父上と祖父上と猫(7)

 そして四人でテーブルに付き、使用人が茶を用意すると。


「それで。前触れもなく訪れたのは、何の用じゃ? ……くっしゅん! 前もって教えてくれればもっと歓迎の準備ができたのに……。何か、急ぎの用事か? くっしゅん!」


 くしゃみを時折混ぜつつ、ボンベイが三人に向かって尋ねる。


 突然の来訪に迷惑を感じているわけではないが、久しぶりの息子と孫との再会、そして孫の婚約者との初顔合わせの場なのだから、事前に教えてくれればよかったのに、というボンベイの思いが伝わってくる。


 するとキムリックが、神妙な面持ちで言葉を紡ぐ。


「今日父上の元を訪れたのは、他でもありません。五十年前に父上が出した、猫たん……猫の飼育を規制するお触れについてです」

「なっ……!?」


 それまで穏やかに微笑んでいたボンベイが、戦慄したように顔を強張らせた。


 きっとまるで想像していなかった話だったからだろう。だが、そうだとしても怯えたような表情になっているのはなぜなのだろう。


「実は俺とスクーカムは、最近猫たんを初めてこの目で見ました。猫を愛するソマリが、輿入れと共に猫たんを連れてきたからです」


 さっきは「猫たん」を「猫」と言い直していたのに、今回は淀みなくはっきりと「猫たん」とキムリックは言った。


 祖父に取り繕うのはやめたのか、それとも愛する猫はやっぱり猫たんと呼ばなければならないと思い直したのか。


 どちらにしろ、意味不明な呼び方だが。


 しかし幸いにもボンベイはその呼び名を気にした様子もなく、緊張した様子でこう言った。


「それで……? くっしゅん。猫を見て、ふたりはどう思ったのじゃ。くっしゅん」

「父上が猫たんを見たことがあるとしたらお分かりかと思いますが。それはもう! かわいいです! かわいすぎです! 人智を超越したかわいさですよ、猫たんはっ」


 すっかり猫に魅了されたキムリックは、激しく猫のかわいさを主張した。


「まあ……。俺も全面的に同意です。なぜあんなかわいさ極まりない生き物を今まで遠ざけていたのだろうと、後悔しかありません。できることなら、生まれた時から人生をやり直して猫と一緒に暮らしたいくらいです」


 激しい父を見てかえって冷静になったのか、スクーカムは落ち着いた声音で言う。言っていることは父と大して変わらないが。


「……なるほど。くっしゅん。猫はかわいい、か……。くっしゅん」


 どこか意味深に言葉を紡ぐボンベイ。


 彼のくしゃみの連発具合に、ソマリは「本当に具合は大丈夫なのかしら」と密かに心配し始めた。


「そうですよ! 父上、なぜ猫たんの取り締まりなどなさったのです!? しかも噂によると、猫たんを捕まえては火あぶりにしていたとかっ。尊敬してやまない父上ですが、それが真実なら許すまじ行為です!」

「父上の言う通りです。祖父上が猫にそんなひどい目に遭わせていたとしたら……。場合によっては、縁を切らせていただきたい」


(えっ。まさかそんな話になるなんて)


 王家の親子関係すら危うい状況に陥っていて、ソマリは戦々恐々とした。


 しかし猫を愛する者として、猫を迫害する者を受け入れられない気持ちは十二分に理解できた。


 ふたりの言い分を聞いたボンベイは俯くと、握りこぶしを作りプルプルと震え出した。そして、ソマリがかろうじて聞き取れるような小声でこう呟く。


「猫がかわいい、だと……? くっしゅん。今さら何を分かり切ったことを。くっしゅん。そんなの五十年以上前から知っておるわい……」

「え? 今、なんと?」


 聞き間違いを疑ったのか、スクーカムが訪ねた。ソマリも耳を疑った。


(今、猫がかわいいことなんて知っているって言ったように聞こえたけど……?)


 するとボンベイは顔を上げ、目を見開いた。そして勢いよく立ち上がる。


「だから! くっしゅん! わしは猫がかわいいことなんてとっくの昔に知っておるのじゃよ! だがだめなんじゃ! くっしゅん! あいつらは悪魔の使いだからっ! 近寄るとわしの体がおかしくなるんじゃ! くっしゅん!」


 くしゃみ交じりにボンベイが大声で言う。その必死な様子は、魂からの叫びに思えた。


「えっと……。どういうとです? すべてがどうでもよくなるような猫のかわいさは、悪魔的とも思えますし、俺もかわいさのあまり動悸が激しくなりますが……」


 祖父の突然の豹変ぶりにスクーカムが恐る恐る尋ねると、ボンベイは悲し気な面持ちをして首を振る。


「そういう精神的な話じゃないのじゃ……。くっしゅん! わしもお前らと一緒で一目見た瞬間猫のかわいさに打ちのめされ、王宮に迎え入れた! くっしゅん! しかし猫が近づくと目がかゆくなって鼻水が出てくしゃみが止まらなくなるし、挙句の果てには体に謎の湿疹が出るんじゃ! くっしゅん! それは猫が悪魔の使いだからに違いないだろう!?」

「なんと!? 父上の体に、そんな現象が……!」


 まったく想像しいなかったらしい話に、キムリックは驚愕した様子だ。


「では火あぶりにしていたというのは……?」

「そんなことするわけがなかろうっ。くっしゅん」


 スクーカムの問うと、ボンベイはぶんぶんと首を横に振って勢いよく否定する。


「悪魔の使いと言えども、かわいい猫を殺すなんてとんでもない! くっしゅんっ。身寄りのない猫を王家の使っていない屋敷で保護し、面倒をみていたのじゃっ。くっしゅん! まあ、わしはその屋敷に近寄れなかったがな……。くっしゅん!」


 言葉の最後の方は、とても寂し気な面持ちだった。


(酷い目に遭った猫がいなかったのは本当によかったわ。それにしでもボンベイ様、本当に猫がお好きなのね……)

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