第5話 哀愁と黄金で暖かな時間

神谷は再び話しかけてきた。寂しげな老婆は、消えゆく記憶の中で人と繋がりたいのだろう。どこか不気味だが、話し相手でもしようと思った。


「真太郎お兄さん、那岐子は悲しいのです。寂しいのです。まるで自分が変人であるかのように、皆、そう扱うのですわ。」

「那岐子さん。この社会はおかしいですよね。弱者を無碍にするのですから。」


神谷はほとんど白髪になってしまったシニヨンから伸びる後毛を靡かせ、黄金の陽光を眩しそうにしみじみと話した。先ほどの虫唾の走る空気とは裏腹に、何故か共感してしまった。そのアンニュイな佇まいは、ほっと暖まるような感覚すら覚えた。きっと考えすぎていた為に、彼女のことを誤解してしまっていたのかもしれない。


私は人生を恨んだ。とは言えど、自分の境遇や環境を恨んでいるわけではない。世の中を生きる人間の使命を恨んだのだ。人は皆、働き、結婚し、子どもを産んで、子どもの結婚や孫やなにかを愛でなければならない。もちろん、多様性な社会化を目指して、社会は動いてはいるが、それは表面上の形に他ならない。そんな人の性を恨んでいるのだ。


「今日初めてのお客さんになってくれたのに申し訳ないけど、もう暗くなりそうだから神谷さん送って行ってくれる?」


店主の奥さんが声をかけて来た。十六時四十四分。確かにあと一時間もすれば日没だろうか。私は二つ返事で神谷さんを送ることにした。


栄えた地域の田舎は山のほうにある。急いで神谷を連れて、北西に伸びるわずか二両編成の電車に乗り込む。田舎の終電は都会の終電に比べてうんと早い。自分の祖母も生きていたとすれば、このくらいの歳だろうか。祖母は物心つく前に亡くなってしまった。子どもの頃は友人を見て、何故自分には祖母がいないのかと両親を困らせた。自分もそんな子ども時代があったなと小さく笑った。


「真太郎お兄さん、ありがとうねぇ。」

「いえ、女性を夕暮れに一人で帰すなんてことはできませんから。」

「そういえば、何で笑ったのかしら?」

「子どもの頃を思い出していたのですよ。祖母に会いたくても会えなかった。だから恋しかった。両親を困らせたなって。」

「それは、真太郎お兄さん、あなたの夢なの?なら叶えましょうよ。」


少々困惑した。しかし、この老婆は認知症なのだ。老婆に返事をしようとしたが、まるで少女のような優しげで無垢な顔を浮かべ眠っていた。

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