第8話 最初の町、アドニス

「ま、まさか本当にこんなことができるなんて……奇跡っス!」


ニーナが荷台で感激の声を上げる。それもそのはず、いま崖沿いの山道を走っているのは崖下から落下したはずの荷馬車用のワゴンだった。


「ワゴンを崖から引き揚げていただいたばかりでなく、積み荷まで拾っていただき……どれほどの言葉を尽くせばこの感謝の気持ちが伝えられるか分からないっス……!」


「いやいや、いいって別に」


俺は後ろを振り向きつつ、答える。


「こっちもミルファちゃんを乗せてもらってるワケだし、それに拾った積み荷が商会で売れた時の売価の3割も貰うことになっちゃったしさ」


「なーに仰ってるんスか! そんなの当然のことっス、何なら5割でも足らないくらいっスよ!」


「そんなことしたらニーナさんが大赤字だろ?」


「それだけのことをしてもらってるっスからね。なにせ、現在進行形でワゴンを【引いて】もらっちゃってますし……」


「ははっ、そりゃ牽引する馬なり人なりが居なきゃ意味ないしね」


俺はずっしりとしたワゴンの重みを感じるロープをしっかりと肩にかけ、山道を駆け足で進みながら答えた。


「命の恩人にこんなことをさせてしまって申し訳ないっス、謝礼は絶対にたっぷりと用意するっス……」


「気にすることないって。そもそも俺から持ち掛けた取り引きなんだしさ」


取り引きの内容は簡単に言えば、俺がワゴンと積み荷を拾う代わりにいくらかのお金を貰うこと、そして俺が荷馬車を牽引するのでミルファちゃんを荷台に乗せてもらうことの2つだ。


……ミルファちゃんは俺におんぶされるのを渋りそうだったから、いい足があればいいなと思っていた。


俺の気分としては渡りに舟といったところだったのだ。


「ミルファさんにも、ご主人に無茶なことをさせてしまい申し訳ないっス」


「あ、ううん。私こそ、何もしてないのにジョウ君やニーナさんの心遣いに乗っかってしまってるばかりだから……それに」


ミルファは俺の方を向いて言う。


「ジョウ君が困っている人を見て見ぬフリのできない優しくてカッコイイ人だってこと、知ってるから。だからこんなにたくさんカッコイイところ見せてもらって、私こそ嬉しかったというか……」


「……! ミルファちゃん、俺もっとトバせるけど、トバそうかっ!?」


「いや、そこは安全走行をお願いしたいかな……」


俺は安全さに充分配慮しつつ、それでも気持ちちょっと速度を上げてワゴンを牽引し走るのだった。




* * *




ワゴンを引くこと3、4時間。山道を抜け出た先の平原の道を走り続けて、陽が傾き始めた頃。俺の視線の先に、横に大きく広がる壁が見え始めた。


「あそこがアドニスです」


ニーナがホッとしたような笑顔で教えてくれた。


ちなみにそのアドニス、この辺りではかなり大きな町のひとつということで、魔族が先ほどの山を支配する前までは行商人たちの往来も盛んで経済はとても活発だったそうだ。


「クフフ、ようやくっス、ここからニーナの快進撃が始まるんスよ……!」


ニーナは商人魂に火が付き始めたのか、怪しげな笑い声を垂れ流し続けミルファが困り顔になっていた。


「おい、止まれ」


アドニスに近づき、その入り口らしき門の前で2人の衛兵に呼び止められる。町に入るためには衛兵のいる門を通らなければならないということで、俺とミルファは2人ともニーナの行商の手伝いということで身元を証明する手はずとなっていた。


「行商人か? というか、馬は?」


「ないっス。馬に途中で逃げられたので、この方に引いてもらってきたっス」


「は? いやいや、そんなワケ……だとしたらどれだけ無尽蔵な体力をしてるっていうんだ? 怪し過ぎる」


「いやいや、とても良い方っスよ」


「何かおかしな薬やら呪いの品でも運んできたんじゃなかろうな……積み荷を見せてみろ」


「本当にただの食糧っスよ……ホラ」


ニーナが積み荷の中から干し肉と、独特な香りを放つ香辛料を見せると衛兵の顔つきが変わった。


「あっ、この香辛料は珍しいヤツですけど薬用ではないっスよ? 薬にもなるっスけどあくまで料理の味付け用っス!」


何を追及されたワケでもないのにニーナが慌てて言い訳を並べ始める。それ、逆に怪しくないか?


「……まあいい。行商人なら通さぬ理由はない。入れ。商会の場所は大通りを直進していけば見つかる」


「どもーっス!」


一転して、それ以上なにも詮索されずに俺たちは門を通ることを許された。


……衛兵さん、よっぽど干し肉が好きだったのか? 香辛料についての詮索は一切なかったが。だとしたら私情に寄り過ぎなザル警備もいいところだ。まあ、通れたんだしヨシとしよう。


さて、俺たちはやっとこさアドニスへと足を踏み入れる。なるほど、確かに建物は多く道も広い。だけれど……


「あんまり町に活気はないような……?」


「そうっスね。私が聞いた話ともだいぶ違ってるっス。暮れ近くまで市が開かれていて、夜にも大通りには屋台とか出てるって話だったはずっスけど」


まず人通りが少なかった。もう夕方だからなのかもしれないが、しかし静かすぎた。さながらゴーストタウンのような閑散っぷりだ。


「まあ、それでも人はいるようね。建物の中のようだけれど」


ミルファが見上げている先を見れば、確かにカーテンの内からこちらを見下ろす人影がチラホラとあった。こちらを観察するような、ジトッとした視線だ。


「……あまりいい気分じゃないな、なんだろう?」


「行商人が珍しい、ってことはないはずっスけどね。とにかく商会に行ってましょう。そこで積み荷の商談をしつつ話を聞いてみるっスよ」


門の衛兵が言っていたように大通りを直進し続けると、とてつもなく横長の2階建ての建物が見えた。その建物には3つほど荷馬車が余裕ですれ違いできる広さのトンネル状の門がある。


しかしやはり人がいない。


「とりあえず……ワゴンを付けてみるっスよ」


トンネルの1つに入り、ワゴンを止める。


「あのー、誰かいらっしゃらないっスかぁ~!?」


そうやって何度かニーナが大きく呼びかけていると、ギィと。トンネル脇のドアが開く。


「チッ。うるせぇなぁ……」


ドアから出てきたのは小太りで、頭頂部を綺麗にツルリと丸めた中年の男だった。


「商談かい? 代表はアンタか、兄さん?」


「え、いや俺じゃないです。こっちのニーナさんです」


「あぁ? この小娘が?」


「ニーナ・マルコスといいますっス。よろしくお願いしますっス」


その小太りの男は疑わし気にニーナを見たが、そんなことはどうでもいいと言いたげにため息を吐いた。


「俺はここの商会長のオブトンだ。商談は俺が引き受ける。で、品はなによ?」


「これっス。ユキジカの霜降り干し肉っス」


「ほぉ……こりゃ懐かしい品じゃねーのよ」


積み荷の中から厳重に袋に入れて管理されていたその干し肉を出したニーナに、オブトンは感心したように声を上げた。


「ユーフェリアの特産品だな? 数年前から入荷が途絶してた貴重品だ。あの東の山の交易路が塞がれてからは滅多にお目にかからなかったが……フン、命知らずなヤツだ」


「ああ、やっぱり。商品見ただけで山越えしてきたことはバレちゃうんスね。さすが商会長」


「別にさすがでもなんでもねぇよ。こんなことになっちまってる以上……」


「? 『こんなこと』ってなんスか?」


「……何でもねーよ」


オブトンはどこか物憂げな表情で頭を掻く。


「それじゃ勘定するからよ、荷台を置いてしばらくそっちの休憩室で休んでるといい」


「え……? 何言ってんスか?」


心底不思議そうにニーナが首を傾げた。


「自分の商品から目を離す商人がいるわけないじゃないっスか」


「なんだぁ? 商会長の俺が信用ならねぇってか?」


オブトンはドスの効いた声でニーナへと迫ったが、ニーナはビクリともしなかった。


「『口で語る信頼は1銅貨にも劣る』、商人の心得のはずっスけど」


「けっ。小娘ふぜいがこの俺に商人の在り方を語んのか?」


「私が小娘だろーがなんだろーがカンケーないっスね。信用なら取り引きが終わった後にするっスから、勘定なら私の目の前でやってもらいたいっス」


「チッ……穏便に済ませてやろうってのに、仕方ねぇ──おぉい!」


オブトンが大きな声を上げると、先ほど俺たちが勧められた休憩室から数人、そしてトンネルの向こう側からも数人、ガラの悪い男たちが出てきた。その腰には、剣。


「どうやら挟まれたみたいね」


ミルファの声に振り返れば、後ろもまた同じ様子だった。


……いったい何が起こってる?


「しょ、商会長……? これはどういうことっスか……?」


「どういうことも何もねーのさ。お前らのこの品はぜんぶ徴収させてもらうぜ」


オブトンは俺たちをにらみ付け、吐き棄てるようにそう言った。




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お読みいただきありがとうございます。

本日13時に続きを更新しますのでよろしくお願いいたします!

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