【英雄採用担当着任編】第7話 英雄譚株式会社

芳賀は夢を見た。雨が降る中、に向かって涙を流す幼い自分。きっと大切なものを失ったのだろう。雨が止んでも涙は止まらなかった。

胸が張り裂けそうだ。この感情が消えてなくなるのであれば、何でもする。

苦痛だ。辛い。一秒でも早く楽になりたい。


「——めぐる、風邪引くよ・・・行こう」

暖かい少年の手が肩に乗る。蓮ではなく、廻と呼ぶ誰か。

太陽が差し込むと、水溜りに優しい手を差し伸べてくれる少年の顔が映し出された。

どんな表情をしていたかは覚えていない。自分がその少年ならどんな表情を浮かべただろうか。家族を失った人にどんな言葉をかけるだろうか。

「・・・廻?」

「——あ。うん。そうだね、帰ろう。」

失った日だった。家族を◾️◾️◾️◾️を。



「——い、お兄さん、おーい。おーーーーい」


空から誰かが呼ぶ声が聞こえる。あたりが眩い光に包まれる。

墓標が、少年が、景色が遠のいていく。

意識が現実世界へと引き戻されると同時に、芳賀はゆっくりと夢から覚めた。


「おーい、お兄さん、そろそろ起きよー。おーい、あ。おそよう。遅いだけに」


芳賀が目を覚ますと、おかっぱの男が心配そうな顔で覗き込んできた。

アンティーク調のインテリアに囲まれた部屋、火のついていない暖炉が視界に入る。部屋の一角に設置されたソファーの上で長らく横になっていたようだ。


「——痛ッ!」

起きあがろうとして腹がズキズキと痛む。あの男に殴られた痛みだろうか。


「うおおお、大丈夫!?もう少し寝てなよ。。僕だったら多分逝ってるよ。キミ華奢だけど意外と頑丈?インナーマッスル的な?君の名前はなんていうの?所長ったらとりあえず寝かせておけ。みたいな事しか言わないから困っちゃうよね。」


「あ、あのここはどこですか?」


「ほらほら僕の質問に答えてよー!好きな食べ物は?って聞かれて野球です!とか言わないでしょ?あ、あと結論から言う事も大事かな。そうですねー、実はセロリが苦手でパクチーもどっちかって言うと苦手で、エスニック料理嫌いじゃないんですけど、やっぱり和食、あでも洋食もー、、、みたいな?長くない?ダラダラダラダラ。そうすると面接で落ちちゃうんだなーこれが!」


よく喋るおかっぱだなと芳賀は思いつつ、再び質問する。


「あ、あの、ここどこです?」


「うーん、仕方ないか。よーし、結論から行こう!ここはね、ほらお気づきかもしれないけど、割と年季入ってるんだが雰囲気いいだろう?味があるって言うか。その、なんだ、古民家カフェ的な?いや、そういうのとはちょっと違うか。僕も古民家カフェ行ったこないし、そうだな比喩として適切なのは・・・」


「——英雄譚株式会社だ。おい、砂沼、話が長え。」


秒で冒頭自ら提示した話法を破壊しにかかるおかっぱ男をいさめる声が放たれた。

その主を見て芳賀の警戒心が一気に強まる。。竜から自分を守り、そして腹に1発入れてきた男。


「よぉ、目が覚めたか。2日ぐらいは起きねえと思ったが。まぁいい。それよりともかくお前、なんであんな場所にいた?」


男が凄む。質問の以外の返答を一切許さないという気迫。

場の空気が明らかに変わった。砂沼と呼ばれた男もそれを感じたのか、ちゃらけた表情は何処かに消え去っていた。


男は英雄譚株式会社と言った。そういえばナビが言っていた。

魔紋からの防衛を担当している英雄派遣企業の1社。

どうやらそのオフィスに自分はいるらしい。


「——言わないとダメ、ですか?」


予想外の返答に男は関心したような表情を浮かべる。


「ほぉ、いい度胸だな。いいか立場を弁えろ。お前は。魔族との戦闘区域に許可なく立ち入る事は禁止されている。幼稚園児でも知ってるぞ?原始人じゃあるまい。さっさと答えろ。お前を英雄庁に突き出してやってもいいんだぞ?」


そう言いながら男は芳賀が確保していた骸の破片と竜の鱗が入った容器をチラつかせる。


「それに不法侵入だけじゃない。魔族の遺体は許可なく収集し所持する事は禁じられている。豚箱に放り込むには十分な材料だ。」


「ほら、所長の言うとおりだよ。さっさと答えるのが吉的な?普段なら容赦無いのに譲歩しようとしてるなんて珍しいよ?まぁきっと何か企んでるんだろうけど。君どう思う?ってわからないか、そうだよね、僕もわからないし、それに」


所長と呼ばれる男が無言で砂沼を見ると、しまったと言わんばかりに口を閉じた。

芳賀は正直話したくなかった。理解などきっとしてもらえない。それに活動を知られて邪魔されることだけは避けたかった。それに理解なんて求めていなかった。

だが、拘束されるのも本意ではない。活動に支障が出る。どう答えるべきか考えていると、突然注意を向けずにはいられないような警報音が事務所に鳴り響いた。


「———緊急事態発生、緊急事態発生。タマヤ所長至急司令室へお越しください。

付近にが出現しました。繰り返します、至急司令室に」


「しょ、所長!これまずいんじゃ・・・!」

砂沼が狼狽する。一方でタマヤと呼ばれる男は至って冷静だった。


「———砂沼、在籍英雄に所長権限の下、召集をかけろ。有給中のヤツも例外なくな。別エリアに出動している英雄にも可能であれば戻るように伝えろ。英雄庁への支援要請も忘れるな。俺は司令室で指揮を執る。10分後に状況を報告しろ。」


「は、はい!あ、斬乃宮ざんのみやさんは・・・どうしますか?」

背を向けて去ろうとしたタマヤが立ち止まる。そしてわずかな思案の末、答えた。


「来たらラッキー程度に思っておけ」

「合点承知!」

砂沼はタマヤに頭を下げると電話を片手に部屋を飛び出して行った。

部屋に残された芳賀にタマヤは鋭い目線を向ける。


「ここから動くなよ。まだ話は終わっていない。まぁ今外に出たらなんの力もないお前は確実に野垂れ死ぬぞ。命が欲しけりゃ大人しくしてろ」


「は、はい。」


タマヤも居なくなり、芳賀は一人ポツンと部屋に残された。

周りが慌ただしい様子であることが伝わってくる。本来なら大人しくしておくべきだろうが、芳賀はタマヤの忠告を無視することにした。ただの魔紋であればそうはしなかっただろう。

。他の魔紋と異なり、に魔族を解き放つイレギュラー。予測不可能な災害だ。加えて非常に強力な魔族が出現する可能性が高い。


芳賀は立ち上がり部屋の窓から身を乗り出し空を見上げる。

完全魔紋が不気味な光を放ちながら数多の魔族を吐き出していた。

その魔紋を見た芳賀は心拍数が跳ね上がるのを感じた。興奮。怒り。それとも喜びだろうか。形容しがたい感情が全身を駆け巡った。


「あ、そうだキミ!暇なら僕と一緒に各所に電話を——っていない!?」

砂沼が部屋に戻ると、芳賀は部屋にいなかった。開け放たれた窓から風が吹き込み、カーテンを揺らしている。

「———よし、僕は何も見なかった。うん。あ、もしもし」


一方その頃、街を駆ける人影が1つ。魔紋の真下を目指して狂乱するような笑みを浮かべながら、逃げ惑う人達の流れに逆らうように。


「ははは、待ってたよ、ずっとずっと!!!もう会えないと思っていた!!!待ってろよ!!!返してもらうよ!僕の家族を!」


芳賀は死地へと向かっていく。

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