第七話 偽りの正義、虚像国家 1
ラットウッズでの任務から数日。暁ノ銀翼はリドヘイム王城からの呼び出しを受けた。
セレニア軍将校のレイチェルとそのエンティティを捕らえた功績により特別褒賞が出ることとなったのだ。
メンバーを代表してリリアナと
「ふぃー、緊張したー!」
王城の廊下を歩きながら、
緊張から解き放たれ、自然と二人の口も軽くなる。
「いやー、圧が凄かったな! 王様、大臣、それと警護の兵士がずらりだぞ」
「確かに壮観だったわね。でも捕虜を取ったぐらいで特別褒賞なんて……あのレイチェルっての、結構大物なのかしら?」
「それは知らないけど――まぁ貰えるものはありがたく貰っておけばいいんじゃないか?」
「なんか討伐隊ランクも上がるって話してたよな」
「そう! バッジだって新しくなったのよ!」
リリアナは胸についたバッジを外し、受け取ったばかりの新品に付け替える。
「どう? どう?」
「今までが黄銅 《ブラス》だよな。今度のランクは何なんだ?」
「何と一気に二段階アップよ! 青銅 《ブロンズ》を飛び越えて白銅 《キュプロ》なんだから!!」
「はぁっ!? 結局銅かよ!!」
一瞬の沈黙。
「……バカねー、おんなじ銅でも重みが違うわよ重みが! ふふん♪」
普段であれば討伐隊を揶揄するような軽口はリリアナの逆鱗に触れる場合がほとんどなのであるが、今日のリリアナは至って上機嫌だ。
これまで長らく自分一人でやってきた暁ノ銀翼が今や七名のメンバーを有し、国王からの褒賞を受けるまでになったのだから、リーダーとして感慨も
それについては
「ところで……」
「うん」
「ここ、どこだよ」
「知らないわよ」
今二人が歩いているのはおよそ王城には似つかわしくない石詰みの廊下。カビ臭い通路の左右には鉄格子の嵌められた狭い部屋がいくつも続いている。
「これ……どう見ても地下牢よね?」
「ああ、確か下りの階段を通ったっけ」
「……上りもあったわよ?」
「……………………」
「「…………迷ったぁーー!!」」
延々と続く監房に囚人の姿はない。看守の姿も見当たらない。
どこまで行っても代わり映えのしない入り組んだ通路を、二人はただ闇雲に進み続ける。
「あー!! どーすんだよこれ! このままじゃ一生ここで暮らすハメに――」
「しっ! ……声がする」
リリアナが不意に立ち止まった。
笑い声などを挟んで何やら楽しそうな雰囲気の声を頼りに進み、あと一つ角を曲がれば声の主にたどり着く――その時であった。
「オラァ! もっと足広げろっつってんだろうがァ!!」
突然の怒号に、
曲がり角の先、扉が開け放たれた監房の中に二人のオーク兵が見える。兵装からするとリドヘイム正規軍兵士だろう。そして、その二人の間で柱に括りつけられた人物が一人。
「あれは――」
先日
「――メイはッ! メイファンはどうしているのですッ!?」
太ったオークと背の低いオーク。その間に挟まれ、気丈に声を張り上げるレイチェル。
上質な生地を用いて丁寧に縫製されたであろう彼女の服はそのあちこちが引き裂かれて、かろうじて体に留まっている状況。さらに剥き出しとなった肢体にはその至るところにアザや傷――
「――――!!」
反射的に飛び出しそうになる
「――メイファン? お前のエンティティか? 別んトコで収監中だ。もう会うこともねえよ」
「このままチャージもできずに消滅だ。……捕らえたエンティティは消滅させるのが軍規だからなぁ!」
オークたちは代わる代わるに非道な言葉をレイチェルに浴びせる。
「あっちはあっちでいい慰みものになってるんじゃねえの? あんなゴツい体してても一応は女だからな」
「おー、俺はヤだねえ。女ってのはこう、華奢じゃないと。例えば……アンタみたいにさ」
そう言うと背の低いオークは手にした警棒をレイチェルの衣服の裾から差し入れた。
「待ちなさい、何を……キャアッ!」
「何をって……痛いのよりコッチの方がいいだろ?」
下卑た笑いを浮かべるオーク。
警棒がゆっくりと衣服の裾を捲り上げていく。
「このっ……人でなし……っ!!」
「おい、『人でなし』だってよ」
「つっても俺ら……オークだしなあ?」
「ぶっ!! ぶひゃひゃひゃひゃ!!!」
オークたちの下品な笑い声が石壁に反響し、
俺はいったい何を見せられているんだ。
気付けば――体が動いていた。
「……おい」
「あん?」
振り向いたオークのにやけ顔を、
「ごぶゅっっ!!」
太ったオークがもんどり打って倒れ込むと同時に、背の低いオークが飛びのいて距離を取る。
「……リリアナ、ひとつ聞いていいか」
「なによ」
「コイツら――やっちまっていいよな?」
「今――アタシも同じことを聞こうと思ってたわ!」
電光石火。
さらに素早く距離を詰めての二撃、三撃。いつか自称していた疾風のリリアナの異名は伊達ではないようだ。
それに呼応するように
「大丈夫か」
「あなた方――」
レイチェルはぽかんとした顔で
「いや、まあ何というか……今のはさすがにちょっと見過ごせなくて――」
ウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥ――――――――――――
突如、
「あっ……ちゃー。サイアク」
リリアナが頭を抱える。
「大丈夫。コイツらが道に外れたことをしていたんだ。事情をちゃんと説明すればわかってもらえるさ」
騒ぎを起こしたことは咎められるかもしれないが、理はこちらにある。オーク兵のやっていたことを報告すれば、両者ともに正当な裁きが下るだろう。警報によって駆け付けた番兵たちに包囲されながらも、
「――と、いう事なんだ」
「いくら収監中の捕虜とはいえ、これが正規兵のすることなのか?」
しかし。
説明を終えても番兵たちは無言のまま。周囲に不穏な沈黙が流れる。
――あれ?
説明に不備はなかったはずだ。しかしどうも番兵たちの反応がおかしいというか、意図したものではないというか、奇妙な違和感がある。
やがて一人の番兵の言葉により、その違和感は現実となった。
「……ケッ、バカが」
――えっ?
「こんな民兵なんかにやられてんじゃねぇよ、豚が」
そう言って、倒れているオークを蹴りつける。
――えっ、えっ??
「あのさぁ、民兵クン……俺らは国の正規兵ではあるけどよ、だからって法と秩序の番人って訳じゃねえんだわ。そんなドヤ顔でチクり入れられてもよ、ああそうですかってなモンでよ」
番兵たちの間でどっと笑いが起こる。同時に彼らは一斉に
「ボクゴメンねぇー、夢壊しちゃってぇ」
「ランクは……白銅 《キュプロ》か。雑魚だな」
「こういう正義漢ぶった奴が一番腹立つわー」
次々と浴びせられる悪口雑言。自国の正規兵たちの思いもよらない振る舞いに、
「――あ! こいつサキュバスじゃねえか! よし、男はぶっ殺して、お楽しみと行こうぜ」
番兵の一人が腰から剣を抜き、その切っ先を
――コイツら、まともじゃない……
やるしかない。
武器は入城の際に預けてしまっている。持っているものと言えば褒賞の袋ぐらいのものだが、これを振り回したところで大した武器にもならないだろう。
それ以外にも人数の差、王城内というシチュエーション……状況は
「何ですか全く、騒々しい」
穏やかだがよく通る声が地下牢に響く。現れたのは先ほど謁見の間にいたあの大臣だった。
「おや。あなたたちは……このようなところでどうしました?」
大臣はそう言って周囲を見渡した後、やや大げさに表情を曇らせた。そしてそのまま
「いや……まずはこの度の兵の非礼を詫びましょう。――剣を収めなさい。相手は丸腰ではないですか」
この大臣は話が通じそうだ。
「何が起こったのか、説明していただけますか?」
大臣は番兵の一人に問いただした。
「こっ、この二人ッ! いきなりやってきて牢番をボコボコに……」
「それは元々こいつらが――」
「そればかりか、収監中の王女にまで手を――」
瞬間――
大臣の顔からすっ、と表情が消えた。
「……あなた、今何と」
「えっ? …………あっ! 申し訳――」
閃光が走る。
番兵がいたはずの場所には、わずかに黒い塊が残るのみ。
――何が……起きた?
「ふぅ。なるべく穏便に済ませようと思っていましたが……」
大臣は顔色一つ変えずに
「今……。聞いてましたよね? この者が実はセレニア王女であること……そしてセレニアの魔力基盤を支えているこの王女を、私たちが秘密裏に処刑しようとしていること」
「え? いやそこまで聞いてな――」
「……おや、そうでしたか。ふふ、まあどちらでも一緒です。ここで始末してしまうのですから」
何かがおかしい。
今、
「この使えない兵士たち共々、消えていただきましょう」
大臣が右手をすうっ、と上げる。
――来る!
電撃なのか炎なのかわからないが、番兵を消し炭に変えたあの攻撃。
眩い光があたりを覆い、眼前が真っ白になる。
――まずいまずいまずいまずい!!!!
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