猫夜叉

Some/How

ハジマリ

序話

 西暦二〇二五年。

 この世界ではとあるモノが流行の最先端を独占していた。

 今から約十年前に突如として世界各地に出現した謎の構造物。

 それらは不可思議な生物や物質を吐き出して近隣の村々や都市をあっという間に危険地帯へと化してしまった。

 そんな折、ある一人の無謀な勇者がその構造物の中へと飛び込んだ。

 そしてその様子は電波で以って世界中へと拡散された。

 それが世界初の"迷宮配信者ダンジョンストリーマー"の誕生の瞬間であった。


 極東の国、日本。

 こんな最果ての島国でもそれは例外ではなく、今や迷宮配信は最も儲かるコンテンツの一つとなっている。

 とはいえ、日本は他の大国と比べるとこの産業において随分と乗り遅れ気味であった。

 それは何故か?

 簡単な話だ、迷宮が顕現するのが最も遅かったのだ。

 日本に現れたのは今から約五年前、東京郊外の田舎。

 しかもその中でもさらに奥地の森の中であったため、発見が遅れてしまった。

 結局、日本で最も人気のある迷宮配信者は多少日本語が堪能な外国の配信者だ。

 しかし、日本が迷宮配信において後追いであったのも今や昔。

 ここ二、三年は迷宮探索を副業にするライト勢や本業にするヘヴィユーザーも増えてきた。

 今は迷宮産業では中堅の国になったと言える。


 とはいえ、これは日本に限った話ではないが。

 こういう新興コンテンツは都会と地方での格差が激しくなるもので、田舎の中でもさらにド田舎と言われてしまうような場所では全くと言っていいほどに認知度の低いコンテンツだ、最早無いに等しい。

 そして何より、迷宮は人口が多い都市圏内にばかり現れるという謎の特性もまたそれに拍車をかける。

 世界の迷宮分布を見ても首都付近に密集していることが分かる。


 だからこそ、なのだろう。

 日本に現れた唯一の秘境迷宮、ソレの発見は凡そ顕現より三年弱経ってやっとこさ人の目に触れたのだ。


 しかし不思議に思った者も居るのではないか?

 今や世界中の人々が配信で、動画で、音声で、文字で。

 住む地域、国、大陸すら違っても交流が図れる程には発達した文明社会。

 空を超え、宇宙から衛生を経て地上を偵察できるようになったにも関わらず。

 ド田舎だろうとなんだろうと迷宮は巨大構造物だ、宇宙からの監視から逃れる術は無い。

 地上から見れば気付けない程巨大なナスカの地上絵も空から見ればそれが"絵"であることが分かるように。

 人里離れた森の中、木々に囲まれた迷宮も衛生を通せばソレが新迷宮であることなど直ぐに分かる。

 にも関わらず、その秘境迷宮は発見まで推定三年、下手をすれば五年以上かかっているのだ。


 それは何故か?

 それはこの迷宮が現れた土地の特性と近隣の村々での古い言い伝えが関係している。

 まず、この秘境迷宮が現れたのは"迷い山"と呼ばれる年中濃霧に包まれた山の四合目、濃霧のド真ん中であったこと。

 宇宙からの目でも濃雲や霧には勝てない。

 そして、近隣の住民はこの山に伝わるとある伝説を恐れて滅多に近寄ろうとしないのだ。


 その言い伝えとはこうだ。


『迷イ山二入レバ霧二食ワレ、三日戻ラネバ死人トシテ扱ウベシ 山二棲ウ猫夜叉様、ソノ逆鱗二触レタ愚者オロカモノ、二度ト還ルコトハナイ』


 この様な言い伝えや古い掟は世代を経る事に軽々しく扱われるようになるものだが、コレに関しては未だに信じている者が多い。

 古い風習を嫌う若者達もこの言い伝えだけは心の底から信じている。

 それは何故?

 簡単な話だ。

 この山に踏み入って帰ってきた者はただの一人も居ないのだ。

 毎年数人の知恵遅れが度胸試しと山に入っては帰らない。

 大昔の古い伝説、ではなく今この瞬間も誰かがこの山に食われている。

 信じない方が難しいものだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫夜叉 Some/How @Somehow

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ