第50話 さあ、新しい町へ

翌朝、まだ陽も上り切らないほどの早朝。

組合長エビバに見送られて、俺たちは組合の外へと出た。


「まずは商会へ向かってください。オブトンさんが荷馬車を用意して待っています」


「ありがとうございます。何から何まで……あ、そうだ。あとこれ」


俺は自分の腕にはめっぱなしになっていた白金の腕輪を外し、それをエビバへと渡す。


「せっかくいただいた物ですが、お返しします。これを持っていると行商人を名乗るのは難しそうですし」


「そうですな……いやはや、本当に残念だ。その傑出した実力で、冒険者としていったいどこまで行くのだろうかと楽しみにしていたのですが」


俺は最後にエビバと固く握手を交わして、別れる。

人通りの無いアドニスの町を眺めながら静かに歩く。


「なんだか物寂しいのだわ。困っていてなおかつ路銀を持っていて、私にビジネスを提供してくれそうな人間がひとりも居なさそう」


「……そうね」


シャロンへと適当に返事をするミルファの声は、やはり昨日の夜と同じでどこか沈んだままだった。

やはり、不安なのだろう。


昨晩、俺たちはシャロンに秘密裏の言伝を頼んだ。

ニーナに対して、『明日、アドニスの南門へと来てほしい』と。

ミルファはニーナが本当に来てくれるのか、それが気がかりでしょうがないのだ。


「おう、来たか」


そうこうしている内に俺たちは商会へと着く。

迎えに出て来てくれていたのは商会長のオブトンだ。


「これからお前らは行商人として町を出る。それらしくしてろよ」


オブトンはそう言うと、商会の1階から荷馬車を連れてくる。その荷台にはすでに、フード付きマントをすっぽりと被った御者が乗って、荷馬車の馬の手綱を持っていた。


「御者もセットだ。ちょうど南の町に行くらしくてな。乗せて行ってもらえ」


「いいのか?」


俺が確認を取ると、御者はコクンと頷いた。


「餞別に食糧とか水は荷台に載せといてやったぜ。それと町長からも金と衣服を預かってる。あの人は立場上、お前たちを見送るわけにもいかんからな。まあ、承知してやってくれ」


「分かってるさ。これまでありがとう、オブトンさん。アンタとはずいぶんおもしろい縁だった。町長にも改めてお礼を伝えてくれ」


「フンっ、こちらこそだ。ほとぼりが冷めたら顔を見せやがれよ」


俺たちはオブトンとも握手を交わして、荷馬車の荷台へと乗り込んだ。

ガタゴトと音を立てて、荷馬車は通りを進む。

人通りは相変わらずない。

そして、南の門が見えてきた。


「……っ!」


ニーナの姿は……無い。

そんな、馬鹿な。


「……いや、どこかに居るハズだ」


俺は荷台から身を乗り出して、あちこちを見渡した。


「ミルファちゃんっ、探そうっ!」


「……でも、」


「ミルファちゃんっ!」


俺はその両肩に手を置いた。


「何もかも、最初から諦めたりしないでくれ」


「……!」


「やりたいことがあるならやりたいと、会いたい人が居るなら会いたいと言ってくれ。そうしたら俺が全力で力になってみせるから」


俺は自分の胸を叩く。

任せてくれ、と。


「いいんだぜ、俺は。このままミルファちゃんに哀しい顔をさせたまま去るくらいなら、町長たちにどんなに呆れられようとも今から引き返す。そしてミルファちゃんの願いが叶うまでアドニスに居座ってやるんだ」


「……ジョウ君ったら」


ミルファはどこか困ったように、しかし確かに微笑んで頷いた。


「そうよね。諦めるなんて言葉、ジョウ君の辞書にはないんだもんね。ジョウ君ならきっとそうする。なら私も……そうしたい」


ミルファは揺れる荷台の上、立ち上がる。


「……ニーナっ、ニーナっ?」


ミルファちゃんが町へ響くようにと声を張る。

どうか、この近くにいるならその姿を見せて、と。

返事をして、と。


果たして、その答えは。


「はぁぁぁーーーいっス!!!」


荷馬車の上、御者が元気よく馬の手綱を握っていた手を挙げた。

かと思えば身を包むフード付きマントを投げ出す。

その中から姿を現したのは髪を二つ結びにした陽気な少女──ニーナ。


「お呼びですか、ミーさんっ?」


「ニっ、ニーナ……!? い、いったいいつの間にっ!?」


「えっ、無論最初からっスけど?」


ニーナはニヤニヤとしながら俺たちに種を明かした。


……なんでも、そもそもこの行商人に扮して町を出ていく、という案自体がニーナが発案したものらしい。そして元からこの荷馬車を引く予定でもあったのだとか。


さすがに俺も驚いた。

何も知らされていなかったから。

まるで騙し討ちだ。

なんでそんなことをしたのかを訊くと、


「私、ちょっと怒ってたんスよ? だってひどいっスよ、みなさん。私だけを置いていくつもりだったなんて」


「そ、それは……ニーナを危険に巻き込みたくなかったから」


「行商人なんて年中危険と旅行してるようなもんなんス。何も気にかけることはないっスよ。それはともかく、ミーさんときたら何スか? 私がミーさんを遠ざけるかもって心配してたんですって? 冗談じゃないスよ」


ニーナは頬を膨らました。


「私が大好きな"お友達"を、そんな事情ごときで遠ざけるわけないじゃないっスか。魔王の器? なんスかそれ。ミーさんと私の美しき友情の邪魔になるなら、私が適当な骨とう品店に格安で卸してきてやりますよ」


「……ニーナぁっ!!!」


感極まったようにミルファがニーナへと抱き着いた。

ニーナは困ったような、しかし嬉しそうな顔でそんなミルファを受け止めていた。


「なにあれ、なんで抱き合ってるのだわ? 浮気ってやつかしら? ジョウ、あなた浮気されてるのだわ?」


「……シャロン。お前はちょっと黙ってろ」


空気の読めないシャロンの口にチャックをさせつつ、俺は2人を眺める。


……俺は女の子同士の友情が結構な大好物なのさ。ありがたく見守らせてもらおう。


俺たちがそんな風に少し騒がしくしている間に、荷馬車は南の門へとたどり着く。

衛兵は俺たちのことを知ってか知らずか、何も声をかけたりはせず、敬礼だけして送り出してくれた。


門を越えてしばらくして、振り返る。


「いつか、俺とミルファちゃんが幸せな結婚生活を送ることができるようになったらまた来よう、この町に」


「うん。その時はきっとハネムーンね」


結婚旅行ハネムーン……! それは今から楽しみすぎるな!」


俺たちは手を握る。

そして同じく前を向き、同じ景色を見る。


「さあ、幸せな結婚生活を目指して全速前進だぁっ!」


「ふふっ、なにそれ」


俺の言葉に、ミルファが笑う。


「それに、まだ結婚はできないかもしれないけど、私はいま充分に幸せだよ」


「それは……! 俺もだけど」


「なんスか。朝っぱらからイチャイチャっすか、いいっスねー」


「ねえ、そんなことよりお腹が空いたのだわ。朝ごはんはまだ?」


俺たちを乗せた荷馬車は騒がしく次の町を目指す。

東の方に見える山の上からは太陽が昇り始めて、南の進路を明るく照らしていた。




~おわり~




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昨晩の記憶がおぼろげな俺、どうやら異世界転移し超絶タイプの少女を救い婚約までしちゃったらしく大歓喜な件(それが魔王だということを誰もまだ知らない) 浅見朝志(旧名:忍人参) @super-yasai-jin

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