第六章

父上と祖父上と猫(1)

 スクーカム=タビーと判明してから、しばらく。


 スクーカムはスクーカムとして毎日のように離宮を訪れては、堂々と猫をかわいがるようになった。


「な、なんだ二匹で丸まっているこの状態は……! かわいい、かわいすぎるっ」


 布を敷いたバスケットの中で、二匹寄り添って眠るルナとアルテミスを見つけて、スクーカムは驚きの声を上げる。


「ふふ。かわいいですよね! 猫ちゃんが複数で丸まっているこの状況を、東の国では“猫団子”と呼んでいるんだとか。団子は真ん丸のお菓子だそうです」


 ソマリは得意げな笑みを浮かべて言った。


「猫団子!? 団子という菓子のことは存じないが、なんという素晴らしい響きだ。いや、もはや“猫”とくっつければどんな言葉でもかわいく聞こえてしまうのだが」

「さすがスクーカム様、分かってらっしゃいますね! ……あ! ルナが伸ばした手を縮めて、アルテミスをまるで抱きしめているような状態になってますわっ」

「なんと……! 尊い、尊すぎるっ。もうあの間に挟まりたい! しかし寝ているのを邪魔するわけには……。な、なんという精神攻撃だ……!」


 たどたどしくそう言いながら、スクーカムは膝をつく。眉をひそめているその表情は、本当に苦しそうだ。


 一応、サイベリアン王国のしきたりとして今も普段は鉄仮面をつけているスクーカムだが、タビーの件があった以降離宮では外すようになった。


(親しい者以外の前では鉄仮面をつける、という風習だと聞き及んでいるけれど。私をその「親しい者」の中に入れてくださったということよね?)


 そう考えると、ソマリは底知れない嬉しさがこみ上げてくる。スクーカムがタビーだったと知ったあの日に思いを通わせてから、ますますソマリは彼を愛しく感じるようになった。


 だが、それにしても。


「スクーカム様……。猫ちゃんをかわいいと思ってくれているのは嬉しいのですが、なぜいつもそんなに苦しそうなのです……? 少々心配になってしまうのですが」


 スクーカムは、猫がかわいい姿を見せる度にいつも今のように呻き声をあげ、息を荒げている。


 そういえば、「猫をかわいいだなんて思っていない」と言い張っていた時から、離宮にくるといつも様子がおかしかった。


 彼のその姿を見ると、本当に猫は悪魔の使いでスクーカムはその魔力にあてられているのではないかと不安になってしまう。


 するとスクーカムは、さも意外そうにこう尋ねてきた。


「えっ……。いや、猫がかわいすぎて辛くなってしまうのだが……?」

「辛くなってしまう……?」

「ああ。胸がしめつけられるというか、いてもたってもいられなくなるというか……。むしろなんで君はこんなにかわいい生物を見て、正気を保っていられるのだ?」

「はあ……。よ、よくわかりませんが、私は猫ちゃんとの付き合いが長いので……」


 なんせ、二十二回目の人生を送っている最中なのだ。


(いまいちよくわからないけれど、スクーカム様はあまりかわいいものに触れた経験が無さそうだから、かわいすぎる猫に耐性が無いのかもしれないわね……)


 スクーカムの言い分を、ソマリはそんな風に解釈する。


「そうか。君は経験豊富で、強い精神力を持っているのだな。俺も見習わなくては……。俺も君のように、いちいちダメージを受けずに猫をかわいがれるようにならなくては。サイベリアン王国の時期国王として」

「は、はあ。応援しておりますわ」


 次期国王としての目標設定としてはおかしい気がするが、スクーカムがいちいち苦しまずに猫と戯れられるようになるのならいいことだ。


 そんな風にソマリが考えていると。


「スクーカム様直属の隊の方がお見えになりましたよ~」


 離宮の庭で猫草の手入れを行っていたコラットが、兵士たち数人を引き連れて戻ってきた。


「お前らも毎日のように来るんだな……」


 スクーカムが苦笑を浮かべると、男たちはバツ悪そうに笑う。


「スクーカム様だって、職務以外の時間はほとんどここにいらっしゃるじゃないですか~。俺たちだって猫を見たいんです」

「そうですよ! もう猫様は俺たちの活力源なんですよ!」


 うんうん、と頷く兵士たち。


 盗賊騒動でスクーカムが猫好きだと発覚して以来、「スクーカム様が好む猫とはどんな生き物なのだろう」と、兵士たちの間で噂になったらしく、何人かが離宮に猫を見に訪れた。


 そして、来た者すべてがあっけなく猫に魅了された。


「これが猫!? 信じられん……! こんなかわいい生き物がこの世に存在したとは!」とか「俺はなぜ今まで猫を知らなかったのだろう……。猫のためなら、死ねる!」とか「ああ猫ちゃんかわいいかわいいかわいすぎて辛い」などと、中には危ないことを申す者まで現われだした。


 猫好きならば大歓迎のソマリは、猫を見に来たい兵士をたちの自由を出入りにさせている。


「まあ。お前らがここを訪れるようになってから、士気も上がっているようだし……。ソマリが迷惑でなければ俺は構わんが」


 スクーカムの言う通り、猫は兵士たちの癒しになっているらしい。

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