第七話 偽りの正義、虚像国家 1

 ラットウッズでの任務から数日。暁ノ銀翼はリドヘイム王城からの呼び出しを受けた。

 セレニア軍将校のレイチェルとそのエンティティを捕らえた功績により特別褒賞が出ることとなったのだ。

 メンバーを代表してリリアナと詠太えいたの二人が王城へと出向き、国王より直々にお褒めの言葉を賜る。こういった場合の礼節などわきまえていない詠太えいたではあったが漫画やアニメから得た知識も馬鹿にはできないもので、ぎこちないながらも何とかこの大役を果たし、謁見の間を後にすることができたのであった。



「ふぃー、緊張したー!」


 王城の廊下を歩きながら、詠太えいたが安堵のため息をついた。

 緊張から解き放たれ、自然と二人の口も軽くなる。


「いやー、圧が凄かったな! 王様、大臣、それと警護の兵士がずらりだぞ」

「確かに壮観だったわね。でも捕虜を取ったぐらいで特別褒賞なんて……あのレイチェルっての、結構大物なのかしら?」

「それは知らないけど――まぁ貰えるものはありがたく貰っておけばいいんじゃないか?」


 詠太えいたの手にはずしりと重い褒賞の袋。この重さからも功績の大きさが窺い知れる。


「なんか討伐隊ランクも上がるって話してたよな」

「そう! バッジだって新しくなったのよ!」

 リリアナは胸についたバッジを外し、受け取ったばかりの新品に付け替える。

「どう? どう?」

「今までが黄銅 《ブラス》だよな。今度のランクは何なんだ?」

「何と一気に二段階アップよ! 青銅 《ブロンズ》を飛び越えて白銅 《キュプロ》なんだから!!」

「はぁっ!? 結局銅かよ!!」


 一瞬の沈黙。


「……バカねー、おんなじ銅でも重みが違うわよ重みが! ふふん♪」

 普段であれば討伐隊を揶揄するような軽口はリリアナの逆鱗に触れる場合がほとんどなのであるが、今日のリリアナは至って上機嫌だ。

 これまで長らく自分一人でやってきた暁ノ銀翼が今や七名のメンバーを有し、国王からの褒賞を受けるまでになったのだから、リーダーとして感慨も一入ひとしおなのだろう。

 それについては詠太えいたも同様で、自分の所属するチームが認められたことに多分な誇らしさを感じる。帰ったら早速特訓をしようなどと、詠太えいたは珍しく殊勝なことを考える、のだが――


「ところで……」

「うん」

「ここ、どこだよ」

「知らないわよ」


 今二人が歩いているのはおよそ王城には似つかわしくない石詰みの廊下。カビ臭い通路の左右には鉄格子の嵌められた狭い部屋がいくつも続いている。


「これ……どう見ても地下牢よね?」

「ああ、確か下りの階段を通ったっけ」

「……上りもあったわよ?」

「……………………」


「「…………迷ったぁーー!!」」


 延々と続く監房に囚人の姿はない。看守の姿も見当たらない。

 どこまで行っても代わり映えのしない入り組んだ通路を、二人はただ闇雲に進み続ける。


「あー!! どーすんだよこれ! このままじゃ一生ここで暮らすハメに――」

「しっ! ……声がする」

 リリアナが不意に立ち止まった。

 詠太えいたが耳を澄ませると――確かに誰かの話し声が聞こえる。二人は声のする方向へと歩き始めた。


 笑い声などを挟んで何やら楽しそうな雰囲気の声を頼りに進み、あと一つ角を曲がれば声の主にたどり着く――その時であった。


「オラァ! もっと足広げろっつってんだろうがァ!!」


 突然の怒号に、詠太えいたとリリアナは顔を見合わせた。素早く壁際に身を寄せて様子を伺う。

 曲がり角の先、扉が開け放たれた監房の中に二人のオーク兵が見える。兵装からするとリドヘイム正規軍兵士だろう。そして、その二人の間で柱に括りつけられた人物が一人。


「あれは――」


 先日詠太えいたたちが捕らえた、セレニア軍のレイチェルだ。


「――メイはッ! メイファンはどうしているのですッ!?」


 太ったオークと背の低いオーク。その間に挟まれ、気丈に声を張り上げるレイチェル。

 上質な生地を用いて丁寧に縫製されたであろう彼女の服はそのあちこちが引き裂かれて、かろうじて体に留まっている状況。さらに剥き出しとなった肢体にはその至るところにアザや傷――


「――――!!」

 反射的に飛び出しそうになる詠太えいたを、リリアナが咄嗟に制止する。


「――メイファン? お前のエンティティか? 別んトコで収監中だ。もう会うこともねえよ」

「このままチャージもできずに消滅だ。……捕らえたエンティティは消滅させるのが軍規だからなぁ!」

 オークたちは代わる代わるに非道な言葉をレイチェルに浴びせる。

「あっちはあっちでいい慰みものになってるんじゃねえの? あんなゴツい体してても一応は女だからな」

「おー、俺はヤだねえ。女ってのはこう、華奢じゃないと。例えば……アンタみたいにさ」


 そう言うと背の低いオークは手にした警棒をレイチェルの衣服の裾から差し入れた。

「待ちなさい、何を……キャアッ!」

「何をって……痛いのよりコッチの方がいいだろ?」


 下卑た笑いを浮かべるオーク。

 警棒がゆっくりと衣服の裾を捲り上げていく。


「このっ……人でなし……っ!!」

「おい、『人でなし』だってよ」

「つっても俺ら……オークだしなあ?」

「ぶっ!! ぶひゃひゃひゃひゃ!!!」


 オークたちの下品な笑い声が石壁に反響し、詠太えいたの頭の中で悪夢のように渦を巻く。

 俺はいったい何を見せられているんだ。

 気付けば――体が動いていた。


「……おい」

「あん?」


 振り向いたオークのにやけ顔を、詠太えいたの拳が打ち抜いた。


「ごぶゅっっ!!」

 太ったオークがもんどり打って倒れ込むと同時に、背の低いオークが飛びのいて距離を取る。


「……リリアナ、ひとつ聞いていいか」

「なによ」

「コイツら――やっちまっていいよな?」

「今――アタシも同じことを聞こうと思ってたわ!」


 電光石火。

 詠太えいたの問いに答えるが早いか、リリアナの拳がオークの鼻面を正確に捉える。

 さらに素早く距離を詰めての二撃、三撃。いつか自称していた疾風のリリアナの異名は伊達ではないようだ。

 それに呼応するように詠太えいたも猛然と追撃にかかる。元々討伐隊として戦闘経験を積んできたリリアナはともかく、詠太えいたもこちらの世界に来て随分と腕っぷしが強くなったもので、オーク兵二人がボロ雑巾と化すまではさほどの時間を要しなかった。



「大丈夫か」

 詠太えいたはレイチェルの拘束を解き、自らの上着を脱いで羽織らせた。

「あなた方――」

 レイチェルはぽかんとした顔で詠太えいたの顔を見つめている。自分とそのエンティティを捕虜にした張本人に助けられたのだ。理解が追いつかないのも仕方のないところだろう。

「いや、まあ何というか……今のはさすがにちょっと見過ごせなくて――」


 ウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥ――――――――――――

 突如、詠太えいたの言葉を遮るように大音量のサイレンが鳴り響く。オークが警報ボタンを押したようだ。


「あっ……ちゃー。サイアク」

 リリアナが頭を抱える。

「大丈夫。コイツらが道に外れたことをしていたんだ。事情をちゃんと説明すればわかってもらえるさ」


 騒ぎを起こしたことは咎められるかもしれないが、理はこちらにある。オーク兵のやっていたことを報告すれば、両者ともに正当な裁きが下るだろう。警報によって駆け付けた番兵たちに包囲されながらも、詠太えいたはそのように考えていた。



「――と、いう事なんだ」

 詠太えいたは集まってきた番兵たちを前に、毅然とした態度で今見た出来事を説明した。

「いくら収監中の捕虜とはいえ、これが正規兵のすることなのか?」

 しかし。

 説明を終えても番兵たちは無言のまま。周囲に不穏な沈黙が流れる。


 ――あれ?


 説明に不備はなかったはずだ。しかしどうも番兵たちの反応がおかしいというか、意図したものではないというか、奇妙な違和感がある。

 やがて一人の番兵の言葉により、その違和感は現実となった。


「……ケッ、バカが」


 ――えっ?


「こんな民兵なんかにやられてんじゃねぇよ、豚が」

 そう言って、倒れているオークを蹴りつける。


 ――えっ、えっ??


「あのさぁ、民兵クン……俺らは国の正規兵ではあるけどよ、だからって法と秩序の番人って訳じゃねえんだわ。そんなドヤ顔でチクり入れられてもよ、ああそうですかってなモンでよ」

 番兵たちの間でどっと笑いが起こる。同時に彼らは一斉に詠太えいたを囃し立てた。

「ボクゴメンねぇー、夢壊しちゃってぇ」

「ランクは……白銅 《キュプロ》か。雑魚だな」

「こういう正義漢ぶった奴が一番腹立つわー」


 次々と浴びせられる悪口雑言。自国の正規兵たちの思いもよらない振る舞いに、詠太えいたたちは当惑し言葉も出ない。


「――あ! こいつサキュバスじゃねえか! よし、男はぶっ殺して、お楽しみと行こうぜ」

 番兵の一人が腰から剣を抜き、その切っ先を詠太えいたに向けた。その顔からは先程までの笑みが消え、訓練された兵士の表情になっている。


 ――コイツら、まともじゃない……


 やるしかない。

 武器は入城の際に預けてしまっている。持っているものと言えば褒賞の袋ぐらいのものだが、これを振り回したところで大した武器にもならないだろう。

 それ以外にも人数の差、王城内というシチュエーション……状況は詠太えいたたちにとって非常に分が悪い。しかし、だからこそ――他の兵士が加勢に入る前に、先手必勝でやるしかない。まずこの一人を打ち倒すことで場の空気を制し、なんとか突破口を見つけなければ。

 詠太えいたが決意を固めたその時――


「何ですか全く、騒々しい」


 穏やかだがよく通る声が地下牢に響く。現れたのは先ほど謁見の間にいたあの大臣だった。


「おや。あなたたちは……このようなところでどうしました?」

 大臣はそう言って周囲を見渡した後、やや大げさに表情を曇らせた。そしてそのまま詠太えいたたちに歩み寄り、深々と頭を下げる。

「いや……まずはこの度の兵の非礼を詫びましょう。――剣を収めなさい。相手は丸腰ではないですか」

 この大臣は話が通じそうだ。詠太えいたはほっと胸を撫で下ろした。


「何が起こったのか、説明していただけますか?」

 大臣は番兵の一人に問いただした。

「こっ、この二人ッ! いきなりやってきて牢番をボコボコに……」

「それは元々こいつらが――」

 詠太えいたの弁明をかき消すように、別の番兵が報告を重ねる。

「そればかりか、収監中の王女にまで手を――」


 瞬間――

 大臣の顔からすっ、と表情が消えた。


「……あなた、今何と」

「えっ? …………あっ! 申し訳――」


 閃光が走る。

 番兵がいたはずの場所には、わずかに黒い塊が残るのみ。


 ――何が……起きた?


「ふぅ。なるべく穏便に済ませようと思っていましたが……」

 大臣は顔色一つ変えずに詠太えいたに視線を向ける。


「今……。聞いてましたよね? この者が実はセレニア王女であること……そしてセレニアの魔力基盤を支えているこの王女を、私たちが秘密裏に処刑しようとしていること」

「え? いやそこまで聞いてな――」

「……おや、そうでしたか。ふふ、まあどちらでも一緒です。ここで始末してしまうのですから」


 何かがおかしい。

 今、詠太えいたが対峙しているのはリドヘイムの正規兵と大臣のはずだ。その立場と言動の乖離が頭の中でうまく結びつかず、詠太えいたの思考が追いつかない。


「この使えない兵士たち共々、消えていただきましょう」

 大臣が右手をすうっ、と上げる。


 ――来る!


 電撃なのか炎なのかわからないが、番兵を消し炭に変えたあの攻撃。

 眩い光があたりを覆い、眼前が真っ白になる。


 ――まずいまずいまずいまずい!!!!


 詠太えいたは思わず目を閉じた。

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