貴方のその愛おしい膨らみ。

玉大福

1

ふと、昔のことを思い出してしまった。



じんわりと包む熱気と白いモヤ。

自慢の長い黒髪をまあるく括った貴方。

あまりに綺麗なその裸体に私は思わず見とれてしまった。



久方ぶりの再会だからだろうか、あの夜の亡霊が見えるのは。


頭の中で見た情景を消し、目の前に座る貴方の顔を見つめた。

「優しい顔になったよね、あやちゃん。」

ティーカップに指をかけながらそう呟く。

瞼に薄いピンク色をのせた貴方は、青春時代の万人を焼き尽くすような暴力的なまでの熱から、春の陽だまりのような優しい温度に変わってしまっていた。

無意識に人を焼き殺してしまう程の強烈な光だった貴方。

真夏の真昼間の、一等強い日差しだった貴方。

「ん、そう?

自分じゃわかんないけど、最近似たようなことをよく言われるんだよね。

多分、高校の時みたいなやんちゃなメイクを止めたからだと思うんだけど。」

そう言った貴方は、あの日と同じように鼻の頭にクシャッと皺を作って笑った。

私がずっと、焼かれ続けているその笑顔で。

「ふふ。

昔のあやちゃん、こーんな風にアイラインはね上げてたもんね。」

「あ〜、ちょっとバカにしてる!」

「してない、してない。」

笑いながら首を振る私に、ほんとかなあと言いながら貴方は一口コーヒーを啜った。

ほんとうだ。だってあの時の貴方は、私の太陽そのものだったのだから。

その言葉は口に出さずに、コーヒーと一緒に飲み込んだ。

貴方にならって頼んだブラックコーヒー。

コクンと喉を通ったその液体の苦味とほのかな酸味が口内にベタっと張り付いて思わず顔を顰めそうになる。

本当は、無糖のコーヒーなんて好きじゃない。

砂糖たっぷりでとびきり甘い、手作りのココアが一番好きだ。

市販のココアパウダーに砂糖を小さじ2杯だけ入れて混ぜる、貴方が作るあのココア。

あの日、貴方がこっそり飲ませてくれたあのココア。

もう一度飲みたい。

頼めば作ってくれるだろうか?

コーヒーの中で揺れる自分の顔を眺めながら、そんなことを思った。

黒い鏡には、あの頃と何一つ変わらない私だけが映っている。

貴方とのめくるめく美しい友情の思い出に、独りだけすがりついている私。

もう一口、コーヒーを飲んだ。ぬるい液体が体の管を伝っていく。

私は、あのココアをもう一度飲む機会はきっと来ないだろう。と思った。

貴方は頼めばきっと作ってくれる。あの時と変わらない、甘いだけのココアを。

けれどもやっぱり、私は二度とそれを口にすることはないのだ。

思い出から一歩だって踏み出せない私は、もし貴方がそのレシピを覚えていなかったら、と考えてしまうのだから。

あの味とそれに付属する思い出を後生大事に持っているのが私だけだったら、と。

馬鹿な私は恐れているのだ。

思い出に住むのが私一人だけだと、決定的に突きつけられてしまうのを恐れている。

99%の確率を100%にしてしまう事に、たまらない恐怖を抱いている。

だから私が、あの甘すぎるココアを飲むことはきっともう、ない。


「ね!美味しいでしょ、ここのコーヒー。」

「え?」

突然のその言葉に少し驚いた。

私はきっと、あまり良くない顔で飲んでいたと思っていたから。

「だって、ほら。

もう飲み終えてる。」

そう言ってあなたが指さしたカップの底には、微量の粒だけが汚らしくこびり付いていた。

「うん。」

ほんのり得意気な表情を浮かべる貴方に向かって私は微笑みかけた。


「さすがあやちゃん。私の事はなんでもお見通しだね。」


ああ、あの粉っぽくて安味の甘すぎる、私のためのココアが飲みたい。

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貴方のその愛おしい膨らみ。 玉大福 @omochikun

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