第7話 これまた美少女な行商人

翌朝、ほとんど日の出の仄暗い時間に目覚めた俺たちは早々と準備を済ませて山下りを再開した。もちろん、渋るミルファを再びおんぶして。


ただ昨日からそうやって時短したおかげもあり、2時間もしない内に俺たちは山のかなり麓付近まで下りてこれたらしい。木々に閉ざされていた視界が突然開けたのだ。


「ここは……道? にしては草ボーボーだけど」


「うん、そうみたい。大きな木もないし、人が整備してた使ってたんでしょうね。この山が魔人の支配下に置かれる数年前まで、だけど」


ミルファはそう言いつつ、俺の背から下りた。


「あれ、下りるの?」


「うん、おんぶはもう大丈夫。だってもうさすがに追手も来ないだろうから……」


「そうかもだけど、町に行くまでに疲れちゃわない? 俺ならまだ全然おんぶしたままでも平気だし、そっちの方が速いと思うんだけど」


ほらほら、と俺がこれ見よがしに背中を見せておんぶを誘っていると、ミルファは恥ずかしそうにむくれつつプイっとそっぽを向く。


「……ジョウ君のエッチ」


「エッっ!?」


「だ、だいいちね、そんなに急いでたら事故に遭っちゃうんだから。この道は崖沿いに続いてるみたいだし、1歩間違えたら滑落しちゃうわっ」


「ははっ、そんなまさか。視界も開けてるし、道幅も充分広いし、こんなところで滑落する人なんていないでしょ」


「そうやって『まさか』と思っている時が1番危ないの!」


「いやいや、さすがにあり得ないって」


……心配性だなぁ、ミルファちゃんは。まあおんぶされないための口実なんだろうけどさ。


それにしたって無理がある理論武装だ。こんなところから落ちるなんてそれこそ目を瞑っているか、泥酔中か、赤ちゃんをひとりで歩かせた時くらいだろう。まあそんな状況99.9%ないわけでありまして──




「──ふぇぇぇんっ、崖から落ちちゃったっスよぉ~っ」




ミルファと会話を続けながらしばらく歩いた先、崖下で、見ず知らずの少女が膝を抱えて泣いていた。


「……」


「……」


「……ほ、ほらね、ジョウ君? やっぱり危なかったでしょ?」


「言ってる場合っ!? 助けないと……おーい!」


なんでこんなところに女の子がという疑問はあったけど、俺たちは崖上から声をかけることにする。


「無事かっ? ケガはっ?」


「あっ、えっ、人っ!? た、助けてくださいっスーっ!」


少女は機敏に立ち上がり飛び跳ねこちらに向けてブンブンと両手を振ってくる……どうやらケガはしていないらしい。


「ミルファちゃん、ちょっと待っててくれる? 助けてくる」


「あ、うん。助けるのね? 分かったわ……」


ミルファは頷くと、サッとローブに付いているフードを被った。額の紋章を隠すように、深く。


「じゃあ、行ってくるね」


「ジョウ君、ケガしないように気を付けて」


ミルファの心配に頷くと、俺は崖の端に立つ……いや、結構怖いね? 10メートルくらいあるか? まあでも俺なら大丈夫なハズ……!


「とぅっ!」


決心して俺は崖から飛び降りた。少女の近くへと着地する。


……よし、やっぱり少しも痛くない。


「え、えぇ~っ!? な、なんで飛び降りてくるんスかっ!?」


少女が駆け寄ってくる。近くで見るとどうやらスリ傷がいくつかあるみたいだが、痩せてもいないし、本当に無事らしい。


……年は15、6歳ってところかな。ミルファちゃんよりは年下っぽそうだ。しかしこの子も結構な美人さんだな。まあもちろんミルファちゃんの方が数百倍可愛いんですけど!


「だ、大丈夫っスか、足折れてないっスか!?」


「あ、うん。大丈夫だから……ハイ」


「えっ?」


俺が差し伸べた手を、少女は訳も分からずという感じで掴んだ。うん、それでいい。俺は少女を引き寄せて──米俵を担ぐようにして少女を肩に載せた。そして思い切りジャンプ。


「ぎえぇっ!?」


少女が悲鳴を上げるのも一瞬、そうしてすぐに崖上まで戻ってきた。


「ふぇ、ふぇぇぇ???」


肩から下ろされた少女は何がなんだか分からないといった風に目を回していた。


「ひ、ひとっ飛びで崖の上に……!?」


「おうよ、大丈夫だった?」


「びっくりしたっス……で、でも、ありがとうございますっ! 本当にありがとうございましたっス!!! おかげで助かりましたっス、命の恩人っス!」


「うん、どういたしまして」


「私、ニーナ・マルコスといいますっス。ニーナと呼び捨ててくれて構わないっス」


「俺は八坂醸……ジョウ・ヤサカだ。ジョウが名前ね。俺もジョウでいいよ。ところで、ニーナさんはどうしてこんなとこに?」


付近には村も山小屋もあるわけじゃなく、一面の山だ。それにミルファの話じゃこの辺りは数年前から魔人の支配下にあり、一般人がおいそれと立ち入れる場所ではないらしい。本来、こんなところに少女がポツンと1人で居る訳がないのだ。


「えぇと、実はその……私は行商人をやってまして」


「行商人? すごいな、若いのに」


「あはは、それほどでも……なんて謙遜する意味も今は無いっスね。たったいま全財産失ったので……」


ニーナはそう言って切なそうに崖下に目をやった。そこにあったのは──ああ、なるほど。今まで気づかなかったけど車輪つきの大きな荷台、つまりワゴンが落ちていた。


「今日はこの先の町で商会と取引実績を作るために荷馬車で来たんスけど……」


「ほう、荷馬車で? あれ、馬は……?」


「馬は逃げちゃったんス。馬とワゴンを繋ぐハーネスが緩んでたのと、道が予想以上にデコボコしてたのとが原因でですね……カーブの拍子にハーネスが外れたんス。それに驚いた馬が暴れてワゴンを蹴りまして、私を乗せたまま崖を滑り落ちたっス……」


「ああ……ツイてないね。不幸が重なってる」


「いえ、私の落ち度っス……」


肩を落とすニーナに、


「ちょっと聞きたいのだけど」


後ろで事態を静観していたミルファがニーナへと問う。


「行商人というなら、いくら何でもこの山のことは知ってるのよね? 魔人が支配し魔物が巣食っているって」


「……はいっス」


「それなのにどうしてこの道を使ったの? 危険だし、道も荒れてると分かっていたハズだけど」


「……成功するためっス。いま、魔族が跋扈ばっこするこの時代、町と町を行き来する行商人はリスクも大きいっスけど儲けもデカいっスから……私みたいな孤児みなしごでも一発逆転できる職業なんスよ」


ニーナはバツが悪そうに言って、俯く。


「他の行商人たちの使わないこのルートを開拓できれば、ライバル無しで商いができるっス。私の独り勝ちで大儲けっス……そう思ってたんスけどね。さすがに今回のことで反省っス。やっぱり命に代わるもんは無いっスね」


「……そう。腑に落ちたわ、ありがとう」


「ところであなたは誰さんなんスか? ジョウさんとはどういったご関係の……?」


ニーナの問いに、ミルファがチラリと俺を見た。答えていいのかと問いかけてるのだろうか? いいんじゃないかな、何なら俺が言っちゃう。


「彼女はミルファちゃん。俺の婚約者フィアンセだよ」


そうそう、これよ、フィアンセって単語ワード。俺、一度でいいからこんな紹介を誰かにしてみたかったんだよな……。言えて満足。ミルファちゃんは照れてるみたいだけど。


「あぁ~、そうだったんスね! ミルファさん、旦那様にはお世話になりましたっス!」


「いえ、私は何も……あとまだ旦那様というわけでは、婚約の段階だから」


深々とお辞儀してくるニーナに、ミルファはどこか戸惑っているようだった。


「ところで、なんスけど」


ニーナは今度は俺の方を向いて深々と頭を下げてきた。


「大変図々しく申し訳ないっス。けど、近くの町までごいっしょさせていただくことはできないっスかね……? ひとりで山歩きは少々、不安でして」


「それはぜんぜんいいけど、ワゴンとか馬は置いていっていいのか?」


「よくは無いっスけど……どうしようもありませんから」


「……」


俺は崖下のワゴンを見ながらちょっと考える。


……ワゴン、崖下を上手いこと滑り落ちたからか車輪とかは壊れて無さそうなんだよな。それに人も数人は乗れそうだ。後は崖上への引き揚げと、牽引する馬がいないことが問題なんだろうけど……馬?


「あれ、もしかすると……これはなんとかなりそうだな……?」


「え、なんスか?」


「あのさ、ニーナさん。俺とちょっと【取り引き】しないか?」


首を傾げるニーナへと、俺はとある商談を持ちかけることにした。

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