。
「カーテンは開けない方がいいと思います。少し暗いかもですがごめんなさい」
続いてクローゼットから着替えの寝間着を出し、きれいにたたみ直してベッドの上に置く。シーツの皺を伸ばし、落ちていた糸くずをついと拾ってゴミ箱へ捨てると、キリエは
「何か必要なものがあったら遠慮なくお申し付けください。あと、お腹が空いたら食堂へどうぞ。お食事をご用意します。ご用事があるときはいつでもこちらでお呼びくださいね」
呼び鈴を置いて、キリエが部屋から出ていく。
「――是非嫁に欲しい」
思わず口をついて出た言葉。
本人がその場にいないことに安堵しつつ、自分が割と本気でそう思ってしまったことに衝撃を受ける。
部屋は
この長かった一日の出来事が次々と頭の中に浮かぶ。再三にわたり訪れる危機的状況をステラたち、そしてハインツたちの助力で何とか回避し、自分は今この状況に身を置くことができている。
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