父上と祖父上と猫(6)


 先王であり、スクーカムの祖父でもあるボンベイ・サイベリアンは、王都外れの湖畔にある王家の別荘で隠居していた。


 キムリックが猫に即落ちした後。早速ソマリはキムリックとスクーカムと共に、馬車でボンベイの住む別荘へと向かっていた。


 馬車の中で、スクーカムはボンベイの人柄についてこんな説明をソマリにしてくれた。


 現役時代は苛烈な軍人で、兵士たち少しでもたるんでいる気配を見せると厳しく叱責していたため、雷帝ボンベイと呼ばれていた。


 しかしスクーカムが物心ついたころにはすでにキムリックが王になっていたため、険しいボンベイの姿を見たことがないのだという。


 隠居したボンベイはいつも物腰柔らかで、キムリックには時々苦言を呈していたが、スクーカムにはいつも優しかったのだそうだ。


「とても生真面目なお方なのですね。しかし、孫であるスクーカム様はかわいくて仕方が無かったのでしょう」

「ああ。現役自体は厳しかったらしいが、理不尽なことで怒鳴りつけるということは無く、筋が通った方だったと父上にも聞いている。そんな祖父が、意味も無く猫を取り締まるお触れなど出すとは思えないのだが……」


 スクーカムが神妙な面持ちで言うと、キムリックも頷く。


「うむ……。何か理由があるのだろうか? もしややはり猫たんが悪魔の使いだとか……いや、まさかそんなはずはない。しかしそうだとしても俺は猫たんのすべてを受け入れるっ」


 一国の王らしくないことを意気込むキムリック。こうまで狂わせてしまうとは、本当に猫の魅力はすさまじい。


 そんな会話三人で繰り広げていたら、別荘の前に到着した。


 太陽の光をキラキラと照らす湖のほとりに建てられた、白い壁の美しい立派な館だった。元国王の住まいとあって、ソマリの居住である離宮の数倍は広く、屋根や扉などの装飾も断然細やかだった。


「なんと美しい別荘でしょう……! 心が洗われるようですわ」


 馬車から降りたソマリが、感嘆の声を漏らす。


(老後はこんなところで、たくさんの猫ちゃんに囲まれて静かに暮らしたいわね)


 そんな夢まで思い描いていると、キムリックがこう言った。


「ああ。実は父は軍人らしくない側面があって、絵画や彫刻品など、美しいものが好きなのだ。だから風景が一際きれいなこの場所を終生の住まいとして選んだのだよ」

「へえ……。知らなかったです。あ、でもそう言えば、女児向けの見た目が麗しい玩具なんかも祖父の部屋には飾られていました。ああいった物もお好きなんでしょうね」


 キムリックの言葉に、スクーカムも心あたりがあったらしい。


(美しいものが好き。それなら、世界一美しくかわいい猫ちゃんのことを、どうして規制なんか?)


 ますますボンベイの謎は深まるばかりだ。


 門の外に構えられていた門番小屋の中にいる兵士に、スクーカムが来訪を告げる。


 突然の訪問だったため、兵士は早口で三人に挨拶をすると、慌てて屋敷の中へと入っていった。


 そして待つことしばし。ボンベイの許可が下りたのか、門番は門を開け、三人を屋敷の中へと案内した。――すると。


「キムリックにスクーカム! よく来た、久しいな。スクーカムも随分大きくなったなあ!」


 幾重にも皺が刻まれた顔で朗らかに微笑む白髪の老人が、出迎えてくれた。


 きりりとした眉に切れ長の瞳、真っすぐに通った鼻筋はキムリックにもスクーカムにもよく似ている。若い頃はさぞ美男子だったのだろうなと、ソマリには容易に想像できた。


「祖父上、お久しぶりです」

「お元気そうで何よりです」


 挨拶をする息子と孫にニコニコしながらうんうんと頷くと、ボンベイは彼らのやや後ろにいたソマリに視線を合わせた。


「おや? そちらのかわいらしいお嬢さんは? まさか……?」

「はい。俺の婚約者である、ソマリ・シャルトリューです」

「ソマリと申します。ふつつかものですが、何卒よろしくお願いいたします」


 スクーカムの紹介を受けて、ソマリがドレスの裾を持ち、恭しく挨拶をした。


 するとボンベイは瞳を輝かせた。


「おお、そうではないかと思っていたのだ! まさか、こんな美しい女性が我が孫の妻になってくれるとは喜ばしい限りだ。ソマリ、あまり堅苦しくするでないぞ。わしのことは本当の祖父のように慕ってくれえると嬉しい」


 優しく微笑みかけ、親しげな言葉を向けてくれるボンベイ。その歓迎っぷりにソマリの胸も温まる。


「ありがとうございます、ボンベイ様」


 言いながら、ソマリがスクーカムの隣に並ぶと。


「……くっしゅん! くっしゅん!」


 ボンベイが二回連続くしゃみをした。また、鼻をすすり始めている。


「祖父上。お風邪を召しているのですか?」


 スクーカムが心配そうな面持ちで尋ねる。


「いや……。ここ数年風邪などひいていないし、今までずっと元気だったからそんなはずは……。なぜか急に鼻がムズムズしてきたのじゃ」

「埃でも入ったのでしょうかね?」

「まあ……そんなところじゃろうな」


 キムリックの言葉に納得したような面持ちになると、ボンベイは広間に三人を案内してくれた。


 使用人に茶を用意するよう命じるボンベイだったが、その間も何度かくしゃみをしていた。

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