鉄仮面の下(7)

(いやいや、バレバレでしたけどね? あれで気づかない人なんて、猫のことしか頭に無いソマリ様くらいですからね?)


 傍らで黙って聞いているコラットは、ふたりのやり取りに呆れてしまう。思わず口に出してしまうところだったが、すんでのところで堪えた。


「嘘を言っていたことは謝罪する。だが、ソマリも『猫かわいい』などと言い出す軟弱な男が婚約者なんて嫌なのではと思ってな」


 きまり悪そうに尋ねるスクーカムだったが、ソマリは身を乗り出して勢いよくこう言った。


「え!? 嫌なわけないではありませんか! むしろ最高ですが!?」

「へ……?」

「猫ちゃんが好きな伴侶と人生を歩めるなんて、幸せの極みです……! 最初から隠さずにさらけ出してくださったらよかったのに!」

「そ、そうだったのか?」


 ソマリのこの反応は意外だったらしく、スクーカムはきょとんとした顔をした。


「スクーカム様がタビーだったことが信じられなくてちょっと混乱してしまいましたが、今あなたから『猫がかわいい』と聞けて、やっと受け入れることができました。確かに、スクーカム様とタビーは、声が一緒でしたわ……。本当にどうして今まで気が付かなかったのかしら」


 ソマリはスクーカムに向かって柔らかく微笑んだ。


 よそよそしさやぎこちなさは一切感じられない、心から信頼している者にしか向けられない笑みのように見える。


「本当か……。よかった、君が受け入れてくれて」

「ふふ。実は私、スクーカム様がタビーのように猫ちゃん好きならよかったのにって思っていたんです。そうしたら楽しい結婚生活を送れるんだろうなって」

「ほう……。そんなことを考えていたのか」

「ええ。それにこうなったから打ち明けるんですけど、いっそタビーが夫ならなあなんて思ってしまう始末でしたわ。猫ちゃんのためにいろいろ動いてくれるタビーに、私好意を持っってしまったのです。でも彼は冒険者だし、私はスクーカム様の婚約者だし、叶わぬ想いだわ……なんて感傷に浸ったりしちゃって」


 しみじみと最近の自分の想いを語るソマリだったが。


 それを聞いたスクーカムは驚いたような顔をした後、彼女から目を逸らした。彼の頬は、少し赤みを帯びている。


「そ、それは君が俺を想ってくれていた、という解釈でいいのか?」

「え……?」

「だって俺はスクーカムだが、タビーでもある。君はタビーに想いを寄せてくれていたのだろう?」

「あれ……? そ、そっか。私はつまり、スクーカム様のことを……。……きゃあ! 私ってばとんだ告白をっ。と、突然申し訳ございません!」


 顔を真っ赤にして、ソマリが慌てる。スクーカム=タビーだと受け入れたとは口で言っていたものの、自分の想い人がスクーカムであったことは、感情が追い付いていなかったらしい。


 するといまだに頬を赤くしたまま、スクーカムはソマリに視線を合わせた。そして、恐る恐ると言った調子で口を開く。


「謝ることはない。じ、実は俺もタビーとして君に近づいたとき、スクーカムの時とは違って君がよく笑って、明るく振る舞うものだから。す、素直でかわいい女性だと……」


 ソマリは虚を衝かれたような面持ちになる。


「え……! か、かわいいって。まさかスクーカム様の口からそのようなお言葉が出てくるなんて」

「いや、すまん俺は何を言っているんだ。しかしもう猫に対するかわいいという感情は隠さないことに決めた。だから、君に対してのこの感情も……」

「……ありがとうございます。嬉しいです」


 ふたりとも赤面して、もじもじしながら会話をしている。


 想いを通わせたふたりだったが、はっきりとした愛の言葉は出てこない。コラットはもどかしさを覚えた。


(猫に対してははっきりと『好きだ』と言うくせに。ふたりとも、人間に対しては奥手すぎるくらい奥手ねえ)


 呆れながらもそんなふたりを微笑ましく感じ、コラットは密かに微笑んだ。


(なんだかんだ、お似合いのふたりだわ)


 きっと、チャトランが運命のふたりを引き合わせてくれたのだろう。


 我関せずと、日向っ子をして尻尾をパタパタと動かしている茶トラの猫を見ながら、コラットは心からそう思ったのだ。

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