第四話 詠太、オトコの矜持 3

 それから数日。詠太えいたは空き時間を利用して例のチームを探す忙しい日々を送っていた。

 持っている情報は男四人に女一人というメンバー構成、そしてその女が人魚であるという事だけである。


 まず手始めに行った兵士詰所での問い合わせでは、そのようなチームは存在しないとの返答を受けた。

 それを聞いて真っ先に脳裏に浮かぶのは以前のレッドファルコンのようなニセ討伐隊の可能性――。


「それとも……人魚を連れている事がバレるとマズいのか?」


 ヴィムル湖の任務の際に聞いた話の通り、人魚はこの世界では希少種であり、国家レベルの保護を受ける存在らしい。その召喚についても厳しく制限され、国からの許可が下りなければ自由に召喚することはできないとのことだ。

 討伐隊メンバーとして認可を受けるためには名前や性別の他に種族の登録も必須となる。

 もし彼女が人魚であることを知られてまずい理由があるならば、召喚契約は結んでおきながらもチームメンバーとしての登録は行っていないというケースも考えられる。


 となれば――あとは足で探すしかない。

 以降、詠太えいたは街のいたるところで情報を集め、チームの足取りを追っていた。



「さて、と……」

 この日、詠太えいたが訪れたのはルメルシュ中心部から少し外れたとある酒場。それらしきチームがここを溜まり場にしているという情報を頼りにやってきたのだった。


 中へ入り、店内をぐるりと見回す。

 いたって普通の酒場だ。全体的に小綺麗で客の質もそう悪い感じではなく、詠太えいたの想像していたような不穏でいかがわしい雰囲気は微塵もない。

 今日もハズレか、と肩を落とし店を出ようとしたその時――


「ガハハハ!」

 背後から聞こえてきたこの笑い声。聞き覚えのある声だ。

 声のした方向を振り返ると――店の奥に別室へ続く入口が見えた。


 見落としてたか――


 内部は暗がりとなっていてよく見えない。気取けとられないよう慎重に近付き、中を覗き込む。


 ――いた!

 間違いない。あの時の男たちと、人魚のエンティティ。

 詠太えいたは一直線に歩を進め、リーダーとおぼしき大男に声をかけた。


「ちょっといいか」

 男たちが一斉に詠太えいたの方を向く。――が、当の大男は詠太えいたのことを気にも留めぬ様子で悠々と酒をあおり続けている。

 女性も詠太えいたの顔を見て一瞬はっとした表情を見せたのだが、ひと言も発することなく下を向いてしまった。


「なんだテメェはぁ?」

「おめぇどっかで……? ああ、思い出したぞ! お前、あの時の下っ端チームの奴だな!」

 声を荒げる子分格の男たちを無視し、詠太えいたは大男に質問を投げかける。

「彼女は……アンタたちのチームの一員なのか?」

 大男は椅子に座ったままゆっくりと詠太えいたに視線を向けた。

「あ? そうだが何か文句でもあんのか」


 詠太えいたは大きく息を吸い込むと、男の目を真正面から見据えて言った。

「このルメルシュで登録済の討伐隊に、人魚のメンバーがいるチームはない」

 このひと言に、男の顔色が変わる。

「何を……」

「彼女は人魚だろ? 人魚は国に保護されている種族。召喚契約にも許可が必要なはずだ」


「テメェ……」

 男が女性を睨みつける。

 女性は顔を伏せたまま、固まったように動かない。


「アンタは彼女を自分のエンティティだと言った。それに対して国の許可がどうのこうの言うつもりはない。でも――彼女は失踪したお姉さんを探さなければならない身の上なんだ。できれば……契約を解除して自由にしてやってもらえないだろうか」


「なんだテメェ、俺らに喧嘩売ってんのか?」

「黄銅 《ブラス》風情が黒鉄 《アイアン》のチームに随分偉そうな口きくじゃねえか!」

 一斉に立ち上がる子分たちを制し、男は穏やかに言う。

「まあ待て。この兄さんは俺のお客さんだ」


 男は席を立って詠太えいたに歩み寄り強引に肩を組むと、耳打ちするように語りかけた。

「確かに女はチームに登録されてねえ。そして人魚なのも間違いはねえ。だがなぁ、こっちは召喚許可だってキッチリ取ってんだわ」

「!?」

「正式な契約なんだからよぉ、サマナーがエンティティをどう使おうと、そこはもう外野のお前が口を出せる話じゃねぇのよ」

 迂闊だった。詠太えいたは先入観から勝手に無許可での召喚と決めつけ、あまつさえ人魚召喚の事実を交渉の切り札に使おうとまで思っていたのだ。


 男はさらに言葉を続ける。

「……アイツが人探しをしてんのも知ってるよ。アイツはもともと二匹で暮らしててなあ。一匹目をさらった時、家ん中の生活痕からもう一匹いると踏んで、日を空けて戻ってみたら大当たりってワケだ」

「……っ!!」


「最初のはすぐに売っ払っちまったけどよ、あっちは手元に残しとけばなんかの役に立つかと思ってな。……でも、もういいかぁ」

 男は女性の方へ向き直り、声を張り上げた。

「さあ、衝撃の事実の発表だ! 俺たちはお前の姉ちゃんをさらって売り捌き、お前自身も騙して召喚契約を結ばせた悪党様よ! ……まあそろそろお前もお払い箱だがな!」


 その言葉に女性は驚きの表情を見せ、両手で顔を覆う。

 今、男から告げられた内容は彼女の心を深く抉るものであっただろう。椅子に座ったまま力なくうなだれる彼女の肩はかすかに震えている。

 男はそれを満足気な顔で見届けると、詠太えいたの方へ振り返ってこう続けた。

「契約を解け? 解いてやるさ、アイツを売人に引き渡した後でなぁ! これで満足か?」


「お前ら……! こんなこと……こんなこと……っ!」

「許せねえってかぁ? だったらどうすんだよ。お上にでもチクッてみるか? コイツの姉ちゃんの件も何一つ証拠はねえし、コイツとの召喚契約も許可を取ってのことだ。俺らには何も罰せられる理由はねぇんだよ! ……まぁチーム外のヤツを任務で動かしてたってことで、ちっとぐらいお小言食らうかもなぁ」

 男が勝ち誇った視線を詠太えいたに向け、対する詠太えいたは反論もできずに唇を噛む。


「クッ……!」

「どうした兄ちゃん、もうお手上げか? 面白くねえ。じゃあ、そうだなぁ……こんなのはどうだ」

 男は女性に近寄りその髪を鷲掴みにすると、そのまま力任せに持ち上げた。

「ひっ!?」

 無理矢理立たせられた格好の女性は悲鳴を上げ、苦悶に顔を歪める。


「コイツを賭けて俺と勝負しろ!」

「やめろっ!!」

「あ? 『ヤメロ』? 何言ってんだお前。勝負すんのかしねぇのか、それを聞いてんだよ」 

 男の顔から一瞬にして表情が消える。男が喋るのに合わせて髪の毛を掴む拳が揺れ動き、そのたびに女性が苦痛の声を漏らす。


「やめてくれ……」

「受けないなら受けないでいいぜ。そん時はコイツを売っ払うだけだ」

「そんなつもりで来たんじゃないんだ! それに、俺たちは討伐隊――」

「討伐隊としての争い事じゃねえ。俺とお前、あくまで個人。互いの意思で決闘をするんだ。それに対してのお咎めはねえよ」


 男は詠太えいたの属する暁ノ銀翼が最低ランクの黄銅 《ブラス》と知った上で、卑怯にも勝負を仕掛けてくる。討伐隊ランク、体格差……それが無茶な申し出であることは明らかであった。


「お前が勝ったら言う通りコイツとの契約を切ってグリモワールをお前に渡そう。ただし! 俺が勝ったら……」

 男が気味の悪い笑みを浮かべる。

「お前、あん時カワイイねーちゃんたち連れてたよなあ。……アレ全員ウチのチームに貰おうか」

「……!?」


 話し合いで何とかなる連中じゃなかった。

 いや、そもそもそれは少し考えればわかる事。実際に交渉を行うにあたっての調査、準備――詠太えいたにはそれらが圧倒的に足りていなかったのだ。


 クソッ、どうすれば……どうすれば――


「……わかったわ」

「!?」

 詠太えいたを押し退け、男の前へ進み出た人物。詠太えいたはその声をよく知っていた。

「リリアナ!?」

 さらにマリアとメリッサが、詠太えいたの両脇を固めるように現れる。


「わかったから、その手を離しなさい」

「……いいぜ、コイツは大事な『賞品』だしな」

 リリアナの申し出に、男はおどけた様子で手を離した。支えを失いその場に崩れるように倒れ込む女性を、マリアが抱き起こす。


 リリアナは鼻を一つふん、と鳴らすと、詠太えいたの方にくるりと向き直った。

詠太えいた、アンタ何迷ってんのよ! そんなのアンタが勝てばいいだけじゃない!」

「え? いや、その……あれ? みんな……どうして」

 要領を得ない様子の詠太えいたに呆れるようにため息を一つつき、リリアナは言葉を続けた。


「アンタ、最近ちょいちょい一人でいなくなってたじゃない? 今日はみんなであとをつけてみようかって事になってね」

「そう……なのか。でも、この勝負の条件は――」


「アタシたちなんでしょ? そんなの気にしてないでバシッと勝って来なさいよ」

「全部見てたにゃ! ご主人、頑張って! メリッサ、ご主人はご主人がいいにゃっ!」

「心配無用。主殿の実力は既に、現在のランクを遥かに越えている」


 メンバーの言葉に、詠太えいたの心が落ち着きを取り戻す。

 みんなが俺を信用してくれている。俺の正義を応援してくれている。

 詠太えいたはひとつ深呼吸をし、それからゆっくりと振り返って静かに告げた。


「わかった。受けるよ」


 その瞬間――


「よぉーっし! その勝負、俺が見届けよう!」

 突然大きな声が響き渡る。

 周囲がざわつく中現れたのは……


「よっ」

「ハインツ!?」

 先日のチェルモッカ砦攻略戦で作戦指揮を務めた討伐隊ノーザンライツのリーダー、ハインツ・ベルクール。その後ろで何ともきまりの悪そうな顔をしているのはハインツのエンティティ、キリエだ。

 板張りの床をどかどかと踏み鳴らしながら、ハインツは心底楽しそうな顔で詠太えいたたちのもとに歩み寄る。


「なんだテメェはぁ!?」

「なあに、彼のちょっとした知り合いでね。決闘には証人が必要だろ? 古式に則って見届け人を名乗り出たってワケだ」

「……テメェ、コイツとグルじゃないだろうな」

「安心しろ。知り合いではあるが勝負に水を差すようなことはしないさ」


 噛みつく大男を軽くいなし、ハインツは詠太えいたの方に向き直る。

「さて詠太えいた。お前もそれでいいな?」

「……ああ」


「よし!」

 ハインツは満足気に頷くと、少々オーバーな身振りと共に仰々しく言い放つ。

「では両者名乗りを。それで決闘は成立だ」


「俺はイワン・ニコラエヴィチ・ポポフキン。討伐隊『ズヴェズダ』のリーダーだ」

秋月詠太あきづきえいた。討伐隊『暁ノ銀翼』メンバー」

 ハインツの言葉に男が応え、詠太えいたもそれに続く。居合わせた者たちの歓声に店内が沸き立つ中、たった今イワンと名乗った大男は詠太えいたの胸倉を掴んで顔をずい、と寄せた。

「勝負は一週間後の正午。街の西にある広場だ。いいな、逃げんじゃねえぞ!」

 吐き捨てるように言い残すと、イワンはメンバーを連れて店を後にする。


「邪魔だ邪魔だ! 道あけろオラァ!」

「おいおい、討伐隊が一般市民に迷惑を掛けるな!」

 ハインツが男たちを慌てて追いかける。


「すみません、隊長のせいで大ごとに……」

 申し訳なさそうな顔で詠太えいたに声を掛けてくるキリエ。

「いや、いいんだ。どっちみち受ける他はなかったし、それに……見届け人がいれば公正な勝負ができるだろ」

 イワンたちの後ろ姿を見送りながら、詠太えいたは静かに決意と覚悟を固めるのだった。

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