20.ロティアの気持ち

 ロティアは、リジンの魔法の真実をサニアに話した。

 それから、リジンの絵が襲い掛かって来たこと、それによりリジンが今は絵を描くことを休んでいること。そのせいで、サニアたちへの絵画指導も休止されたこと。

 サニアは黙ってうなずきながら話を聞いていた。


「……そうか。だから先生は、絶対に絵をくれなかったんだね」

「展覧会の期間が短いのも、リジンの魔法が関係していたんだ」

 ふたりと一羽は、湖の水面をなでる風の音を聞きながら黙りこんだ。

「……それで、ロティアはどうしたいの?」

「……わたしはなにより、リジンに、絵を描き続けてほしい。リジンの絵が好きだし、リジンも、自分の絵を愛しているから。魔法が理由で、筆を折っちゃうなんて、もったいないよ。たくさんの人に愛される絵だもの、リジンの絵は」

 「リジンには笑っててほしい」という言葉はグッと飲み込んだ。これは個人的な望みすぎて、とても口に出そうと思えない。

「確かに先生の絵って、なんか良いよね。そっとそこにいて、生活の一部になるみたいな。それこそリジン先生そのものって感じだよね」

「絵は描き手の鏡みたいなものなのかもな」

 サニアは「うーん」とうなった。

「確かだけど、リジン先生って、何か特殊なインクを使ってたよね? そのインクと先生の魔法の相性が良すぎるってことはないのかな。別のインクを使ったら魔法が発動しない、とか、ありえない?」

「それは考えたことがなかったな。インクについて、リジンに聞いた方が良いかもな」とフフラン。

「あとは時間帯とかも関係してたりしないかな。先生って夜更かしは苦手だから、絵を描くなら昼間のはずなんだ。だから、夜に描いてみたらどうかも確認した方が良いと思う」

「ほうっ、そうなのか! 確かに光を操る魔法使いなんかは、昼間との相性は悪いから、もっぱら夜に仕事をしてるもんな。自分の魔法と時間との相性を考えるのは珍しくない」とフフラン。

「あとはそうだなあ。先生が想像で描いた絵と、目の前のモデルとか景色を描いた絵でも違いがないか、確認するのも良いよね。わたしは魔法が使えないからよく知らないけど、魔法って使う人の意識がすごく関係するんでしょう。失敗するイメージをすると、大魔法使いでも必ず失敗するって聞いたことがあるんだ。だから、先生の想像で描いた絵だと、先生の魔法の影響を受けやすいかもしれないと思わない?」

「いやあ、冴えてるな、サニア! その通りだと思うよ! ロティア、今言ってくれたこと全部書きつけておこう!」

 フフランは興奮してバサバサ羽根をふりながら、ロティアにテテッと駆け寄った。

 サニアとフフランの流れるような議論に圧倒されていたロティアは、ハッとして「う、うん」と答えた。

 急いでカバンから手帳とペンを取り出して、書きつけていく。

「す、すごいね、サニア。参考になることばっかり。わたしなんて、グルグル同じこと考えてて……」

「わたしも自分で驚いたよ、いろんなアイディアがスルスル浮かんできて。……でも、たぶん、愛だと思うな」

「愛?」

 ロティアが手帳から顔を上げると、サニアは「そうっ、愛」と繰り返した。

「わたしはロティアとフフランが大好きで、ロティアとフフランに早く元気になって、笑顔になって欲しいと思ってるから、頭がいつもの何倍も早く動いたんだと思う。それってふたりへの愛が原動力でしょう」

 サニアはにっこりと笑って、もう一度ロティアの手とフフランの羽根に触れた。

「ロティアとフフランが、リジン先生を思ってるのと同じくらい、わたしはふたりが好きなんだ」

「なんだよ、照れくさいぜ。でもありがとな」

 フフランが真っ白い頬を赤く染めると、サニアは歯を見せて笑ってフフランを抱き上げた。

「フフッ、どういたしまして」

 ふたりがはしゃぐ姿を見つめるロティアの頭の中に、リジンの顔と、ひとつの事実が浮かんでくる。


『リジンのことを思っている』


 その事実は、ロティアの中で太陽のように温かく、眩しいほど光り出した。

 ロティアは胸に手を当てて、その事実をじっくりと味わった。 


「……わたしは、リジンに愛を持ってるんだ」


 そっとつぶやくと、その事実が体の底から湧き水のようにエネルギーをもたらした。

「あ、ちょっとだけ晴れた顔してるね」

 サニアに顔をのぞきこまれ、ロティアは赤くなった頬を両手で覆った。

「……うん。サニアのおかげだよ。ありがとう」

 サニアは目を細めて「よかった」と微笑んだ。

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