第四章:青鬼の嫁探し

第18話 赤鬼と青鬼


 綺麗に巻かれた玉子焼きに野菜の漬物、大根の味噌汁にご飯。朝餉の置かれたお膳を囲炉裏へと運ぼうとしてすいっと触手が伸びてきた。それはお膳を器用に持って運んでいく。紅緑こうろくが彼なりに手伝っているのだ。


 ミズキが料理を作っている間、紅緑は側でそれを眺めて手伝えそうなところは手を貸していた。お膳を運ぶのも今や彼がやっている。


 そうやって準備をして二人で囲炉裏の前に座り食事を始める。ちらりと紅緑に目をやってミズキは彼の反応を確認した。彼は料理を口に運びながらわずかに頬を綻ばせている。気に入った料理や味付けの時、彼は楽しそうにする。


 今日もうまくできたとミズキは小さく笑む。自分の作った料理を美味しく食べてもらえるというのは嬉しいものなのだなと此処に来て改めて実感した。



「どうしたんだい?」

「あ、えっとお口に合ったかなぁって」

「お前の料理はいつも美味しいよ」



 朗らかに微笑みを紅緑は見せてくれてミズキはこの笑顔が好きだった。


 今日も見れたなと思いながらご飯を口に運び、「今日は何かあるのですか」と問えば、「何もないよ」と紅緑は答えた。



「今日はずっとミズキといられるよ」



 そう言ってミズキをそっと抱きしめる。今日も暫く抱きしめられるのだ、これに関しては別に嫌ではないし、ここに来てからずっとそうなので慣れてしまった。


 書物庫の本を読みながらだったり、紅緑と他愛無い話をしたりして一日を過ごす。誰かと過ごすことで寂しいと思うこともない、悪くない生活だ。



「ミズキーー!」



 突然の叫ぶような呼びにびくりと肩を跳ねさせる。紅緑もまた驚いたのか、声がした方へと目を向けた。


 ずざっと地面を擦るような音を鳴らして走ってきたのは杏子だった。土間に駆け込んできた彼女はミズキを見つけるやいな駆け寄る。



「食事中に申し訳ありません、紅緑様!」

「忙しいねぇ、凰牙おうがの妻よ。どうかしたのかい?」


「ちょっとありましてね!」

「ちょっと?」


 二人に頼みたいことがあるのだと杏子は手を合わせる。何だろうかと問うのだが、詳しくは村で話すと言われて二人は訳が分からぬまま、彼女に着いていくしかなかった。


          * 

  

 赤鬼の村の広場は騒ぎになっていた。祭りなどで使われるその場所は今や赤髪の鬼と青髪の鬼で埋まっている。やいのやいのと野次が飛び交い、中央では凰牙と青鬼を率いている大柄の男が睨み合っていた。


 片や赤鬼軍団、片や青鬼軍団と別れたその集まりにミズキは目を丸くさせる。紅緑に至ってはすぐに面倒事だと察したらしく、嫌々といったふうに顔を顰めていた。


 凰牙の前に立つ屈強な身体に渋面な少し長めの青髪の男、青鬼軍団の長らしき人物は指を差しながら怒鳴っている。



「人間の小娘など嫁にしよって!」

「うるせぇ! 人間の何が悪い!」



 どうやら妻にした杏子について話をしているようだ。青鬼が「小娘だぞ」と言えば、凰牙が「未だに妻を娶らぬ腰抜けめ!」と返す。


 何だこれは、どういった状況なのだ。ミズキが説明を求めるように杏子を見れば、彼女は呆れたように言った。



「難癖つけられてるのよ」



 元々、赤鬼と青鬼は仲は良いというわけではないらしい。だからといって争うことや横暴な態度をとるようなことはしなかった。どうしても納得できないことは血を流さない勝負で決めていたのだという。


 そんな仲の青鬼だが赤鬼の長が妻を娶ったと聞き、挨拶をするがてら見に来た。そして、妻が人間だと知って難癖をつけたことからこの騒ぎになったのだ。



「あの青鬼は人間に良い印象がないみたいなのよ」



 杏子を見た瞬間から信じられないものを見るような目を向けてきたという。発した言葉は欲深い人間の何処が良いだった。


 それを聞いて確かに人間は欲深いなとミズキは思う。欲に溺れる者というのは多く、それが原因は身を滅ぼす者もいる。平気で自分の子供を差し出すことだってするのだから。


 その言葉を皮切りに言い合いが始まってしまい、こうして騒ぎになってしまった。杏子はこれをどうにかしたいようだ。


 流石に人間と一括りにしてはいるが自分の悪口を言われて良い気はしないし、凰牙がそろそろ怒りそうで、それはそれで面倒だからやめてほしいのだと杏子は困ったように眉を下げていた。



「これを機に仲が悪うなるのは困るんよ」

「そうなんですか?」


「青鬼の村は海沿いにあってね。そこでしか手に入らない食材とかがあるの」



 青鬼の村は此処からさらに離れた海沿いにある。海産物などの食材というのはここら辺では青鬼の村から取引しているのだ。


 それだけでなく、海を繋ぐ山道を言葉通じぬ妖かしや魑魅魍魎、獣などから守る協力もしているのだ。協力関係に亀裂が入るのは避けたい。



「紅緑様は妖神だからこの二人よりも強かろう? この場をどうにかできひんかと思って連れてきたの。同じ人間の妻を持つし」


「あぁ、なるほどねぇ……」



 自分が連れてこられた理由に納得したのか、紅緑は嫌そうな顔をする。それはそれは嫌そうに面倒そうに。そうなるのを見越していたのか、杏子がミズキに耳打ちをする。



「説得お願い」



 そんなことを言われてもと思ったが、さらに話がややこしくなる前に解決するのが一番なのは分かったので、ミズキは「早い方が楽だと思いますよ」と言ってみた。



「後になってさらにおかしくなったら、それはそれで面倒かなって」


「まぁ、それはそれで嫌だねぇ……」



 仕方ないと紅緑は溜息を吐いて二人の側まで歩いて行った。


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