■育ての父



 風空ふうくう雷空らいくうは双子のみずちだ。まだ小蛟と呼ばれてしまうぐらいには歳が若いのだが、それでも人間であるミズキたちよりも歳は遥かに上だ。


 妖かしの世界ではある一定の年齢になると老けなくなる。老けなくなるとはいえ、寿命というのは存在するのだが人間には気の長い話だ。


 そんな双子の姉弟は大食いだ。とにかく食べることが好きなので、彼らを育てた恩人でもある朝顔池の水神・夜哉よるやは毎日食事を用意するのが大変だ。何せ、彼らは料理ができない。教えようとしたのだがおぼつかない様子に早々にこれは駄目だと諦めたのだ。


 風空は兎の耳のように二つに結われた長い緑髪を揺らしながら機嫌良さそうに歩いていた。その隣にはくるくるの黄色の癖っ毛をいじりながら表情を緩ませる雷空がいる。彼らの浮ついた様子に夜哉は「お前たちねぇ」と苦笑した。



「そんなにミズキちゃんの料理が楽しみかい」

「当然ですよ、夜哉様!」

「そうですよ、夜哉様!」



 ずいっと前に出て風空は言う。



「ミズキ様のお料理はとても美味しいのです! もちろん、夜哉様のも美味しいのですが!」



 ミズキの料理は夜哉とは違った味の付け方だ。濃すぎず、薄すぎないという絶妙な味付け方が二人は好きだった。


 特にミズキは煮物料理を得意とし、肉の豪快な切り分け方は食べ応えがある。それはもう美味しいのだから文句がつけられない。



「招待されたからってあんまり食べすぎないようにね」



 三人はミズキから夕食の誘いを受けていた。夜哉が二人の大食いのことを話し、「食事の用意をたまには楽がしたいものだよ」と言ったところ、ミズキが「なら、お食事に来ますか?」と提案したのだ。


 丁度、紅緑が集落の頼み事を引き受けて食材を多くもらってきたのだという。肉や魚は長期に保存ができないのだが、干し肉などにしても消化する前に新しいのが来るというのがよくあるので食材には困っていないからと。


『紅緑様もご友人と話をするのも良いと思うのですよ』


 そう提案したミズキは紅緑に了承を得て三人を夕食に招待したのだ。


 竹林を抜けて見えた屋敷の戸を夜哉が叩いて声をかければ紅緑が出迎えてくれた。



「よく来ましたねぇ」

「お前もよく許したものだよ」

「アナタのところの蛟が大食いなのを知ってるからだよ」



 あの大食いのご飯を毎日、用意しているとなると同情すると紅緑は笑った。たまには休ませてやろうという彼なりの優しさだったようだ。


 大広間へと案内されて入ってみれば数々の料理が並べられていた。煮物料理に山菜の天ぷらや玉子焼きなどどれも美味しそうで、それらを見て風空と雷空は目を輝かせた。



「筍ご飯もありますよー」



 席に着く彼らにミズキはご飯の入った御櫃を持ってやってきた。炊き上がったばかりのご飯は湯気を立てている。



「料理も結構多めに作ったのでどんどん食べください」

「ありがとう、ミズキちゃん」

「ありがとうございます、ミズキ様!」

「ありがとうございます!」



 ミズキはどうぞとご飯をすすめた。風空と雷空は手を合わせてから箸を持つと料理に手を伸ばす。もぐもぐと美味しそうに口に頬張りながら勢いよく二人は食べ進めた。


 その姿にミズキは凄いなと眺める。紅緑はそれほど多く食べないのでこれほど大食いな様子を見るのは新鮮だった。


 紅緑は玉子焼きを食べながら「いつ見てもよく食べるねぇ」と呟いている。夜哉も筍ご飯を食べながら彼らの食べっぷりに笑いが溢れていた。



「美味しいぃぃ」



 風空はにこにこしながらご飯を食べ、雷空は煮込まれた鶏肉を頬張っていた。もっとゆっくり食べなさいと夜哉に注意されるも彼らの手は止まらない。



「こうやって食べてもらえると作り甲斐がありますねぇ」

「結構、疲れるよ」

「毎日の量を考えると疲れるだろうねぇ」



 この大食い加減だ、毎日の食事の量は多いのはわかる。夜哉は妖神あやしがみで村以外にも他所の集落の頼み事を聞き、その対価として食料をもらっているとはいえども食費はかなりのほどだろう。


 そう思っていると「屋敷ではだいぶ我慢してもらっている」と夜哉は言った。



「そう毎日、大量では流石にね。だから腹八分目には抑えてもらっているよ」


「それでも量は多いと……」

「うん」



 二人の腹八分目の量が普通とは違うのでそれは作るのは大変だろうなとミズキは夜哉の苦労を知る。


 これが彼らが幼い頃からだとなると長い付き合いになるのだ。それは確かにたまには休みなくもなるなとミズキは納得した。



「子育てが大変なことだねぇ」

「こうもたくさん食べる子達だとは思わなかったよ」

「夜哉様、二人のお父さんみたいですよね」



 ミズキの言葉に夜哉が「子供のようには思っているよ」と返した。



「小間使いというよりは我が子だね。小間使いが欲しかったのは本当だったんだけど、子育てしてたら変わったかなぁ」


「血の繋がりはなくともアナタの子でしょう、もう」



 紅緑は「アナタのその感情がそう言っているのだから」と言う。確かにそうかもしれないとは思うものの、彼らには両親がいたのだ。父として認められるというのは難しいのではないだろうかと、夜哉はなんとも言えない表情を見せた。



「そもそも、二人からしたら恩人だからね、僕」

「それは仕方ないでしょう」



 ちらりと見遣ると二人は美味しそうに料理を食べているからなのか、話の殆どが耳に入っていないようだった。


 そんな二人を優しげに見つめる夜哉にミズキはふむと考えて風空の隣に座ると彼女に耳打ちをした。


 それに風空は目を丸くしている。雷空が「どうした、姉さん」と問えば、ミズキが同じようにこそこそと話すと二人は顔を見合わせて箸を止めた。



「何をしてるんだい、ミズキ」

「ちょっと聞いただけですよ」



 にこっとミズキは笑みを浮かべるので何をだろうかと紅緑と夜哉は首を傾げた。



「ミズキ様、それはその……」

「お二人が少なからず、そう思っているならってだけなので」



 ミズキに「無理して言わなくてもいいですよ」と言われて、風空と雷空は「どうする」と小声で話しだす。少しして、二人は意を結したように夜哉を見た。



「えっとですね……」

「どうしたんだい、二人とも……」

「一緒に言おう」

「うん」



 すっと二人は息を吸って言った。



「父上、いつもありがとうございます!」

「父上、いつもありがとうございます!」



 父上。二人の口から出た言葉に夜哉は固まった。目を瞬かせながらミズキの方を見遣れば彼女はにこにことしている。



「聞いてみたんですよ」



 ミズキは言う。夜哉の話を聞いて風空に聞いてみたのだ。


『夜哉様は二人のことを我が子のように思っているけれどどうなの? もし、少しでも父親のように思えるならば、何か言ってあげて』


 父のように想っていると二人から聞いたことを思い出したミズキは二人に言ってみた。それを聞いた二人の答えが今の言葉だ。風空は「驚きました」と恥ずかしげに頬を掻き、雷空は照れたように癖っ毛を弄っている。



「その、私たちは救われた身です。でも、育ててくださった恩と同時に父のようにも思っておりました」


「けれど、それを口にするのは違うのではないかと思ったんです」



 恩人を父のように思うのはどうなのだろうか。相手は小間使いが欲しいと言っていたのだとそう思うと口には出せなかった。



「もちろん、本当の父のことを忘れたわけではありません」

「それでも、育てられながら父のように思ったのは本当なのです」



 だから、我が子のように思ってくれていたことが嬉しかったのだと二人は言った。それは本心から言われた言葉で、夜哉は口元を手で覆いながら瞼を閉じていた。



「どうだい、夜哉」

「父性が溢れそうなんだが」



 夜哉はゆっくりと瞼を上げて返すその姿は子を想う愛しさというを感じている様子だった。そんな彼に紅緑は可笑しそうに笑う。



「よかったじゃないか」

「いや、そうなのだが」

「あとは母だけだねぇ」

「それはまだ無理だよ、お前……」



 紅緑の揶揄う様子に夜哉は眉を下げる。そんな彼に風空が「父上ならば大丈夫です!」と声をかけ、雷空が「良い人が現れます!」と言った。



「父上は格好いいですし、とても優しいのですから! きっと良い方が現れます!」


「そうです!」



 こんなに良いお方はいないはずだと自信満々に話す風空に雷空も頷く。なんという自信、いや信頼であろうか。育ての父を自慢に思っているからこその発言のようだ。


 けれど、それと同時に「悪い女に捕まったらどうしよう」という不安もあるようで、うーむと二人は眉を寄せながら腕を組んでいる。そこまで悩むことかと夜哉が言えば、当然ですと力強く返された。



「見た目だけでは判断できないのですよ、女性というのは!」

「中身が大事です! 父上には幸せになってほしいのですから!」

「しかし、私たちがいると……」

「うむ……」



 子供がいる相手の妻になりたいと思う存在が何人いるだろうか。愛しているのなら別に気にしないという女性もいるだろうけれど、それが足枷になってしまうこともある。風空と雷空は「私たちのせいで」と落ち込んでいるのを、ミズキが「大丈夫ですよ!」と励ます。


 子供がいるからといって去っていく女性など、気にする必要はない。きっと全てを受け入れてくれる存在が現れるだろうからと。そうだろうかという不安そうな二人に夜哉が「お前たちが気にすることじゃないよ」と頭を撫でた。



「僕は別に急いで妻を娶るつもりないからね」

「そうですか……」

「でも良い方が会われたらちゃんと言ってくださいよ!」



 二人に「応援しますから!」と宣言されて、我が子に応援されるとはと夜哉が息を吐けば、紅緑が声を上げて笑い出した。



「はっはっは。いや、面白いねぇ」

「お前ねぇ……」

「大丈夫ですよ、夜哉様ならきっと!」


「ミズキちゃんまで……。まぁ、そんな機会があったら頑張るさ」



 そう言って笑う夜哉は嬉しそうだった。父として想われていたことが余程、嬉しかったのだろう。そんな様子にミズキはくすりと笑った。

 


          ***



「いざ、父だと呼ばれると二人が結婚することになった時を考えて泣きそうになる」


「アナタ、阿呆ですか」


「風空が嫁に行くなんて認めたくない……。雷空も変な女に捕まらないか心配すぎる」


「面白すぎるでしょう、アナタ」



 不安だと心配する夜哉の様子に紅緑は笑ってしまった。



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隠し神は人の娘(こ)を愛する〜あやしき妖神と人間の異類婚姻譚〜 巴 雪夜 @tomoe_yuya

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