【英雄採用担当着任編】第6話 油断

芳賀は警戒を怠ることなく、英雄によって亡骸となった竜へと近づいていく。

完全に絶命していることを確認し、鱗を剥ごうとするも、火炎を操るだけあって抜群の耐熱性を備えた表皮は熱性のブレードを中々通さない。


「くっそ、漁夫の利だと思ったんだけど、剥げなきゃ意味ないなぁ」

それでも懸命に刃を通し、どうにか1枚手のひら程の鱗を剥ぎ取る事が出来た。

貴重な竜種の素材だ、かもしれない。

骸と同じように容器に格納してその場を後にしようとした時だった。


「マスター!後ろッ!!!」

振り返ると金色に輝く瞳を開き、仲間の骸を貪る芳賀を1体の竜が睨みつけていた。

竜種であれば、その魔が放つ気を察知することは難しくない筈だった。

英雄でない人間であれば尚のこと。全身に悪寒が走るような感覚に包まれ、「その場に居たくないほどの違和感」を感じる。だが、芳賀にはそれを感じることができなかった。


今の武装ではどうにも出来ない。レールガンならまだ可能性はあったかもしれないが、当然ながら手元には無い。となると選択肢は一つ。

仲間を殺された怒りを激らせながら、竜が全速力で向かってくる。まだ距離はあるがあっという間に縮められるほどの速度だった。地面を叩きつけるような音から逃れるように芳賀は横道へと逃走した。

速度を緩めたらおしまい、息が切れたらおしまい、転んでもおしまい。

振り返っても多分おしまい。竜に睨まれた不運から己を遠ざけるために、芳賀は足が千切れそうになるまで道をジグザクに走り抜ける。3分ほどの逃走劇。自分でも良く走ったと思う。命懸けの鬼ごっこは突如現れた袋小路によって終わりを迎えた。


「——ははは、竜ちゃん。俺を食べてもおいしく無いよー、ほら服とか着てるし。歯に挟まるかもよ・・・?お腹壊すかもしれないし、やめといたら?」


竜は追いつめた獲物を前に鼻息荒くニタニタと笑みを浮かべているように見えた。

芳賀の背後はビルの壁面で囲まれていた。英雄のような超人的な跳躍力もなければ、

攻撃を防ぐ手段も持ちえない。詰みだった。

竜が考えるべきことは、相手をどう料理するかだけだ。

食いちぎるか?丸焼きにするか?爪で貫くか?鷲掴みにして何度も叩きつけるか?

強者のみが手段を選べるのだ。

いつかこうなることは分かっていた。今日に限らず何度も何度も死にかけた。

その度にわずかな運の重なり合いで切り抜けてきた。

だがそれも尽きたようで。終わりがこうも単純なんて間抜けであっけない話なんだと芳賀は思った。

「——また会いたかったな。」

無意識に芳賀はつぶやいた。

「何言ってるの!諦めちゃダメ!マスター!!!!!!」

ナビの悲痛な叫びをよそに、芳賀の未来を焼き払うように竜の口から火炎が吹き荒れた。痛いのは嫌いだ。どうか一瞬でこの体が溶けますように。そう願いながら、ゆっくりと目を閉じる。熱波がジリジリと体を包み込むのを感じる中、己の死を覚悟した。


「——あれ。」


熱くない。痛みもない。もしかして既に死んだのか。経験したことのない死という

ものはこんなに穏やかなのだろうか。


恐る恐る瞼を開くと、男が芳賀の前に立ち光の幕で竜の灼熱を防いでいた。


「あ、貴方は」

「————。」

男は振り返ることなく言葉も発することなく竜の攻撃を防ぐ。

竜も違和感を感じたのか火炎を止めると眼前にいる人間達が無事であることに一瞬驚いたような様子を見せる。


すぐに竜は凶悪な腕力を乗せ、鋭利な爪をぶつけるように再び攻撃に転じる。

正に連撃。

その巨躯からは想像がつかないほどの素早いものだった。

だが、攻撃虚しく男の展開する光の障壁には傷一つつかない。

次の瞬間だった。男が光の障壁を殴り飛ばすと、それは龍の頭を弾き飛ばす。

あっという間の出来事だった。

噴き上がる血飛沫が彼岸花が咲くように周囲を染め上げる。

そして竜はゆっくりと地面に倒れ込んだ。


「あ、ありがとうございます。お陰で助かりました。」

男は振り返り芳賀を見つめる。

白髪にして短髪。筋骨のバランスが良く、服の上からでもわかる引き締まった肉体。

鋭い眼差しが眼鏡越し伝わってくる。手につけた黒皮の手袋のズレを直しながら芳賀に近づいてきた。


「——ぐあッ」


芳賀の腹に男の拳がめり込んだ。意識を奪うのに十分な一撃だった。

ナビの心配する声が遠のいていく。


「——運がいいのか悪いのか、わからないなぁ・・・」

その一言を最後に芳賀は倒れこむ。

男は芳賀を拾い抱えると、竜の骸を背にその場を後にした。

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