(6)

 三井達樹にとって、中学校教師という職業は天職であった。なぜなら三井達樹は、幼い少女に性的興奮を覚える、小児性愛者であったからだ。しかしそれは性的対象に囲まれる立場だからという意味ではない。

 三井は小学5年の時に二次性徴を迎えた。精通し、射精の快感を知り、自慰を覚えた。6年生の修学旅行など、旅程の間思い切り自慰に耽られる時間がないことに苛立ち、楽しそうな友人らを尻目にただただ早く帰りたいと思っていた。

 主に自慰の対象……オカズとなっていたのはクラスの女子で、グラビアアイドルなどには食指が動かなかった。それ自体は別におかしなことではない。同世代の女子を恋愛対象として見るのは普通だ。自分は普通だ、と思っていた。しかし高校生になっても対象の年齢が変化することがなく、大学生になっても成人女性に興味を持つことができないという段に至って、いよいよ己が世にいうロリコンであると自覚した。

 三井が最も好むのは12~3才程度。二次性徴が来ており、つまり妊娠が可能でありながら、しかし少女性も失われていないという年頃だった。

 三井は教員免許を取得し、中学校の教師になる道を選んだ。少女に囲まれた環境に身を置きたい。よこしまな気持ちからだった。天職であると確信した。

 教壇に立つようになってからそれがいかに甘い考えだったか思い知る。そこは性欲を煽る少女達を眼前に我慢を強いられる環境だった。彼女らの囀る声、駆ける足、漂う香り。全てが三井の性欲を追い詰めた。天職からは程遠かった。

 しかしやがて、三井は一つの境地に至る。それは中学生と自分に性的接点などない、という事実だった。教師という相当に近しい立場を得てなお、たとえば彼が生徒を口説いたりするチャンスなどあるわけがない。どこまでも彼女たちは安全であり、自分の邪悪な性欲が辿り着く時は永遠に来ないのだ。そのことを気づくと、三井の心は一気に楽になった。諦めがついたのだ。爽やかな心持だった。

 やはり、教師は三井にとって天職であった。もし教師になっていなかったら、現実の少女たちを知らず、いつまでも彼女たちの幻影を求めて悶々と己の本性を持て余していただろう。今や三井の性癖は、愛する少女たちへの誠実さと清廉さへ反転し昇華していた。教壇に立つ時はしっかりとスーツに身を包み、身だしなみを整え、恥ずべきところのない態度を心掛けた。少女たちはそんな三井を慕ってくれたし、三井はそれでもなお性欲に振り回されない自分を誇れた。

 少女たちと性行為をすることなどできない。それこそ―――強姦でもしない限りは。

 三井がその少女と会った時、強いめまいに立っていることもできなかった。誤魔化すために膝をつき目線を合わせるふりをして無理に笑って見せた。

 少女は友坂香澄と言った。中学にあがるタイミングで引っ越してきたと言う。数ヶ月前に性被害に遭ったことが原因だそうだ。そのことは職員室でも共有され、彼女の対応には注意するよう通達された。

 彼女のクラスは女性教諭が担任するのがいいのでは、との意見もあったが、どうせ教科によって男性が担当することもあるのだし、ということで最終的に三井に白羽の矢が立った。三井はいつも清潔で生徒への対応も誠実、仕事への取り組みも真摯だということで職員室内でも高い評価を得ていたのだ。しかし三井自身に言わせればそんなものはロリコンが少女に嫌われたくない一心の産物でしかない。不自然でない断り方も思いつかず話だけが進み、結局その強姦された少女の担任を引き受けることになっていた。

 そして他の生徒にはしない特別な顔合わせの日。香澄は職員室に通され、この人が担任だ、と三井を紹介される。伏し目がちなその姿を見ながら三井が考えていたことは、たった一つだった。

『処女ではない。』

 愛らしい顔立ちのいたいけな少女。長いつややかな黒髪の少女。しなやかな手足とつつましやかな胸の少女。この少女が処女ではない。男を知っている。男が自分の体内を往復する感触を知っている。男の暴力によって、望まず花を散らせている。少女たちは自分とは接点がない。自分の性欲から安全な場所にいる。だからこそ諦められた。だからこそ安心していた。だのに、目の前の少女は、もうその場所にいない。

 その日どんな話をしたのかすら覚えていない。翌日以降の同僚たちが特に奇異な目を向けてこなかったところを見るにそつのない対応ができていたらしい。そんな器用なまねができたことに恐怖する。自分の知らない自分だった。膝をついてまで目線を合わせて話すのはとても良いとさえ言われた。

 以来、三井が自慰をする時は必ず香澄を想うようになった。香澄が強姦魔に穢されている様子を想像するのは、痛ましく、悲しく、怒りを覚え、最高に心地よかった。彼女を犯している人物が自分になるのにそう時間はかからなかった。

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