41.この世界の魔法

 翌日、待ちに待ったリジンの誕生日パーティーが開かれた。ロエルは誕生日当日よりも豪華なケーキを作ってくれた。色とりどりの食用花で飾られ、砂糖菓子でできた妖精つきのショートケーキだ。味も絶品で、直径三十センチあったケーキはあっという間に無くなった。


「――リジン、これ、わたしとフフランからの贈り物だよ」

「えっ、ピクシーボックスの包み紙じゃない。あの日、買ってたの?」

 フフランは鳩胸を膨らませて得意げに言った。

「オイラがリジンの気を引いてる間に、ロティアがこっそり買っておいたんだ! 気づかなかっただろう」

「ちっとも! 驚いたよ。ありがとう、ロティア、フフラン」

 ふたりと一羽はソファに並んで座り、贈り物を開けた。

「わあ、星の形のインク瓶?」

「うん。リジンの絵って言ったら、やっぱり星空色でしょう。だから、リジンには星がぴったりだなあと思ったの」

 リジンはシャンデリアの灯りにインク瓶をかざした。インク瓶のきらめきに負けないほど、リジンの目も輝いている。

「すごくきれいだね。ありがとう、大事にする。そうだっ。このインク瓶にオーケのインクを入れて、絵を描こうかな」

「おや、今から絵を描くのかい?」

 ソペットの声は弾んでいる。

「うん。今日のお礼に、みんなに絵を描きたいんだ。ロティアも魔法の準備できる?」

「もちろん! 杖を取りに行っても良い?」

「俺も部屋に画材取りに行ってくるよ」

「じゃあ、また十分後くらいに集合だなっ」

 ロティアとフフランとリジンは笑い合い、ダイニングルームのドアの前で別れた。



 杖を持って廊下に出ると、見慣れない女性が階段を下りているのが見えた。フフランが「ひょっとしてロエルさんか?」とつぶやくやいなや、ロティアはターッと駆け出した。

「ロ、ロエルさんですか?」

 女性は踊り場でピタッと立ち止まり、くるりと振り返った。長い髪を頭の下の方でお団子にまとめた顔は凛々しく、たくましい腕が半そでのシャツからのぞいている。

「はい。ロエルです。ロティアさま」

「あ、お仕事中にすみません。わたしたち、ロエルさんにずっとお礼が言いたくて」

 ロティアは音を立てないように注意しながら階段を降り、ロエルの正面に立った。フフランはロティアの頭の上に降り立つ。

 ロエルはリジンよりも遥かに背が高く、正面に立つと壁のような威圧感がある。ソペットの頭が上がらない理由がよくわかった。

「急で長い滞在にもかかわらず、すごくよくしてくださって、本当にありがとうございます。あ、お礼の贈り物もあって。今、お渡ししてもよろしいですか?」

「わたしに? ありがとうございます。ありがたく頂戴します」

 ロティアは急いで部屋に戻り、リジンの絵を踏まないように気を付けながら机の上のロエル宛の贈り物を手に取った。

 また急いで階段を降りると、ロエルの手にはさっきまではなかった紅茶のカップとポットが置かれたトレーと、魔法の杖が握られている。

「あ、ロエルさんも魔法が使えるんですか?」

「ええ。物に命を宿す魔法です」

「「えっ! 物に?」」

 ロティアとフフランの声に、ロエルは「ええ」とケロリとした表情で答えた。

「め、珍しい魔法ですね。わたし、魔法特殊技術局ってところで働いてて、いろんな変わった魔法を見てるんですけど、そういう魔法は初めて聞きました」

 そう答えながらも、少しリジンの魔法に似てるな、と思った。

「さようでございますか。確かにわたしも、わたし以外で使う人は知りませんね」

 ロエルは杖をトレーにかざし、杖を軽く振った。するとトレーはロエルの手を離れ、フヨフヨと階段の下へ降りて行った。

「この魔法のおかげで、わたしは一人でこの家を維持しつつ、足の不自由なソペットさんのお世話を一人でできているんですよ」

「へえ! すっげえなあ!」

「あの、ロエルさんの魔法について、質問させてもらっても良いですか?」

「どうぞ」

「ありがとうございます。えっと、命を宿した道具は、ロエルさんの言う通りに動いてくれるんですか?」

 もしそうなら、リジンの魔法ももっとコントロールできるかもしれない、という願いを込めて尋ねる。

 するとロエルは表情を変えずに肩を小さくすくめた。

「道具を思いのままに動かす魔法でしたら、言う通りに動いてくれるでしょうけど、わたしの魔法は『物に命を宿す』ですから。当然、個性があり、最初から従順な道具ばかりではありません」

 ロエルは「例えば洗濯ものなんかは、すぐに空を飛びたがります」と鼻にしわを寄せた。初めて見た表情の変化だ。ロティアは思わずフフッと笑った。

「言うことを聞かないこともありますから、そういう時は叱ったり、何が気に入らないか、時間をかけて観察したりします。それで仕事仲間としてうまくやっていけるように、すり合わせをしています」

「た、大変ですね。人と一緒に働くのと変わらないじゃないですか」

「そうですね。でも結局はわたしの魔法ですから、コントロールできることが多いですよ。魔法を解除するのもわたしの意志です。そういう意味では、勝手に命を宿されて、勝手に奪われて。残酷な魔法ですね」

 そう話すロエルの目は、少し悲しげに見えた。ロティアはハッとして、ロエルに一歩歩み寄った。

「そんなことは、無いと思いますっ。人間だって、説明もなしに、急に人間に解雇されたり、人間から突き放されたりすることはありますからっ」

 ロエルは切れ長の目をパチパチさせた後、小さく笑った。

「お優しいですね、ロティアさまは。でもご心配なく。わたしは自分の魔法について、リジンさまのように深刻には悩んでいませんから。魔法に限らず、持っていて嬉しい面しかないものはありません。何においても苦労はつきものです。できるだけ嬉しい面に目を向けて、うまく付き合っていけばよいのでしょうね」

「良い考えだな、ロエルさん」

 ロエルはフフランにも優しく微笑みかけ、「ありがとうございます」と言った。

「それではそろそろ失礼いたしますね。リジンさまも待っていらっしゃるでしょうし」

「あ、すみませんでした、長々と。あと、これ、ロエルさんへの贈り物です。いつもありがとうございます」

 ロエルは杖を持っている手と反対の手で包みを受け取り、会釈をして階段を下りて行った。


「……嬉しい面に目を向けて、うまく付き合う、かあ」

 ロティアがそうつぶやくと、フフランがそっと肩に飛び乗って来た。

「今のリジンならできるな、自分の魔法と」

「そうだね。よしっ、行こうっ。リジンが待ってるっ」

 ロティアは杖を握り締めて、階段を駆け下りた。

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