第16話 不器用カワイイ婚約者と正義の心

──アドニス商会の2階、無人の事務所の窓際にて。


目深に被ったフードのすき間から外を眺めつつ、ミルファは頭を悩ませていた。


……果たして、いつまでここに居るべきなのかしら。


つい先ほど、ジョウが商会長のオブトンを連れて町の中心地へと向かったところだ。ミルファはジョウに言われた通り、ニーナと共に商会内に身を隠している。


……でも、隠れている時ってやることがないのよね。


ミルファは小さくため息を吐く。ジョウの正義心に心を震わされ、息巻いてジョウの助けになろうとしたけれど、結局のところ任されたのはお留守番だ。


「あの……すみませんっス」


窓の外を眺めていたところ、後ろからか細い声が聞こえた。ニーナのものだ。


「こんな厄介なことに巻き込んでしまって……本当に申し訳ないっス」


ニーナがしょぼんとした顔で謝ってきていた。どうやらため息を聞かれてしまい、その原因を勘違いされてしまったらしかった。


「ニーナさん、違うの。これは何というか……自分の不甲斐なさというか、そういったものに対してのため息で……」


「不甲斐なさ、っスか?」


「うん。私ね、これまで誰かに助けられたことはあっても、誰かを助けたことってなかったんだなって。それにさっき気が付いた」


「はぁ」


「でも、それじゃダメなのよ。それじゃあジョウ君の隣で生きていけない……いつか、愛想を尽かされちゃうと思うの」


「……そうっスかね? 私はこの町までの道中しかお二人といっしょに居ませんでしたけど、ジョウさんからミルファさんへのラヴの波動を感じる限りはその程度じゃ愛想なんて尽きそうにないと思うっスけどね」


「ラ、ラヴの波動……っ?」


「こう、ピンク色の波が見えたっス」


ビビビっとっス。と付け加えてニーナは笑った。


……周りから見るとそう見えるのだろうか? 私はそんな波動なんて分からなかったけど。それもやっぱり、私が自分のことばかり考えてしまう人間だからかな……。


「とにかく、私は今のままの私を認められないの。ジョウ君の正義心からくるその優しさに、心から共感できる私でありたい。そしてジョウ君が私を救ってくれたように、私もまた誰かを助けられる私でありたい……そう思ってるの」


「そうっスか……でも、そうなるともうミルファさんは目標を達成してるっスよ」


「え? どういうこと?」


「だって、少なくとも今ミルファさんは私のことを守ってくれてるっスから。ミルファさんが居てくれなかったら私、今ごろ独りでガクブルしてたっスよ」


ニーナは両手で自分を抱えるようにすると、ワザとらしく震えて見せた。


「……こんな風におどけられるのも、ミルファさんが私の隣でドシッと構えてくれているからなんス。だからミルファさんは充分に私のことを助けてくれているっスよ」


「そう、なの……?」


「そうっスよ。誰かを助けるっていうのは、決して派手に動き回ることだけじゃないと思うんス。隣に居てくれる、ただそれだけの優しさが人を救うこともあると思うっス」


そういうものなのだろうか、ミルファはピンとこなかったが……しかし、それがニーナから自分に向けてのひとつの優しさであるということは確かだった。


「ありがとう、ニーナさん」


「いやいやいやっ、お礼を言うのはこちらの方っスよ! ありがとうございます、ミルファさん!」


「ううん、それとごめんなさい」


「? 何がっスか?」


あどけない表情で首を傾げるニーナに、ミルファの胸はチクリと痛む。


「私、自己中で冷たいの。崖から落ちてるあなたを見てすぐに助けるって選択肢が出なかったもの。ジョウ君があの場に居てくれたからあなたを助けてくれたけど、私ひとりだったらどうしてたか……」


「ああ、なるほどっスね……でも、たぶん助けてくれようとしてたと思うっスよ」


「え? どうして?」


「だって本当に自己中で冷たい人だったのだとしたら、過去のそんなことで悩んだり苦しんだりしないっスもん」


ニーナは我がことのように自信満々に胸を張った。


「私、ミルファさんのことが段々と分かってきた気がするっス。ミルファさんはちょっと不器用さんなんスよ」


「ぶ、不器用? それは言われたことはないけど……自炊とかもいちおうできるし」


「手先の話じゃないっス。心がっスよ!」


「心が……不器用……」


自分の胸に手を当ててみた。そうなのだろうか? 心が不器用……心が不器用とは?


……うーん、分からない。


「ぷぷ、そういうトコっスね。真剣に考えて首を傾げちゃうトコ……カワイイっス」


ニーナがニマニマと微笑んでいた。こらえるようにして。


「もしかして今、からかったでしょ」


「か、からかってないっス……ぷぷ。ええとスね、つまり私はっスね、ミルファさんがヒドい思い違いをしてるように感じるんっス」


「思い違い……?」


「ハイ。ミルファさんはジョウさんのように正義心にのっとって即断したり行動に移したりできないことを悩んでいるみたいっスけど……これはフツーに考えてジョウさんが凄すぎるんスよ。ちょっと引くくらいに凄いっス」


ニーナは感心するように唸る。


「普通の人は困ってる他人を見ても、すぐに助けなきゃとはならないっス。果たして自分の手に負えるのか、駆け寄ったとして本当に助けられるのかって悩むっス。ミルファさんも崖の下の私を見た時、きっとそう思ったんスよね?」


ミルファは驚き、頷いた。それは本当に、自分の心を見透かされているかのような真実だった。


「分かるっスよ。私自身そうっスから。だからそれはミルファさんが冷たいわけでも自己中なワケでもないっス。普通のことなんス」


ニーナはきっぱりと言って続ける。


「そして助けてあげたいと正義の心が呼びかけてきたとしても、実際に助けられるかどうかはまた別っスよね。人を助けるってそれだけ勇気がいることだと思うっス。それでもジョウさんは行動に移すし、そして助け切ってしまう……今回にしてみても、『町のトップたちが弱者を搾取してるから止めてくる』って、マジやばいっス。普通、そうしたいと思っても行動に起こせないっスよ」


「まあ、それは確かに……マジやばいわね」


「ハイ。そしてミルファさんのようにその決断を受け入れて背中を見送るだなんて決断もなかなかできるものじゃないっス。少なくとも私だったら止めてしまうっス。ビビっちゃいますから」


ニーナはこれまた力強く断言した。


「だから私は、ミルファさんの中にも大きな正義の心があると思うんス。ジョウさんの隣に居てしっくりくるくらいに。ミルファさん自身はそれに気付けていないみたいっスけどね」


「ウソ……」


自分の中にも、正義の心が……? 正直言って幻覚魔法にかけられたような気持ちだった。足元がフワフワとしているような……


いつの間にかまた、ミルファは自分の胸に手を当てて考え込んでしまっていた。


「ぷぷ、やっぱり不器用カワイイっスね、ミルファさん」


ツン、と頬を指でつつかれてミルファはハッと我に返った。隣で自分を覗き込むニーナのその微笑ましいものをみるような表情に、自分が赤ちゃん扱いされているような感じがして恥ずかしくて顔が熱くなった。


「はぁ……もうっ。子供扱いは止めてくれる、ニーナさん!」


「はいはい、すみませんっス……でも子供扱いしたワケじゃないっスよ。ただ反応がすごく純粋で可愛いから……いやー、どうしましょう。私、ミルファさんのことすごく好きになっちゃいましたっス」


「えぇっ!?!?!?」


「あ、ラヴの方じゃないっス、ライクっス! 後ずさりしないでほしいっス!」


慌てて釈明したニーナを見て、ミルファはホッと胸を撫でおろす。なんて言ったって自分の心は、あの夜にジョウに全て掬い取ってもらっているものだったから。


「親愛の証として、これからミーさんとお呼びしていいっスか?」


「あ……うん。ぜんぜんいいわよ。私はなんて呼べばいい?」


「ありがとうございますっス! 私のことはさん付けじゃなく、ニーナと呼んでいただければと思うっス」


「分かったわ。改めてよろしくね、ニーナ」


「はいっス、よろしくお願いしますっス。ミーさん!」


ニーナと心が通った気がした。ミルファの胸の奥底がほわっと温かくなる。ジョウと共にいる時に感じる熱とはまた別の温もり……それは今となっては遠い記憶の中にしかない友愛の感情だった。


そうやって温和な空気と懐かしさに浸っていた時だった。


「あなた、あなたっ──」


窓の外から高い女性の声が響いてくる。ミルファはとっさに壁際に屈んで隠れつつ、窓下から頭を少しだけ上に出して外の様子をうかがった。


その女性は先ほどまでミルファたちの居た商会の1階、ワゴンを運び入れたトンネル状の場所へと入って何やら男の名前をしきりに何度も叫んでいた。


……なるほど、どうやら女性は先ほどジョウ君が倒した冒険者風の男の恋人らしいわね。外での騒ぎを聞きつけて不安になり、男がいる商会へと駆けつけてきた……というところかな。


「きゃあっ!?」


女性の声の質が急に変わり、反射的に体が強張った。警戒しつつ、窓の外を注視する。


嗚呼あぁ、君もまた僕の探し求める一輪の処女バラではない……でも、ナイよりはマシ……一夜の夢ポピーくらいにはなるか」


自己陶酔的なキザな言い回しでトンネルから出てきたのは見覚えの無い長髪の男だった。いつの間にトンネル内へ? ずっとここで見張っていたから、入るスキなんてなかったハズ──そう疑問を感じていたのも束の間。


「やめてッ! 放してぇッ!」


その長髪の男の手には……先ほどの女性が髪を掴まれて引きずられていた。


「ハァ。小鳥のさえずりにしては、少々五月蠅うるさいね……」


「あなたっ、助けて……あなたぁっ!」


必死の様子で、女性はトンネルへと向かって手を伸ばしていた。しかし、答える声は無い。


「ヤ、ヤバいっス。ミーさん、どうしましょう……誰かに、ジョウさんに助けを……」


「……そうよね、やっぱり見過ごせないわよね。ジョウ君ならきっと助けるもの」


ミルファはそう言って、立ち上がった。





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今日は夜にたくさん更新します。

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