第28話 ざわめく心


 料理をお膳に並べて凰牙たちがまつ広間へと向かう。襖を開けてミズキは目を見開く、絡新婦じょろうぐも花菊はなぎく紅緑こうろくにべったりくっついているのだ。彼女は甘く囁いているけれど、彼は不機嫌そうにお茶を飲んでいる。


 ざわりと胸が騒いだ。


(うん?)


 今のはなんだろうか、首を傾げつつ不思議に思いながらミズキはお膳を並べる。杏子は「ミズキと一緒に作ったら大丈夫」と胸を張っていた。そんな彼女に凰牙おうがは「よく作ったな」と嬉しそうに笑みを浮かべている。



「食べてもいいか!」

「遠慮せんと食べてえぇよ!」



 その返事と共に凰牙はぱくりと一口食べるそれを杏子はじっと見ていた。大丈夫だという自信はあるけれど、やはり不安にも思うのだ。どきどきと胸を鳴らしながら彼の反応を待つ。



「美味い!」



 凰牙はそう声をあげて美味しそうにご飯を頬張った。そんな彼に杏子が嬉しそうにそうじゃろうと満面の笑みをみせる。


 ミズキは良かったと胸を撫で下ろした。教えた身としては相手の口に合ってほしいものだ。食べられない料理は作っていないけれど、美味しいという言葉を聞いて安堵した。これで微妙だと、不味いと言われては杏子に申し訳ない。



「あらぁ、これ味が濃くなぁい」



 そう言ったのは花菊だ、眉を下げて露骨に顔を歪めている。用意されたお茶を飲みながら口元に手を添えていた。杏子はむっとしたように彼女を睨む。



「貴女が教えたのよねぇ」

「そうですけど……」

「こんな濃いの彼の口に合うの?」



 花菊の言葉に紅緑のことを言っているのだとすぐに理解した。これは凰牙の好みの味付けにしただけで、普段の彼好みの味付けではない。



「凰牙の好みの味付けですね」



 そう答えようとするのを遮るように言った、ミズキはワタシ好みに作ってくれますからと。



「凰牙の好みの味付けを聞いたのでしょう?」

「そうなんよ! 好みの味付けの仕方をミズキは教えてくれたの!」

「でしょうね」



 紅緑は頷くとまた一口、食べた。彼の言葉に花菊は眉を寄せて小さく唇を噛んだ。



「にしても、ミズキは料理が上手いねぇ」



 紅緑に「料理が苦手な相手が作れるぐらいには教えてあげれるのだから」と言われてミズキは首を左右に振った。


 確かに杏子は不慣れではあったが、教えたことはきっちりとやっていたのだ。話を聞いて覚えながら作っていた。教えている相手のことを無視して勝手にやろうとしなかった彼女だったからできたことだ。



「私が上手いというよりかは、ちゃんと話を聞いてくれた杏子ちゃんだったから、よかったんだと思います」


「うちはミズキちゃんのおかげやと思うわぁ」



 腕に自信なんて無かったというのに上手くできたのだ。杏子はにこにこしながらミズキの手を握りしめて礼を言った。


 そんな様子に花菊は不機嫌そうに眉を寄せて見つめている。その視線は冷たくてミズキは思わず避けるように目を背けた。


          *


「せや、どうしてあんたが此処にいはるのよ」



 食事が終わって杏子が嫌そうに花菊を見ながら言った。その問いに「わらわは紅緑に用があったのよ」と彼の腕に抱きついた。紅緑は嫌そうにその腕を払い除ける。



「やめてくれ」

「ほんと、つれないわねぇ」



 そんな紅緑の拒絶も何のその、花菊は頬を膨らませながら近寄りやめる気配がない。


(何だろう……)


 見ていてなんだがざわざわする、ミズキはそんな感情に襲われていた。その原因が分からず小首を傾げる。



「わらわが仕切っている遊郭城に魑魅魍魎が這っていて困っているのよ」



 麻焼あさやけの裏街に遊郭城と呼ばれる建物がある。そこに魑魅魍魎がやってきては城内を這いまわっているのだという。遊女の中で戦える者は少なくて花菊だけでは手に負えないらしい。



「妖かしやないのよ。それぐらいそっちでやりなさいな」

「遊郭で働く妖かしは戦う力なんてないのが多いのよ」



 花菊が「戦えるだけの力があるのなら遊女なんてやってはいないわよ」と答えれば、納得したのか杏子は口を尖らせつつ黙った。


 頼むならば付き合いも長く信頼できる存在がいい。そう言って花菊は紅緑の腕に抱きつこうとして、それを避けられてしまった。彼は笑みを向けられて嫌そうにしている。



夜哉よるやに頼めばいいだろう」

「わらわはあいつ嫌い」



 プイッとそっぽを向けて片頬を膨らませる。紅緑でないと嫌だと再び抱き着こうとしてくるのを彼は払い除ける。



「わかったらかやめてくれ」



 ミズキは二人の様子にだんだんと嫌な気分になっていく。どうしてそうなるのかは分からないけれど、今すぐこの場から離れたくなった。何だか、そう何だか嫌なのだ。



「そうと決まったら早う」

「待ってくれ、私はミズキを送ら……」

「私は大丈夫です!」



 紅緑の言葉を遮るようにミズキは返した。そんな様子に彼はが驚いたふうに目を瞬かせている。



「えっと、杏子ちゃんに送ってもらうので、紅緑様は早く行ってあげてください」



 笑みを見せて言うミズキに「しかし……」と紅緑が口にしようとして、杏子が「大丈夫、大丈夫」と割って入る。



「凰牙とわたしで送るから、紅緑様は安心なさってぇな」



 ねっと杏子に同意を求められて、凰牙は「そうだ安心しろ」と言う。彼の押しもあってか仕方ないと言ったふうに紅緑は立ち上がった。玄関まで見送ると「夕刻までには帰ります」と言って花菊と共に麻焼へと向かっていった。


 ミズキは彼に近い花菊を見てなんとも言えない気持ちになった。そんな気持ちを察してか、杏子は「あの女は質が悪い」と呟いた。



「ミズキちゃんがいるの分かっててやってはるわ!」



 ほんと気に食わないわと杏子は顔を顰めていた。ミズキは見えなくなる二人の影を眺めながら何故だか寂しくなった。

 


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