第29話 アドニスへの帰還

アドニスへの帰還したのは邪竜との戦闘を終えて翌朝のことだった。


さすがに1日での往復はできないと見込んでいて元々野営を挟んで帰ってくるつもりではあったが、野営具は全て爆発四散した荷馬車の荷台に積みっぱなしだったのでいろいろとだいぶ苦労することにはなった。


とはいえ俺もミルファもケガひとつなく、再び無事にアドニスの町へと足を踏み入れることができた。


「お帰りなさいませっ、ジョウ様っ!」


俺を南門の入り口で真っ先に迎えてくれたのはアドニス冒険者組合長のエビバだった。


「昨日の邪竜との戦闘音、こちらまで地響きが伝わってきましたがご無事で……大丈夫ですかっ!? 丸焦げじゃありませんかっ!」


「あぁ、大丈夫です。服が焦げているだけで、体に傷はないので」


俺はそう応じつつ、ちゃんといっしょに連れ帰ってきた馬の背中に乗せていたソレの固定を外す。


「これ、邪竜の角です。討伐証明として持って帰ってきました」


「お……おぉっ!!!」


俺の両手にズッシリと乗っているソレは禍々しさを放つ黒いねじれ角、その先端の破片だ。昨日の野営に唯一収穫があったとすれば、森に入って薪を集めていた時に見つけたコレだろう。


「確かに、これは間違いない。報告にもあった通りの形状です。ということは本当に……」


「はい。邪竜は跡形もなく消え去りましたよ。もう姿を見ることもないでしょう」


若干の嘘はあったけど、少なくともこの先数十年は俺たちとの縛りが消えることはないから問題ないだろう。エビバは俺の答えにパーッと表情を明るくした。


「ありがとうございますっ! やはり私の勘は間違っていなかった……あなた方を信じてよかった! 本当によかった!」


エビバは俺の手を掴むとブンブン両手で振ってくる。年甲斐もなくちょっとテンションの上がった女子高生のように小刻みなジャンプをしながら。


「ところでさっきから気になってはいたのですが……」


エビバの視線が俺の後ろへと向く。ロックオンされているのは間違いなく、邪竜(少女擬態バージョン)だ。


「そちらの女性は、いったい……?」


「ああ、ちょっとした知り合いで。旅人の"シャロン"です。周りの山を越えてやってきたところを偶然会いまして」


シャロン……こと邪竜にあらかじめ仕込んでおいた会釈を披露させる。


それにしたって知り合いと依頼帰りにたまたま会うなんてそんな偶然あるか? しかも塞がれていた交易路周りで……それちょっと苦しくないか? と思いつつもこのアドニスにおいて邪竜を近くで監視するためには最低でも知り合い設定が必要だった。幸いなことにエビバはそこに深く追及することもなかったので助かる。どちらかといえば邪竜が消え去ったことに頭がいっぱいらしい。


「本当によかった。今日は記念日だ……さっそく町長にも掛け合って宴の準備をしなくてはっ! ジョウ様ご一行はどうか緑薫舎でごゆっくりしていてくだされ! 後ほど迎えの者を寄越しましょう!」


エビバはそう言い残すと、そのガタイの良い肉体をエネルギッシュに揺らして町の中央へと走り去っていった。




* * *




緑薫舎ではニーナにも出迎えられて無事を喜ばれた。ニーナは周到で、俺とミルファの分の新しい服を用意して待ってくれていて大いに助かった(俺はブレスをまともに受けたせいで服が丸焦げのズタボロだったので)。もちろんシャロンの紹介もする。


そのうちに町長や商会長も訪ねて来て口々に俺たちをねぎらってくれる。で、やはり俺はその度に同じ部屋にいるシャロンの説明をするのだが、まあ結局それは全部ウソっぱちなわけで、毎回なんだか討伐し損なった言い訳をしているような気分になってきてしまう。


「ちょっとは自発的に誤魔化してくれよぅ」


「そんなこと言われても……」


ソファでぐったりとする俺に、シャロンこと邪竜は困った目を向けてきた。ちなみに今部屋のリビングには俺と邪竜の2人だけ。ミルファはお風呂タイムで、ニーナは外で催される宴の準備に『商売チャーンス!』と駆け出して行ってしまっている。


「だいいちなんで私の正体を誤魔化す必要があるの? あなたたちとの縛りの有る中なのだから、私に害がないなんてことは明白なはずなのだわ」


シャロンは本気で首を傾げていた。


……まあそりゃそうか。異質なモノを恐れる人間の性質なんて竜には理解できないだろう。社会と触れ合ったこともないわけだし。


下手な失言される方がよっぽど俺たちにかかる負荷も大きいワケで。そうれであれば最初から俺たちが矢面に立った方がいいというわけか。


「まあ、追々理解してくれることを祈るか」


「そこはかとなくバカにされている気がするのだわ……」


そうこうして過ごしている内に再び俺たちの部屋に町長がやってきた。

キッチリとした正装をして。

どうやらお迎えらしい。

俺は向かいのソファ席を勧める。


「いえ、お心遣いはありがたいですがすぐに出立できればと。衣装替えの時間もあるかと思いますので、まずは役場にお越しいただければと」


「衣装替え?」


「まあ無理にお勧めはしませんが、住民たちへジョウ様方のご紹介をさせていただきますので、フォーマルな服の方がいいかもと」


「ご、ご紹介?」


「おや、エビバから聞いておりませんか? 宴の主役でありこの町の救世主であるジョウ様たちからひと言いただくことになっているのですが」


……いや、まったく聞いてない。たぶん組合長、頭がハッピー状態みたいだから伝え忘れていたのだろうな。


ふぅ、と。微かなため息。吐いたのは俺じゃない。俺に聞こえる程度のそれは俺の隣から聞こえた。


「……」


俺の隣で、フードを目深に被って座っていたミルファが少し憂鬱そうに俯いていた。

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