第2話 思い出のカフェ・マリア・テレジア

 大学二年生、世界史好きが講じて歴史学を専攻していたんだ。特にヨーロッパの帝国の貴族社会や文化に興味があって、その夏休みにかつてハプスブルグ帝国のあったオーストリアに行ってみたんだ。ホープブルグ宮殿やシェーンブルン宮殿を堪能して、カフェにも行ってみようとホープブルグ宮殿の横にあるカフェに行ってみたんだ。そこで一人でマリア・テレジアを飲む日本人の女性に出会った。それが妻なんだ。


 私は、そんな出会いがあるのかと感心しているうちに、いつの間にか彼の目が潤んでいるように見えた。気のせいではあると思う。彼は続ける。


 一昨日、その妻が亡くなった。ガンだった。また、彼女とオーストリアに行ってカフェでマリア・テレジアを飲みたかった。悔やんでも悔やみきれないし、彼女と行くために仕事を頑張っていたんだ。それが今は、何のために頑張ればいいのだろうか…。わからなくなってしまったんだ。それで今日、行きたくないと思っていたら、城田さんがたまたま座っていたんだ。


 彼にそんなことがあったのかと、私は純粋に驚いた。かける言葉が見つからない。だが、やはり仕事とは何のためにあるのか、ますますわからなくなってしまった。


「お話中すみません。お待たせしました。カフェ・マリア・テレジアとクリームソーダです。奥様の件、大変残念なお話です。よろしければ奥様の分もこちらをお召し上がりください。」


 サービスでザッハトルテをいただいた。二人は会話をしながらザッハトルテと飲み物を楽しんだ。ここのメニューはどれも美味しいな。


 彼と話してからどれほどの時間が経ったのだろうか。辺りは少し日が翳ったようだ。十二月の下旬、仕方のない話だ。ふと入り口の窓側の席を見ると一人の初老の女性がいる。


「マスター、あの女性はいつからいらっしゃったんですか。」

「ああ、彼女は電車で三十分の村に住んでる神谷さんだよ。うちの常連さん。でも認知症でね…。いつも決まって十五時に来店するんだ。」


 もう十五時を過ぎているのか。山下はマリア・テレジアの他にウイスキーも三杯飲んで、目の前で潰れていた。お酒に弱いみたいだ。神谷と目が合ってしまった。こちらを見てニコッと微笑み、こちらに向かってきた。

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