第32話 グイグイ行かなきゃ

「うるせぇ」


けたたましく鳴り響く目覚まし時計。

今日みたいに朝練がなかったりして、余裕があるもう少し寝ていたい時に限って、いつもよりうるさく聞こえるのは何故だろうか。


「ドドンドンドン!!ドドンドンドン!!」

「なっちゃん〜、起きてるからそんな叩かないでね〜」


目覚ましを止め、静かになったのはほんの一瞬だった。

夏葉が声に出しながら両手でドアを叩く。


「おっはよ〜、ブラザ〜、キャッチしてね〜」


ドアが開いた瞬間、駆け出した夏葉はベッドの前で勢いよくジャンプした。


「どしたの?」

「どしたのじゃないでしょ、なっちゃん、お兄ちゃん流石に怒るよ?」


当然、宙に浮いた夏葉の身体は俺の腹の上に降って来た。

勿論、かなりの衝撃で降って来たため、声すら出ないほどの痛みが走る。

俺は痛みに耐えながら両腕を掴む。


「許して、にぃに」

「次起こす時はトントンにするように」


世の中のお兄ちゃんに問おう。

学年で一番可愛いと言われ続け、アイドルオーディションに応募すれば、一発合格するようなキュートな顔と天真爛漫な性格でちょうど良い幼さを残す妹から許してと言われて、許さない選択肢はありますか?

俺にはありません。


「起きるからどいて」

「抱っこ」


しょうがないなぁ


「にぃに」

「うん?」

「恋人みたいだね、これ」

「そうだね」

「可愛い?」

「可愛いよ」


抱っこしてやるとほっぺにスリスリしてくる夏葉。

俺の妹はなんでこんなに可愛いんだろうか!


「おっ!夏葉、お兄ちゃんに抱っこしてもらって可愛いな」

「パパおは〜」

「おは〜」


朝から40超えたおっさんの両手フリフリはキツい。


「おしっこ、にぃに下ろして〜」

「はーい、漏らすなよ」

「かしこまり〜」


ブルっと震える夏葉。

俺はゆっくりとしゃがみ、下ろしてあげる。

夏葉はバッ!と走り出し、階段前で手を振る。

ウチのトイレは一階になる。


「マロン〜、一緒に行こうね〜」

「にゃ」 


ウチには3匹の猫がいる

マロンの種類はノルウェージャンフォレストキャットで最年長。

誰に一番懐いているかと言えば七瀬。

七瀬とマロンはゆっくりと階段を降りて行く。


「のん、今日も可愛いね」

「舌ペロ好き〜」


のんはアメショ。

のんは俺と親父には全く懐かないどころか威嚇してくるくせにママとかあや姉にはデレデレ。

少しムカつく。


「翔くん〜、柚葉ちゃんまだ起きてないからノックしてから入るんだよー」

「了解」


恋人になった幼馴染がまだ寝ている。

これでラッキースケベを妄想しない男子高校生はいるだろうか?

否、いない!


「柚葉〜、まだ寝てていいからね〜」


ドチャクソ小声で小さくノック。

無論わざとだ。


「可愛いすぎる...」


ノックに返事がなかった場合は入っていいという事だ。

俺はドアを静かに開け、物音を立てないように忍び足で...

って、今の俺犯罪者みたいじゃね...?

まぁそれはいいとして、俺の幼馴染の寝顔はめちゃくちゃ可愛い!


「柚葉、起きろ〜」


パシャパシャとスマホで撮影してから肩をトントン。


「もう起きる時間?」

「あぁ」


ゆっくりと目を開け、辺りをキョロキョロする柚葉。

俺は微笑みかける。


「最高の朝♡」

「寝起き顔見んの小学生以来だな」

「その頃よりかなり大人になったでしょ?」

「可愛いから美人に」

「ありがと♡」


微笑み、手を握ってくる柚葉。

俺はギュッと握り返す。


「アオハリュ〜」

「おかあさん!?」


ドアを小さく開けて、隙間から覗き込むママを見て叫ぶ柚葉。

このおかあさんはどっちだろう。

お母さんかお義母さんか。


「顔洗って来ます〜」

「いってら〜」


顔を真っ赤にして柚葉は走り去って行った。

ママは手を振る。


「チューいつ!?」

「知るか!」


ニヤニヤするママ。

俺が聞きたいわ!


「さ、先行くね!」


玄関からバッ!と出て行った柚葉は朝ごはん中も顔を真っ赤にしたままだった。


「スマホ、忘れてるし」


玄関に置かれた最新機種のスマホ。

俺は拾い上げ、持ち主を待つ。

柚葉には音楽を聴いて登校するルーティンがあるから直ぐに取りに来るだろう。


「あ、ありがと」


恋する乙女の表情で頬を赤く染めたまま手を出す柚葉。

やべぇ、すげぇ可愛い。


「ど...」


どういたしましてと返そうとしたが言葉に詰まってしまう。

耳まで赤い気がする。


「球技大会がんばろうなだって!

ファイトだよ!柚姉!」


夏葉!?


「ありがと、がんばるね、なっちゃん」

「応援してるね」


柚葉は満面の笑みで手を振り出て行った。


「もっとグイグイ行かないとだよ、ブラザー」

「はい」

「はぁ」


夏葉の言うとおりだ。

俺は小さく頷き、ため息を吐いた。

たまに夏葉は大人だ。

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