8「報告」


 剣王の亡霊と遭遇した僕とエルナは、駆けつけた冒険者と国の騎士に救助された。街の方でも外に出た剣王の亡霊の存在を感知していたのだ。

 現場はすぐに騒然となる。剣王の亡霊は消失。しかも結界に見たこともない大きな穴が開いているのだ。

 騎士たちは亡霊の仕業だと騒いでいるが――違う。あれはエルナが放った魔法、いや魔力の塊がぶち開けたのだ。

 当然、あの紫色の魔力の塊も見られていた。でも距離があり、さすがにエルナが放つ姿までは見えなかったようだ。なにがあったのか聞かれたが、エルナについて言及されないのが証拠だ。

 しかし問題は、その質問にどう答えればいいのか。せっかく見られていないのだ、エルナがやったと言う必要はない。言うべきではない。

 なら――なにも覚えていない、僕も気絶していて見ていなかった。それで誤魔化すしかないか……。


 そんなことを考えていると、現場にフィンリッドさんがやってきた。僕は正直ホッとした。思った通り、僕へのヒアリングは彼女が行うことになったからだ。

 騎士や冒険者たちは、結界の修復と被害の確認が最優先。剣王の亡霊が再び現れないか、旧王都周辺の警戒も必要だ。僕らの話を聞くのはフィンリッドさんのような責任者に任せるべき。そういう判断だった。


 僕らは急いでフィンリッドさんと共にワークスイープに戻り、エルナを寝かせて、僕も回復魔法で治療を受け――そうしてようやく、なにがあったのかフィンリッドさんに報告することができた。フィンリッドさんにならエルナのことも全部話すことができる。僕はなにが起きたのか詳しく説明した。


 留守にしているギルド長の専用室を使い、僕が一通り報告を終えたところで――バンッ! と大きな音を立てて扉が開いた。

 振り向くと、そこには激情を露わにしたセトリアさんが立っている。


「えっ? セトリアさん――」

「セトリア? ――やめなさい!」


 無言で入ってきたセトリアさんは、フィンリッドさんの制止も聞かず、


 ――パシン!!


 僕の頬を、思いっきり引っ叩いた。


「……なにしてるのよ、あんた」

「…………」

「なにしてるのよ! ちゃんとエルナを守りなさいよ!!」

「っ………」


 なにも言い返せなかった。

 今回僕は、エルナを守れていない。それどころか……守られたのだ。


「まぁまぁ落ち着けってセトリア。2人とも無事だったんだからいいだろ?」


 そんなセトリアの肩に手をかけたのは、あとから入ってきたケンツだった。

 ……なんでこの2人が一緒なんだろう。そんなことをぼんやり思う。

 セトリアさんがケンツの手を振り払う。


「よくないわ。全然よくないのよ」

「ラックだってなにもしてないわけじゃないんだろ。ボロボロで帰ってきたって話だぜ」

「だからって――!」


「黙りなさい、セトリア。ここはギルド長室。今は私が、彼と話をしている」


 フィンリッドさんの厳しい声に、一瞬で部屋が凍り付いた。

 いつもの穏やかな声とは違う。明らかに怒気を含ませた声だ。

 さすがのセトリアさんも僕から離れ姿勢を正す。

 ……が、それで収まるセトリアさんではない。


「フィンリッドさん。エルナになにがあったのか私にも教えて。聞くまでここを離れないわ」

「……ふぅ。仕方ありませんね。まぁいいでしょう。ケンツくん、扉を閉めてください」

「了解っと。……あれ、オレもいいのか?」


 ケンツはいつの間にかドアの横でピンと直立していた。小さく呟いて、だけど外には出ず、言われた通り扉を閉める。



 セトリアさんにはフィンリッドさんが説明してくれた。時折説明に間違いがないか僕に確認してくる。こうやって改めて話すのは、フィンリッドさん自身の確認の意味もあるのだろう。


「――エルナから大量の魔力? それも……魔物のなんて……。どういうことなの?」

「わかりません。それについて考えるのは、の調査報告を待たねばならないでしょう」

「……そうね。わかったわ。それで? 国やギルドの対応は?」


 の調査報告待ち? あちらってなんだろう。

 気になったけど、口を挟む前に話が次に進んでしまう。


「先ほど、ラック君から話を聞く前に、国の騎士とギルド協会から報告がありました。明日、緊急依頼が発令されることになります」

「緊急依頼ですって?」


 セトリアさんが驚いている。が、僕とケンツはそれがどいうものかわからず、首を傾げた。


「ラック君たちは知らないでしょうね。緊急依頼とは、王都で発令される特別な依頼です。民間のすべての依頼をキャンセルし、絶対に受けなければならないのです」

「他の依頼をすべてキャンセル!? そんなことが……」

「これまでに緊急依頼が出されたのはギルド創設初期に数回だけです。もう30年は出ていません。……それだけ、今回は緊急事態なのですよ」

「……剣王の亡霊が、外に出たからですね」

「その通りです。これまでは旧王都の中にしか現れないため、街は安全だと思われていました。ですが、今回それが崩されました」


 剣王の亡霊は、旧王都を出て僕らがいた街道までやってきた。それがどれだけの異常事態で、危険な状態か――説明するまでもない。

 それを聞いて、今まで黙っていたケンツが後ろから声を上げる。


「ふーん? ヤバイから対処するかって感じなんすね。でもいきなり対処なんてできるんです? 一体でも倒すの大変って話じゃないっすか」


 言い方は失礼だけど――でも、その通りだ。

 旧王都最強と呼ばれる徘徊魔物、剣王の亡霊。それをなんの準備もなく、いきなり明日なんとかしろというのはさすがに厳しい。もちろん、早急に対処する必要があるのはわかっているけど。


「準備不足、そう言いたいのですね。……端から見たら、そうでしょう。ですが実は、動いていたのですよ。剣王の亡霊殲滅作戦が」

「え、マジッスか。殲滅作戦って」

「そんな作戦が……? いつの間に」


 準備が進められていた? そんなタイミング良く?

 僕らが疑問に思っていると、フィンリッドさんはちゃんと説明してくれる。


「みなさん『武人クエスト集会』はご存じですね? 近々解散してしまうことも」

「ええ、噂には……」


 老舗で実力主義の冒険者ギルド。討伐依頼をメインに受け続け、ゴーレム関連の依頼を拒んでいた結果――運営が立ちゆかなくなってしまったギルドだ。


「彼らの希望もあり、解散前に大きな作戦を行うことになっていました。それが、剣王の亡霊を殲滅する作戦です」


 それを聞き、セトリアさんが眉をひそめる。


「できるの? 剣王の亡霊って、倒してもしばらくしたら復活するって聞いているわ。しかも……」

「ええ。現在、剣王の亡霊は同時に8体存在することが確認されていますが、これは倒しても復活してしまいます。しかも実は、以前は4体だったのですよ」

「え、復活するだけじゃなくって、増えるんですか……?」

「一体倒すだけでは増えません。復活するだけです。ですが……2年前、全部同時に倒せば完全に倒せるのではないかと考え、殲滅作戦が実行されました。作戦は成功しましたが、結果8体に増えてしまったのです」

「ダメじゃないですか、それ!」

「エグいな……」

「…………」


 僕とケンツはドン引きする。セトリアさんは知っていたのだろう、黙って聞いていた。

 ただでさえ恐ろしく強いのに、増えるなんて……異常だ。

 しかも増えることがわかっているのに、もう一度殲滅するなんて。そんなの対処になっていない。意味がない。


「ラック君、誤解しないでくださいね。なにも成果がなかったわけではないんです。殲滅後、剣王の亡霊が復活するのに半年もかかっています。その間、旧王都内の調査をかなり進めることができました」

「半年間……。確かにそれなら、調査が進みそうですね」


 あれ? 2年前に剣王の亡霊を殲滅、復活に半年。それって、なにか引っかかるような……。


「それだけではありません。半年後の復活の際に、目撃されているのですよ。――剣王の亡霊、その本体と思われる個体を」

「ほ、本体?! いるって噂でしたけど……実際に見た人がいるんですね?」

「確証はありません。おそらくです。本体だと確認する術はありませんから。しかし見た目が明らかに違い、強さも桁違い。冒険者は命からがら逃げ出しました。そしてその後、剣王の亡霊が8体現れるようになったのです」


 見た目の違う強い個体が現れて、その後剣王の亡霊が復活する。確かに、本体だと考えるべきかもしれない。


「じゃあまさか、今回の作戦の本命は」

「亡霊をすべて倒し、本体をおびき出し、討つ。剣王討伐作戦、と呼ぶ方がいいでしょう」

「――!!」


 剣王――本体の討伐。それは、僕の推測通りならば、魔王討伐作戦と同じ意味を持つ規模の作戦だ。

 それに気付いて、僕の中でどうしようもない焦燥感が膨れあがる。

 魔王を倒す作戦。そこに、僕は……。


 僕の内心の動揺を他所に、フィンリッドさんは話を続けた。


「今回の作戦はカルタタの全ギルド合同で行われます。武人クエスト集会は老舗です、花を持たせたい想いがあるのでしょう。どのギルドもとても協力的です。……解散後に流れる冒険者の確保を狙っているギルドも少なくないでしょうが。ともあれ、エース級の冒険者が旧王都に集い、剣王に挑みます」

「……すごい作戦ですね」

「ええ。最近ギルド協会の会合が多いのはこのためでした」

「あぁそれでギルド長が忙しかったんですね」

「いえ、彼は別件で動いていまして、会合には私とハンドで出ています」


 そうなのか。そういえば遠くに行っているって聞いた。なにをしているんだろう。

 そして代わりがハンドさんとは。……実は職員の中でも結構偉い人だったりする?


「ラック君はまだギルド長に会っていませんか?」

「はい、実はそうなんです。挨拶できてなくて……」

「あ、オレもっすよ。メチャクチャ強いって、噂だけは聞いてるんですけど」

「まぁ……。落ち着き次第、場を設けましょう。ちなみに今回の作戦はすべての冒険者が参加できるものではありません。ラック君、ケンツ君、あなたたちには民間の依頼を受けてもらいますよ」

「えぇ? 民間の依頼はすべてキャンセルじゃないんですか?」

「旧王都に入る依頼を経験の浅い冒険者には任せられませんから」


 ……それはそうだ。もともと旧王都の依頼を受ける条件はかなり厳しい。足手まといを増やしても作戦の成功率が下がるだけだ。


(だけど、僕はあいつと……魔王クラスの強さを持つ、剣王の亡霊と戦わなきゃ)


 今日は手も足も出なかったけど、きちんと準備すれば、同じことにはならないはずだ。なんとかして作戦に参加を――


「もちろんゴルタ君や――エルナもです」

「っ…………そういう、ことなら」


 ――釘を刺されてしまった。

 わざわざエルナの名前を出したのは、彼女に付いていろという意味だ。そう言われてしまうと、僕はなにも言えなくなってしまう。

 でも逆に黙っていられないのがセトリアさんだ。


「ちょっと、フィンリッドさん。私は? 私もエルナと一緒に居ていいのよね」

「あなたは当然作戦に参加してもらいます。本部で回復要因として詰めてもらいますよ」

「…………」


 セトリアさんが恨めしそうに睨む。僕のことを。さすがに本人も仕方ないと思っているようだけど、だからって睨まないで欲しい。



 ――コンコン。

 話が一段落したところで、ノックと共に後ろの扉が開いた。


「失礼します、フィンリッドさん。エルナちゃんが目を覚ましました」


 部屋に入ってきたのは、疲れ切った顔をしたリフルさんだった。……目元が腫れている?


「エルナが!? 私、行ってくるわ!」


 彼女の報告を聞くと、セトリアさんが顔をぐしゃぐしゃにして不安げな様子で部屋を飛び出していった。エルナのことになるとあんな顔もするんだな……。


「ラック、俺たちも行こうぜ。気になるだろ」

「う、うん――」


 ケンツに誘われ、頷いて振り返った瞬間。後ろにいたリフルさんと目が合った。そして、その瞳から涙が溢れ出し――。


「ラック君……!」

「へ? ――わぶ!」


 駆け寄ってきたリフルさんに僕は頭を抱えられ、そのまま思いっきり抱き締められた。


「ごめんなさい、私の判断のせいでこんなことになって! やっぱり、2人で行かせるべきじゃなかった……!」

「や、くるし……」

「ラックくん、エルナちゃん、ごめんなさい、ごめんなさい……!」

「リ、リフルさんのせいじゃ、ないですよ。あんなのが出てくるなんて、誰も思いませんからっ」


 旧王都から剣王の亡霊が出てきて、しかもエルナがあんな魔力を放出するなんて。誰も予想できない異常事態だ。リフルさんはなにも悪くない。


 そう言っても抱き締めたまま泣き止まないリフルさんに、見かねたフィンリッドさんが声をかける。


「リフル、落ち着きなさい。ラック君の言うとおりですよ。それに、それを言うなら最終的な判断を下したのは私です。あなたより、私の責任でしょう。ラック君、申し訳ありません」

「なっ――僕は、そんな――わっ」


 そこでようやく、僕はリフルさんから解放された。ふらふらと倒れそうになるのを堪える。


「でもフィンリッドさん、私が下で止めていたら……」

「そこまでです。ここで責任を追及してどうすると言うのです。ですからこの話はこれで終わりです。……あなたは私の代わりに、もう少しエルナに付いていてくれますか?」

「……はい。すみません。ラック君も、本当にごめんなさい。……失礼します」


 冷静になれたのだろう。リフルさんは頭を下げて、部屋を出て行く。気付けばいつの間にかケンツもいなくなっていた。


「それじゃ、僕も――」

「待ちなさい。ラック君、あなたは残ってください。まだ話があります」

「え……は、はい……」


 僕も早くエルナの無事をこの目で確認したいのに。

 とはいえ、唯一の目撃者である僕が、そう簡単に解放されるわけがないか。


 部屋にはフィンリッドさんと2人きり。さてなにを聞かれるのか。

 ――と、思っていると。


「……ご苦労様ですフィンリッドさん。いいんですか? 彼を残して」


 奥にある扉から一人の青年が入ってきた。あそこは確か、ギルド長の私室に繋がっているはずだ。――ということは?


「構いませんよ。それより、自己紹介をなさい。挨拶もまだと言うじゃないですか」

「そうでした……。どうも、ラック君だね? ボクはワーク・スイープのギルド長、カルド・クレインレイです。……忙しくて、ちゃんと挨拶できなくて……本当にごめんね?」

「ギ、ギルド長!? は……初め、まして。ラクルーク・リパイアドです」


 本当に存在したんだ、ギルド長。――なんて失礼なことを思ってしまった。

 でもこのギルドに登録して3ヶ月近くになるのに初めて見るのだ。そう思ってしまうのも仕方がない。


 僕は思わずジロジロと見てしまう。目元が隠れるほど前髪が長く、猫背で小柄。外から帰ってきたばかりなのだろう、服装もマントがボロボロになっていて汚れている。

 ぶっちゃけ――頼りない感じだ。思っていたより若いし、ギルド長という威厳は感じられない。見た目で判断してはいけないけど、本当にワークスイープ最強なのだろうか?


 僕がさっき以上に失礼なことを考えていると、フィンリッドさんが彼について説明してくれる。


「実はギルド長にはとある調査をお願いしていたのです。忙しい時期ではありましたが、短期間での遠方調査は彼しか適任者がいないのです」

「あはは……いいタイミングで帰ってこれたみたいで、よかったですよ」


 フィンリッドさんがこう言っているし、しかもどうやらそれを成し遂げてきたらしい。やはり見た目で判断してはいけないなと、自分の中の失礼な疑念を捨てる。


「えっと、確かに作戦前でよかったですよね。ちなみに遠方ってどちらに?」

「うん。北の……リンガード王国だよ」

「え……? リンガード!? それって、エルナの」

「ギルド長に、調べてもらっていたのですよ。リンガード王国にいた頃の、エルナのことを」

「……!!」


 エルナのことを、ギルド長が? 何日もギルドを空けてまで調べていた?

 どうして……いや、でも。


「驚いていますね。だけど必要なことだったと……今なら強く思えます」

「…………」


 僕も黙って頷く。エルナの過去に、あの溢れ出した魔力、その秘密が隠されているかもしれない。

 ……そうか、さっきフィンリッドさんとセトリアさんが言っていた『あちらの調査報告』というのは、ギルド長のリンガード王国の調査のことだったんだ。


「では、ラック君にもその報告を聞いてもらいます」

「お願いします」


 どうして僕が聞いていいのか。そんなことはどうでもいい。教えてくれると言うのなら、ありがたく聞かせてもらうだけだ――。


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