第6話 父よ、消えろ。あの子を悪女にする前に

「先王は話の分かる御方だったのだがな……」


 と、謁見の間へ向かう最中、王宮の廊下にてバロンが声を漏らしていた。


 リリたんは王都の別荘にて待機している。

 今のリリたんの立場は婚約者候補だ。エスタドール家のいざこざに、同席させる訳にはいかない。

 

「にしてもこの一ヶ月、忌々しかったわ。まるで私を悪人のように、視察団を派遣してきおってからに」


 うるさい悪人が。


 俺達が、謁見の間へ向かっている経緯。

 ここ一ヶ月、国王が視察団をエスタドール家の領地に派遣し、領内に如何わしい点が無いかをチェックしていた。

 まあ、視察自体は定期的な行事なのだが……問題なのは、視察を例年より早め、かつ念入りに行っているという事だ。

 

 流石に嫌気がさしたバロンは、自らの潔白と、不服の念いい加減にせえよを申し上げに参上仕ったという訳だ。


「ふん。まあ今の国王も、少し脅しつつ、色々メリットをチラつかせれば容易いものだろう」


 ぶっちゃけ、2年前まで君臨していた先王は無能だったと思う。

 甘やかす奸臣に囲まれ、諫言する忠臣を排除する。典型的な悪政を行っていた。

 エスタドール家も、前王の味方をすることでな関係を築いてきたのだ。治める領地も資源が豊富だから、前王としても旨味があったのだろう。

 

 そうこうしているうちに、謁見の間に辿り着いた俺とバロン。

 玉座には既に、ガーデン王国第9代国王ヨーラクが鎮座していた。

 謁見の間には宰相ローススと、近衛兵が数十人。そしてルクジャスミン姫が佇んでいる。


(よし、全部俺の狙い通りだな)


 という思惑は、まだ心に秘めておく。

 

 さて、謁見の始まりだ。

 頭を下げていたバロンの、国王に向けた口上から始まった。


「国王陛下に置かれましては、ますますご健勝のことと存じます。私は……」

「私は時間を浪費するのは嫌いだ。手短に話せ」


 うわ、取り付く島もない。一切の韜晦を許さない雰囲気がヨーラクから漂っている。

 これが原作では七魔族の傀儡になって、理不尽な暴政を働いてるってんだから驚きだよな。まあ、魔術で無理矢理洗脳されてたんだけども。

 若干押され気味になりながらも、バロンが本題に入る。

 

「最近我が領土を、陛下の命を受けた者たちが調査して回っています。しかし視察の時期にはまだ早く、それも過剰なまでに我が領民の生活を圧迫しております。その為、陛下に置かれましてはご不安を解消頂き、視察団を引き上げて頂きたく存じます」

「それでは、お主には疚しい所は無いという訳だな?」

「天地神明に誓いまして、このバロン、国王の臣下として恥ずべき所など、何も行っておりませぬ。王国随一の土地の多さ、土壌の豊かさを活かし、飢餓の悪魔から国を守り続けた自負があり、そのような疑惑は遺憾にございまする」


 ここまで啖呵きれるのは自信があるのだろう。

 もし先王のような暗君であれば懐柔出来たかもしれない。

 だが現王ヨーラクは原作では、魔王たちの傀儡となる前は、名君だったという。


「ところで、何故私が調査隊を出したと思う。告発者がいたからだ」

「何者ですか。その不埒な者は」

「ではその告発者に出てきてもらおう。前に出たまえ」

「はい」


 呼ばれたのは、即ち俺だった。

 ヨーラク国王に数歩近づき、逆にバロンからは数歩離れ、再度跪く。


「よくぞ告発してくれた、シオン」

「お褒めに与り、光栄の至りに存じます」

「シオン、貴様が……?」


 そうだよ。

 一ヶ月前から、動いてました。


「陛下が、このような愚息の悪戯を、真に受けるなんて……!?」


 国王が回答する代わりに、ルクジャスミン姫が前に出た。


「ルクジャスミン姫……?」

「バロン殿。お久しゅう。シオン君とは私、ペンフレンドの関係なのです」

「……は?」

「父上。ルクジャスミン姫の仰る通りです。私の告発は、ルクジャスミン姫に取り計らってもらいました」

(やったね!)


 と、こっそりとルクジャスミン姫がこちらにピースサインを出してきた。

 国王の娘であるこのルクジャスミンが、使別の話原作

 原作序盤で、追い詰められたルクに「媚びて見せろよ、王女様ぁ」みたいなことをシオンがしてたのも別の話原作

 メインヒロインだからこそ、彼女の好みとかは知ってた。だからこそ、三年前から定期的に手紙のやりとりをすることが出来たのだ。


「国王! しかし、こんな子供のたわごとを……信じたというのですか!?」


 宰相ローススの意見に、国王が種を取り出すや否や、一人でに小さく花が開く。

 種は俺が送ったもの。そして咲いたのは【収音花スピーカー】だ。


『【巫女】を抑えておけば……七魔族の奴らに先手が取れるかもしれんな、ゆくゆくはこの国は俺のもの……ククク』


 謁見の間に響く、録音されたバロンの企み。

 呆けるバロン。明らかに思考がクラッシュしてる。


「これはシオンから送られてきた不思議な花だ。他にも貴様の野望が山ほど聞こえたぞ。この国を我物にしようというのがな」

「な、なんで俺の声……?」

「シオンの花魔術は宮廷魔術師も舌を巻くほどの新しい領域に入っておるのだがな。親として誇らしいだろう」

「花、花、はなななななななな、なんで、そんな」

「これをきっかけに調査をしたのだ。既に様々な不正行為の証拠も見つけたぞ。貴様の家からもな」


 なんで俺の家からそんなものが? 証拠は全て分からない所に隠したはずだ。と言いたげな絶句ぶり。

 家中に花魔術の根を繰り広げていたんでね。勿論秘密の隠し通路や地下室にも。

 あ、リリたんの部屋とトイレとシャワールームだけには張り巡らせてない。あくまで紳士的にね。

 

「シオン、お前なにしたか分かってんのか……エスタドール家はこれで終わりだぞ!?」

「それなら、ちゃんと自分の口から懺悔してはどうですか。エスタドール家現当主として、潔く幕を降ろしましょうや」


 今にも爆発しそうな面持ちで黙っていると、何かを思いついたように目を見開いてきた。


「リリエル」


 リリたんの名前を出してきた。こいつ、さては道連れにしようとしてるな。


「そうだ、この愚息の婚約者! あいつが元凶だ! 今私の別荘に居るぅ! あの売女が全ての元凶だ! 奴が巫女なのだ! 国家の転覆の中心にいるのは、救神の力を操る事の出来る巫女、リリエルだぁ! 俺はあいつに唆され……!」

「それも既に聞いておる。貴様らの悪行に、罪無き子供を無理矢理付き合わせた、とな」

「へ……?」


 国王、ナイス即答。


「特殊な魔術をリリエル嬢に埋め込み、巫女などと利用するつもりだったのだろう。未来ある子供にそのような咎を負わせるなど、貴様それでも人の親か」


 と、憤る国王に最早バロンの言い訳は届かない。

 それくらい先回りしてるさ。追い詰められたらリリたんを道連れにする魂胆なんて丸見えだわ。

 だからこそ、国王にはリリたんの知識を先にインプットしておいた。

 勿論、諸悪の根源はバロンという事で話したが。

  

「なら、かくなる上は……!」


 バロンの周りで火柱が迸った。直前で飛び退いたからダメージはないが、相当の熱量だ。謁見の間が燃えていく。

 

「こういう筋書きはどうでしょうか。哀れにも陛下は、突如発生した不審火によってお隠れ賜ったと。俺の声を録音する忌々しい種も、目撃者もみな燃えてしまえば、証拠は残りませんなぁ!」

「面白くもない矛盾だらけの三文小説だな、父上」


 後が無くなった奴のすることは読めないな。

 衛兵たちも右往左往する中で、国王は平然と玉座に座っていた。いや逃げてくれ。色々アンタに死なれると面倒くさい。


 だが、ここまで強力な魔術を放つのは想定外だ。魔法陣や詠唱という前触れもなかった。恐らく、雲行きが怪しくなったころから魔力を少しずつ溜め、爆発させたのだろう。仮にも魔術師としては一流だ。

 だが伝統ある貴族が、ここまで往生際が悪いとは。


「エスタドールの先祖代々は、草葉の陰から残念がってるでしょうな。このような幕引きをするなんて、と」

「黙れ! エスタドールの名を継ぐ事さえ憚られる、落ちこぼれの癖に! 【火魔人レッドデーモン】!!」


 バロンの背後から聳える炎の巨人には、見覚えがある。

 原作では街を一つ燃やしたんだっけな。かなり自己中心的な理由で。

 最後には自分自身が炎の魔物になって、主人公たちに倒されたけど。

 

 実物で見ると、途方もない熱量だ。衛兵たちも、炎がもたらす熱風で近づけない。


「先ずはお前からだ。シオン!!」


 しかし予め【火魔人レッドデーモン】は知っていた。

 だから、既に対策済みだ。

 

「葉よ、生い茂れ――【防火実ナナカマド】」


 その答え合わせとして、複数の種をカーペットの上に仕込んだ。

 無数の木の枝が床から飛び出し、俺の前に壁を作った。

 群がったのは花ではなく、真っ赤な葉と実。

 結果、緋色のドームが出来上がる。

 

 朱葉の隙間に、バロンの嘲笑が見えた。


「それがお前が鍛錬した花魔術とやらか? 花すら見えないが」

「そりゃそうさ。花が無いのも植物にとっては個性だ」

「お前の個性は欠陥だ。その植物と同じようにな。欠陥品同士、【火魔人レッドデーモン】で灰になるがいい!」


 バロンが豪語すると、燃え盛る巨人は溶岩の掌を伸ばしてきた。

 掴まれたら灰になるどころじゃないな。溶けて混ぜて、蒸発するな。


 ただ、花も植物も火に弱い。そんな事は前世から分かり切っていた事だ。なら真っ先に火については対策して然るべきだろう?


「ぬ!?」


 【防火実ナナカマド】に触れたところで、炎の腕は消滅した。

 一方、【防火実ナナカマド】は何ともない。灼熱に触れても、焦げ目が一切ない。


「俺の【火魔人レッドデーモン】が……!?」

「父上。この世には、のをご存じないか? それが【防火葉ナナカマド】だ」


 【防火葉ナナカマド】。炎や溶岩が当たり前の魔境に適応し、耐熱性に特化した希少種だ。それを、花魔術で再現したのだ。

 対炎ならば無敵の性能を誇る植物。それがバロンを、集団で囲っている。

 さて、【防火葉ナナカマド】にはもう一つ、凶悪な性質が存在する。

 

「う……呼吸が……?」


 バロンが膝を着いた。酸素を求めて、みっともなく強く呼吸を繰り返している。

 同時に【火魔人レッドデーモン】も、蝋燭の灯火の様にパッと消えた。


「な、俺は【火魔人レッドデーモン】の解除をしていない……! ぐ……」


 疑問にはちゃんと答えてやらなきゃな。

 何故、バロンは突如窒息レベルで息が苦しくなったのか。

 そして【火魔人レッドデーモン】が完全焼失したのか。

 【防火葉ナナカマド】とは何なのか。


「この花は燃えないだけじゃない。

「だから、俺が呼吸……出来ない……」

「それだけじゃない。燃焼分の酸素も吸っちまう」


 植物は、呼吸をする。

 ただし【防火葉ナナカマド】の呼吸は、天敵の炎を消すように進化してきた。


 【防火葉ナナカマド】に囲まれた場所は空気が無くなる。

 すると人は息が出来ない。炎も燃焼出来ない。

 結果、人にとっても、炎にとっても天敵と成り得る植物となった。


 俺は【防火葉ナナカマド】を消した。 

 酸素欠乏症でまともに話が出来なくなっては困る。まだ情報をこいつは持ってる。

 だが代わりに、未だ藻掻き苦しむバロンへ一つの種を投げる。


「【吸魔花アルラウネ】」

「ぐ、おおおおおお……?」


 バロンの体内に在る残りの魔力を全て養分にする。これで【火魔人レッドデーモン】はもう放てない。

 火が消え、焦げだけが残った謁見の間にて、近衛兵たちの茫然とした顔が見える。


「すごい……先程の【火魔人レッドデーモン】、炎の魔術としては最強だったのに……」

「それを無力化したシオンという少年……とんでもない魔術師なのではないか」


 【火魔人レッドデーモン】は確かに最強だ。王都が燃えてもおかしくないレベルの炎だ。

 たまたま、俺に原作の知識と、炎を無効化する花があっただけの話だ。

 そもそも、序盤で死ぬ雑魚悪役の低スペックを、努力である程度補ったに過ぎない。

 

 もし、これがWeb小説だとしたら、気付いたら最強になってましたとかいう展開になるんだろうな。

 

 ……が、

 

 

 

「おい、バロン。さっきリリたんが売女とか言ってたな? おい」

「リリ、たん? ぐあ……」


 バロンの前髪を掴み上げる。よーく顔が見える。

 冷汗塗れだ。青ざめていた。

 今更被害者面する糞親父へ、怒りしか湧き上がってこない。

 

 戦闘のいざこざで忘れる訳ねーだろ。

 

 売女? 元凶? 国家転覆の中心? あいつに唆された?

 

 ふざけんな。


「てめえの欲望に付き合わせといて、上手くいかなかったらリリたんのせい……んなの罷り通る訳ぁねえだろう。あ?」

「お、お前、誰だ……俺の知ってる、シオンじゃない」


 ついに近衛兵が周りからやってきて、俺とバロンを引き剥がす。

 一方的にバロンの体中を剣で制し、身動きを取れなくした。だが口までは塞げないようだった。


「お、お前も終わりだぞ……同じエスタドール家として、破滅の道を往くのだ!」

「安心したまえ、バロン。君の息子は国家の転覆を防いだ英雄だ。私が身の安全を保障しよう」


 全国民の父親たる、裏表ない言葉だった。

 俺は国王ヨーラクに頭を下げる。


「しかし大変僭越ながら、ご安心なされるのはまだ早いかと存じます」

「何?」

「もう一人、ここに陛下の命を狙う輩が居ます」


 そそくさと退出しようとしている軍服姿の男に視線をやる。


「宰相ロースス。いいや、【怠惰のスロース】と言い換えた方がいいかな? 貴方は本当にですか?」


 さて。

 この謁見を画策した、を明かさなければならない。

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