妹が毎晩、私が寝た後に愛を囁いてくる話

イチゴオレ

ねぇ、お姉ちゃんまだ起きてる?

「ねぇ、お姉ちゃんまだ起きてる?」


 妹のエミの問いかけに、私は無視して寝たフリをする。


「ふふ、お姉ちゃんの寝顔、かわいい」


 二つ下になる妹の様子が最近おかしい。

 

 毎晩、私が寝たことを確認すると、身を寄せ、耳元で様々な言葉を囁いてくるのだ。


 昔から仲が良かった私たちは、小さい頃から同じ部屋の同じベッドで眠っていた。それは私が高校一年生になった今も変わらない。


 遊びに行く時も一緒で、エミは私が行く場所には必ずついてきた。


 別にエミのことが嫌いなわけではない。むしろ可愛い妹だ。しかし、私も高校生になり、新しい友達もできた。ある時、その友達と初めて遊びに行くと伝えると、エミもついて行くと言ったのだ。


 いつものことだけど、私たちはもう高校生と中学生だ。このぐらいの歳でいつも一緒にいる姉妹は周りにいない。


 そのせいか、最近私は妹と一緒にいることがどこか恥ずかしいと感じるようになっていた。


「もう高校生なんだから、遊びについてくるのはやめて」


 私はそう言った。


 その瞬間のエミの悲しそうな表情を見て、つい言い過ぎたなと思った。でも、年上よりも同い年の友達を作って遊んだほうが彼女のためになるだろうとも思っていた。


 だから、一緒にいることを拒んだ。小さい頃のように、私がいじめっ子からエミを守る必要もないのだから。


 遊びから帰ってきて部屋に戻ると、エミは机で静かに本を読んでいた。


 いつもの「おかえりお姉ちゃん」という声は聞こえなかった。


 二人の間に広がる沈黙が、まるで叫び声を上げるかのように大きな音になっていった。

 

  カチッ。


 夜の静寂が包み込む中、部屋の電気を消し、私は先にベッドに入った。しばらくして、エミが隣に潜り込んできたのを、ベッドの微かな沈みで感じ取った。


 外での遊び疲れが襲ってきて、目を閉じると、夜の闇が優しく包み込むように、私はすぐに眠りに誘われた。


 不確かな時間が流れる中、突然、隣から聞こえるごそごそという音が私を眠りから引き戻した。


 「ねぇ、お姉ちゃんまだ起きてる?」

 

 まだはっきりとしない意識で聞こえてきたのは、エミの静かな声だった。


 ここで私はその日の疲れか、はたまたいたずら心か、寝たフリをした。エミが何か話しかけてきても、私は動かずにいるつもりだった。


「お姉ちゃん、寝てるの?」


 それからエミは、何度も私が寝ているか確認をする。


「本当に寝てるん......だよね?」


 これまで私にかけられていた声が、今度はボソっと漏れた。

 

 その時、エミが身体を私に寄せてくるのが、肌の感覚で分かった。


「起きないなら、ほっぺ、つんつんしちゃうよ?」


 先ほどより近い距離で囁くエミの吐息がくすぐったい。


 彼女の提案に戸惑いながらも、ここで起きるのも不自然だと思い、寝たフリを装った。


 そうしているうちに、エミが私の頬に優しくつんと触れる。


「えへへ。お姉ちゃんのほっぺ柔らかーい」


 エミが無邪気な声でそう呟く。


 頬に触れる彼女の感触が優しくて、意外と心地よかった。


「もう少しだけ......」


 エミは静かにつぶやいた。そして、寝ている私にに頭を寄せ、そっと囁くように続けた。


「お姉ちゃん、大好きだよ」


 その言葉を聞いて、私の心の中が一瞬すごく温かいものに包まれる感覚が広がった。


 それと同時に、私の頭の中は混乱と驚きで溢れていた。エミは普段、自分の気持ちをあまり言わない子で、面と向かって大好きだなんて言われたことがなかったのだ。


 エミは突然の告白をした後、私から少し離れ、すぐに穏やかな寝息を立てた。


 次の日、変わらず会話はないが、私は恥ずかしくてエミの目を見ることができなかった。


 そんな私を見たエミが、なんだか微笑んでいるような気がした。


 そして、その日を境に、エミは毎晩私が寝た後に色々な言葉を囁いてきた。


「お姉ちゃん、起きないなら頭なでなでしちゃうよ?」


「お姉ちゃん、起きないなら手、握っちゃうよ?」


「お姉ちゃん、起きないならハグ、しちゃうよ?」


 エミの行動は日を追うごとに大胆になっていった。


 私は寝たフリを続け、エミのされるがままだった。


 そんな日が続き、そして今日、私は薄暗い静かな部屋の中で、いつものように彼女の言葉に敏感に耳を傾けていた。


「お姉ちゃん、まだ起きてる?」


 私は寝たフリを続ける。


 「寝てるんだよね?」


 エミがこれまで以上に身を寄せる。


 いつもより温かい彼女の体温が、私の左半身を覆い尽くす。


 「ねぇお姉ちゃん。起きないならキス、しちゃうよ?」


 エミがその言葉を囁くと、私はどうしていいのかわからなくなった。


(実の妹にキスをされるなんて......ここは起きたほうがいいんじゃ......いや、でも......)


 私がドギマギしてるうちに、エミが言う。


「やっぱり今日は疲れたからもう眠るね。おやすみ。お姉ちゃん」


 エミの体温が離れていくのを感じる。


(え? キス、しないの...?)


 私は心の中で混乱していた。キスが実現しなかったことに対する一抹の安堵と同時に、何かモヤモヤとした感情が渦巻いていた。


 部屋には二人いるはずなのに、一人取り残されたような感覚が、なんだか凄く寂しく思える。

 

 その後、私は暫く眠れずに一人の夜を過ごした。


 次の日、いつも通りの長い日常を過ごし、漸く夜がやってきた。


「ねぇお姉ちゃん、まだ起きてる?」


 私は寝たフリをする。


 お風呂から上がったばかりのエミの髪からは、シャンプーの心地よい香りが漂っている。そして、彼女の柔らかな吐息が、優しく私の耳を撫でて熱を持たせてゆく。


「お姉ちゃん。起きないならキス、しちゃうよ?」


 彼女の甘い囁きが鼓膜を通り抜け、頭の中に直接響くような感覚が襲う。


(きょ、今日こそ起きてエミを止めなきゃ......手を繋ぐやハグはまだしも、キスはなんだかいけない気がする)


 そんな意思とは裏腹に、私の身体はすぐに起きようとしなかった。


(あれ? こない......)


 いくら暗闇の中で待っても、エミはキスをしてこなかった。


 私は恐る恐る目を開ける。


 すると、エミと目が合った。


「おはよう、お姉ちゃん」


「エミ......」


「してほしいの?」


「ちが――」


「違わないよ。お姉ちゃんは寝たフリをしてまでこうしてほしかったんだよね?」


 その瞬間、エミと私の唇が重なる。


 唇が触れ合った瞬間、まるで時が止まったかのような感覚が広がった。心臓の鼓動が耳元で轟き、体中に電気のような高揚感が駆け巡った。


 私は何が起きているのか理解することができず、満たされるような感覚が頭の中を埋め尽くしていくのを、ただ漠然と感じることしかできなかった。


 エミの唇が私の唇から離れ、まだ感覚が現実に追いついていないような錯覚が残っていた。


 私はその瞬間、心の奥底で何かが変わったことを感じていた。キスの余韻が、まるで魔法のように私の中に染み渡り、信じられないほどの幸福感をもたらしていたのだ。


「お姉ちゃん、これからもずっと一緒にいてね」


「......うん」


 その後、私たちは普通の姉妹としての生活を続けつつも、夜になると特別な瞬間を共にし続けた。


 まだこのエミに対する感情に違和感はあるけれど、これまで以上にエミが愛おしい存在になったことは確かだ。

 

 



「お姉ちゃん、お友達と遊びにいくの?」


「うん。ちょっと誘われたから」


「じゃあ私も連れてって?」


「いや、で、でも......」


「私今日リビングで寝ようかなー」


「ご、ごめんエミ。一緒にきて」


「うん! ありがとうお姉ちゃん、大好き!!......ずっとずっと、一緒だよ」

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