33.チャンス到来

「父さん、ジェフォー先生がいらしたそうよ」

 昼食の後、カード遊びをしているロティアたちのもとにマレイがやってくると、それまでご機嫌だったソペットの顔が急にしわしわになった。

「……はあ。もう往診の時間か」

「おじいちゃんったら、子どもじゃないんだから、往診くらいでそんな顔しないで」

「昨日はあんなに楽しかったのになあ。メリーゴーランドに、的当てゲーム、鳥占いに、観覧車まで。夢とは一瞬だなあ」

 リジンはクスクス笑いながら、ソペットの手を引いて、ソファから立ち上がらせた。

「今日だけは、帰ってもらうわけにはいかないかい?」

「ダメ。ちゃんとお薬が効いてるかどうかとか、足の様子とか見てもらって」

 言い聞かせるようにリジンがギュッと手を握ると、ソペットは唇を尖らせて、「孫が冷たい……」とつぶやいた。

 リジンが困った笑顔を浮かべると、ロティアとフフランもソペットに駆け寄った。

「戻ってきたらゲームの続きをしましょう、ソペットさん。それまでは別のことをして待ってます」

「ササッと行って、ササッと終わらせて来いよ、ソペットさん。そしたら遊び放題だぜ」

 ソペットは唇を尖らせたまま「うーん」とうなる。

「ロティアさんたちまで困らせないで、父さん。あんまりわがままを言うと、ロエルを呼びますよ」

「わかったっ。行こうっ」

 ロエルの名前が出ると、ソペットは急にシャキッと姿勢を正した。杖を手に取り、自らゆっくりと歩き出す。リジンはそれに合わせて歩き出した。

 その豹変っぷりにロティアとフフランが目をパチパチさせると、マレイはフフッと笑った。

「父はロエルには頭が上がらないの。わたしやリジンにはワガママを言うけど、ロエルには言えないのよ」

「どうしてだ?」

「ロエルには有無を言わせない雰囲気があるのよね。助かってるわ。あら、ロティアさんたちはロエルに会ったことがなかったかしら?」

「はい。いつもおいしいお食事と、周りのお世話をしていただいてばかりで。直接お礼を言えたらいいんですけど」

「ロエルは忙しいからねえ。でもロティアさんたちがお礼を言ってたって、伝えておくわ。それよりも……」

 マレイは廊下をチラッと見てから、ロティアに身を寄せてきた。

「父が往診を受けている間に、ロティアさんとフフランさんはリジンと一緒にお出かけしてきたら?」

「えっ!」

 ロティアが声を上げると、マレイは指を口元に当てて「シーッ」と言った。

「せっかくリジンのためにこの町に来てくださったのに、父がリジンにべったりなせいで、全然お話できてないでしょう。申し訳なくて」

「い、いえ。わたしも、どう話したらよいのか、わからなくなっていたので。昨日はすごく良い気分転換になりました。ありがたかったくらいです」

「でも、お休みは五日しかないんでしょう。もう三日目じゃない」

 もう三日目。時間は残されていない。マレイの言う通り、今が絶好のチャンスだ。

「……わかりました。それじゃあ、とりあえずリジンを誘って出かけてみます」

 マレイはパアッと笑顔を輝かせて、うなずいた。

「気を付けて行ってきてね。帰りの時間は気にしなくて良いわ」




 マレイが出て行くのと入れ替わりで、ソペットを自室に送ったリジンが戻ってきた。

「ごめんね、ロティア、フフラン。いつもはこんなに渋らないんだけど」

 そう言いながら、リジンはロティアの横のソファに座った。

「久しぶりにリジンがいるから、甘えたかったんじゃないか」

 フフランはリジンの肩に飛び乗り、「かわいい孫だもんな」と言った。

「いつまでも八歳くらいだと思ってそうだもんね、おじいちゃん。ちょっと恥ずかしい……」

「いいじゃないか、仲良し家族」

「わたしも素敵だなって思ったよ。それに、突然来たわたしにも親切にしてくださって、ソペットさんにはすごく感謝してるの」

「俺の大事な友人なんだから、当然だよ」


 『大事な友人』

 なんてうれしい言葉だろうか。

 ロティアはニマニマしてしまうくちびるを指先で押さえた。


「話は変わるが、リジン。ソペットさんの往診が終わるまで、オイラたちと散歩に行かないか? マレイさんたちだけじゃなく、ロエルさんにも世話になってるから、ロティアがお礼を渡したいらしいんだ」

「えっ、わざわざ良いのに」

「ダメダメッ。こういうのはちゃんとしないと。なあ、ロティア」

 フフランはロティアの方を見て、パチンと片目を閉じた。

「う、うん。そうなの。お礼をしなきゃ、父さまたちに叱られちゃう。……だから、リジンがどこか良いお店があったら、案内してもらえないかな。疲れてたら、場所を教えてくれるだけでも良いんだけど」

「ううん。一緒に行くよ。十五分後に、玄関で待ち合わせしよう」

「わかった。あ、カードはこのままでも良いのかな?」

「ロエルに片付けないでって伝えておくよ」



 部屋に戻ると、ロティアは一番のお気に入りのワンピースに着替えた。青色地に、襟とカフスが白色をした爽やかなワンピースだ。

「……よく考えると、浮かれてるよね、わたし。一番のお気に入りのワンピースを持ってくるなんて」

「成功する自信があったんだろう。ちゃんと話ができて、魔法のことが解決して、このワンピース着てリジンと出かけられる、って思えるくらいに」

「……そうなのかな」

「そうだよ。だからさ、そんなに不安にならなくて良いと思うぞ」

 ロティアはボタンをはずしながら「……不安そうな顔してる?」とつぶやく。

「ちょっとな。急展開だから、無理もないとは思うけど、リジンにとって悪い話はないんだし、何より、オイラたちはリジンのことを大事に思ってるんだから。それを伝えられれば大丈夫だ」

 フフランはワイン色をしたロティアのアクセサリーケースから器用にネックレスを取り出すと、ロティアの頭の上にポトッと落とした。小さなダイヤモンドがティアドロップ型にカットされたネックレスだ。

「それもお気に入りだろう。お気に入りのワンピースとアクセサリーでかわいくして、楽しく行こうぜ」

「……そうだね。ありがとう、フフラン。なんかわたし、いつまで経ってもフフランに頼ってばっかりだね」

 フフランはバサバサと大げさに羽根を揺らして、声を上げた。

「オイラからしたら、頼られなくなる方がさみしいぞ!」

「そういうもの?」

「そういうもんだ! 目に入れても痛くないくらいかわいいんだからな、ロティアは」

 なぜか威張ってそう言われると、ロティアは吹き出して笑ってしまった。

「フフランの怒りの沸点ってかわいいよね。ヴォーナさんの時も、大好きだって言いながら怒ってたじゃない」

「あれはアイツが分からず屋だったから、腹が立ったんだよ! 今のロティアもだぞ! いつまでだってオイラに頼ってくれ! その分、オイラもロティアに甘えるから」

「ふふふ、わかった。ありがとう、フフラン」

 ロティアとフフランはネックレスを協力してつけると、にっこりと笑いあって部屋を後にした。




 玄関へ降りて行くと、すでにリジンが立っていた。白いシャツに落ち着いた青色のズボンを履いている。フフランに「おそろいみたいだな」とささやかれ、ロティアははにかんでうなずいた。

「リジン、お待たせ」

 パッと顔を上げたリジンは、目をとろんと緩めて微笑んだ。

「今来たところだよ。外暑そうだけど、日傘持って行く?」

「ううん。適度に日に焼けるの好きなんだ。まあ、肌が焼ける前に赤くなって終わりなことが多いけど……」

 ロティアが苦笑いをすると、リジンは「俺も」と笑った。

「そうだ。ロエルに雑貨屋さんで買い物を頼まれたから、それも行って良いかな?」

「もちろん。知らない町の雑貨屋さんって楽しいよね。先にお使い済ませよう」

「ありがとう。それじゃあ行こうか」

「出発進行!」

 フフランが意気揚々とドアに向かって飛んでいくと、急いでリジンがドアを開けてくれた。

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