第16話 田舎町滅亡まで、あと何日?③

 2日目以降、俺は来るべきドラゴニクスとの対決の日まで奔走した。


 社畜生活で鍛えたフットワークと耐久力がここで生かされてくるとはな。


 ある意味、あのキチガイ上司に感謝かな。


 なにしろ入社初日で言われたことが「フットワークは軽く、メンタルは強く」だしな。


 ―――いや感謝じゃねぇわ。


 そのおかげで、社会人になってから良い思い出が1つもないし、たまに記憶がない日があったし。


 暗い過去は封印して、俺は動いた。


 まず俺は、町長とドラゴニクスとの決戦当日の打ち合わせを行った。


 別行動して、両者泥沼の殺し合いになったらカノンの歌が届かない。


 犠牲者が増えて憎しみが募れば、和平も遠のくだろう。


 そもそも魔帝軍は和平を望んでいない。


 大事なのは、犠牲者を限りなく少なくすること。


 そこで、俺からの要求は2つ。


 1つは、ドラゴニクス対決部隊の全軍指揮を俺に与えること。


 もう1つは、カノンに2曲ほど歌う機会を与えること。


 町長と町の有力者たちを集めた会議で話しあった結果、こちらの要求を全て受け入れてくれた。


 争いの種を蒔いた人の話は聞いてもくれないのかと思ったが、


「広場でも言ったが、ドラゴニクスに一太刀浴びせられる人間は君しかおらん。君がいれば、この町は救われる。頼んだぞ、ミナミくん」


 町長や有力者が俺に信頼の目を寄せてくれた。


 エルはまぁ、レッドサイクロンの監視とカノンに付き添っていた。


 いや、付き添いという名のサボりだったな。


 だが、別にいい。


 エルが活躍するのは本番だ。


 具体的にはステージ設営とカノンのボディガード。


 セブンス・レガリアなき俺は、単純に身体能力が高いだけの人間だ。


 多彩な魔法が使えたのも魔帝と戦うことができたのも、すべてはレガリアのおかげだ。


 レガリアなき俺には、ステージを魔法で作ることはできない。


 そこで、エルに頼んでステージを設置してもらった。俺の要望とほぼ同じようなステージが設置できた。


 そのことに対し感謝の言葉を述べると、


「このくらい、神ならば当然のことだわ」


「いやいや、マジですげぇよ。流石は神。まさに神」


 俺の褒め言葉に便乗して、周りの人々もエルを褒める。


「すごい」「人間には出来ない芸当」「レベルが高い」「これが神か」


「ふふ~ん」


 鼻高々に笑っていた。人間を下に見ている割には、褒められると嬉しいらしい。


 単純で助かる。


 この調子で褒めまくって、もっと働いてもらおう。


 本番中の照明や音響調整もエルの仕事だ。


 ステージライトは光魔法で、歌声や音源を戦場全体に拡大するのは波魔法を使う。


 無線機能の性質を持つ“サマルカイト”という鉱石をマイクやスピーカーに組み込み、マイクから入った音をサマルカイトを通じてスピーカーに流し込む。これをエルの波魔法で音量を上げる。


 曲に関しては生演奏ではなく、スマホのシーケンスアプリで打ち込んだものを使う。 


 この町には楽器を演奏できる人間がいない。


 本当は生歌・生演奏にしたかったが、こればっかりはしょうがない。


 衣装はスカートをベースにした、可愛い系でいく。これは俺の単純な趣味。推しのアイドル四季メグルが着ていた衣装と似たモノだ。


 カノンに衣装を見せると、最初はめちゃくちゃ喜んでいた。


「可愛いですね! こんな服、見たことも着たこともないです」


 しかし、いざ着てみると――――


「あ、あのこれ、スカート短くないですか?」


 俺とエルしかこの場にいないのに、脚をモジモジさせ、スカートの裾を必死に伸ばしている。


「これくらい普通だろ」


「普通じゃありませんっ! チャタレーではもっと長かったです」


 そりゃあそうだろう。あそこの店はカノンの父やっているんだからな。


 父親としては悪い虫が寄ってこないように露出度低めの制服するのは当然だ。


 それに、娘がきわどい服装をしている姿は見たくないだろう。


「ウチはウチ、チャタレーはチャタレー。このスカートの丈が皆の注目を集めるんだから、これでいくぞ。さ、1回だけ衣装着てリハーサルだ」


「えぇ~……」


 カノンは最初こそ恥ずかしがって、スカートの裾を意識しながら歌っていたから酷かった。


 が、丈の短さに慣れてくると、持ち前の歌唱力が発揮された。


 これならいける。


 あとの空いている時間は、全てカノンの練習や話し相手になった。


 練習は動画サイトで勉強しつつ行った。


 ダンスは最後まで微妙だったが、歌は完璧になった。


 わりと厳しめな練習内容だったが、カノンは文句を言わず全てクリアしてきた。


 これなら、いけるかもしれない。一縷の望みが出てきた。


 時が迫るのも早いもので、気付いたらすでに3日後の夜。


 最後に仕上げとして、本番の衣装で歌ってみた。


 その結果―――カノンは、圧巻のパフォーマンスを見せた。


「すげぇ……」


 無意識に拍手していた。何回も見たのに、不覚にも感動してしまった。


「さすがね。神である私もつい鳥肌が立ってしまったわ」


「あ、ありがとうございます……」


 エルは照れながらお辞儀した。パフォーマンスの時はまさに“歌姫”というのに、パフォーマンスが終われば照れ屋な女子高生に戻る。これもギャップとして生かせるか。


 俺はパン、と手を叩く。


「よし、今日はこれで終わり! 早めに休んで、明日に備えよう」


「わかりました!」


「ふぁー、やっと終わった。さ、早く寝よ~」


「カノンは、風邪引かないように風呂に入って汗を流してきな」


「はい、そうします」


「エルは、一応護衛しておいてくれ」


「あーい」


 エルは眠そうに手を振って、カノンと一緒に風呂へと向かっていった。


 その間、俺はスマホで交渉術の本を読んでおいた。


 明日、ドラゴニクスとの交渉は基本町長が行う。


 しかし、非常事態が起こるかもしれない。


 その時、前線に出るのが俺だ。


 その延長線として交渉のテーブルの付くこともありえる。


 準備しないよりは、交渉を有利に進められるかもしれないからな。


 本を読み終わった後は、自分の推しのアイドル四季メグルのライブ動画を見た。


 推しのダンスは勇気を貰える。


 3時間ほど見て勇気を充電したところで、俺は風呂に行った。


 人生最後かもしれない露店風呂を堪能し、明日を死ぬ気で乗り越えよう。


 30人入っても余裕があるほど広い大きな岩風呂に入る。


「あぁ~気持ちいい~」


 乳白色にゅうはくしょくのお湯をすくい、顔にかける。


「いやぁ~気持ちいい~」


 思わず独り言が出た。


 社会人なってからゆっくり風呂に入るって選択肢がなかったんだよなぁ。


 浴槽は狭いし、冬は浴室がバカみたいに寒いし、そもそも風呂に入っている暇があったら1秒でも長く寝たいし。


 肩まで浸かり、思いっきり足を伸ばす。


 荒くれ者どもってこんな良い温泉を毎日入ってるのかよ。羨ましいぜ。


 下手なホテルの大浴場より広いぞ。


 見上げると、満天の星空が広がる。


 思わずため息をついてしまうほど綺麗だ。


 こんな夜空、ネットでしか見たことない。


「はぁ~……。明日は大規模な戦争になるかもしれないってのに、どうしてこんなに星が綺麗なんだよ……」


 俺が転生したこの星は、水も草原もある。


 地球と限りなく似た星なんだろう。きっと地球の夜空も、同じくらい星が瞬いていたはずだ。


 なのに、夜空を見上げても星空が見えない。


「まったく、人間というもの罪深いな……」


「独り言? 痛いわね」


 後ろから聞こえちゃいけないはずの憎たらしい声が聞こえてきた。


「えっ―――」


 後ろを向くと、タオルに身を包んだエルとカノンが―――ってなんでっ!?

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