狸の親父と吸血鬼の婿の化かし合い

藤泉都理

狸の親父と吸血鬼の婿の化かし合い




 娘さんと結婚させてください。

 誰がてめえなんかと結婚させるかってんだバカヤロウ顔洗って出直してこい。

 はい顔を洗ってきました。毛穴の隅々まで汚れなしです。

 バカヤロウ本当に顔を洗ってどうすんだバカヤロウ。


 さんざんっぱら、応酬し合って、業を煮やした娘から親子の縁切りを叩きつけられて、ようやっと、ようやっっっと、結婚を認めた狸の親父は、新たな家の住民となった娘の結婚相手である吸血鬼と、穏やかな日々を送る、事はなく、けれど毎日し合っては、親父も吸血鬼も娘から縁切りされてしまうので、ときーどき化かし合いの日々を送る事と、相成った。






「お義父さん。今日は酒の雨が降るらしいですから、大きな入れ物を持って出かけた方がいいのではないですか?ほんの一時だけらしいですから、逃さない方がいいですよ」


 三が日も過ぎて、いつものように将棋をしに公民館に行こうとした時だった。

 吸血鬼からそう言われた狸の親父は、おうそうかと元気よく答えて、じゃああれを持って行くかなと、玄関から家の中に戻り倉庫の中へと入って行った。


(くっくくく。あの親父の機嫌の良さそうな顔が豹変する様を想像するだけで。くっくくく)


 嘘だと思っているのだろうが、本当だ。

 友のアメフラシから聞いた話では、一生に一度しか味わう事ができないと言われるくらい極上の酒の雨が降るらしい。

 一度でいいから味わってみたい。

 そうよだれを垂らして言っていた親父が、それを飲めなかったと悔しがる姿を想像しただけで。

 どぅるどぅると微細に動いていた吸血鬼の片腹は、親父が持ってきた掌の大きさほどの小さな瓢箪を見て、さらに、ドッゴンバッコンと大きく震え始めた。

 こんな小さな入れ物を持って行くなんて、自分の言葉を信じていない証拠である。


「お義父さん。そんなに小さな入れ物でいいんですか?」

「おう。欲張っちゃいけねえからな。じゃあ、行ってくるな」

「はい。行ってらっしゃい」


 狸の親父を快く見送った吸血鬼は家で仕事をしている娘の元へ、おやつは何がいいか聞きに、ルンルン気分で向かったのであった。




(くっくくく。青二才が。俺が酒の情報を網羅してねえとでも思ったか)


 酒の雨の情報はすでに、仕入れていて用意しておいたのだ。

 この小さな瓢箪を。

 これは外見こそ少量しか入れないように見えるが、その実、無尽蔵に入れられるのだ。


(くっくくく。降ってくる極上酒はぜんぶ俺が飲むんだよ)


「雨が降ったら知らせてくれよな」

「おう」


 友の蛙に頼んだ狸の親父は、ルンルン気分で公民館へと向かったのであった。




「あ。お義父さん。今日は残念でしたね。烏の大群が酒の雨を全部飲み干しちゃったって聞きましたよ。まあ、そもそもほんの少ししか降らなかったらしいですね」

「いや~。そうなんだよな。だがそれほど残念でもねえな。うん。娘から酒の飲み過ぎだって怒られてたしな。天の采配だと思ったよ」


 思いやりに満ちた表情に、にこやかな笑みを返した狸の親父は夕飯は何だと尋ねた。吸血鬼は鮭のホイル焼きですよと答えた。


「お酒の代わりに、鮭を味わってください。あ、もちろん、適量に」

「おう」


 手洗い場へと向かう狸の親父の背中を見た吸血鬼は、凶悪な笑みを浮かべた。

 おやつは何を食べたいのか聞きに行った際、何とはなしに小さな瓢箪の話をしたら、もしかしたら、と娘から聞いたのだ。

 無尽蔵に入る小さな瓢箪の話を。

 あの親父は酒の雨の情報が真実だと知っていると気づいた吸血鬼は、急いで身に着ける黒のマントを烏に化けさせて、全部飲み干してやろうと企んだのだが、予想は外れたらしい。

 一極集中ではなく、ほんの少ししか降らなかったのだ。

 これなら、烏を解き放つ必要はなかったな。

 ふらりふらふら。

 烏に化けさせた一蓮托生のマントがほんの少し摂取した酒に、けれどものすごく酔っぱらってしまった吸血鬼は、操作を解除させて顔色を真っ赤っかにさせたのであった。




(くっくくく。今回は痛み分けにしといてやる。狸の親父よ)











(2024.1.5)



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狸の親父と吸血鬼の婿の化かし合い 藤泉都理 @fujitori

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